【日本の伝統技術】

着物の木版染めドキュメンタリー映画「めぐる」上映
石井かほり監督、藤本義和さんの職人芸を語る


日本の伝統技術である着物の木版染め。今では数少なくなった木版染め職人のひとり、藤本義和(ふじもと・よしかず)さんの仕事、職人としての生き方を記録したドキュメンタリー映画「めぐる」(英語タイトル=Chain of Life)が2月10日、国際交流基金トロント日本文化センターのホールで上映された。満員の会場は今回のテーマから圧倒的に女性が多かった。続いて監督の石井かほりさんのトークショーが質問形式で行われた。

木版染めとは、インド更紗(さらさ)から伝わった日本最古の染色技法である。木に柄を彫り、一押しごとに染め上げてゆく木版染めは、木目のやわらかさと一押しごと異なる風合いが個性的で、日本の誇る伝統技術といわれている。


▲藤本義和作、木版染めの着物

藤本義和さんは1936年(昭和11年)東京都八王子市生まれ。18歳の時、日本伝統工芸技術保持者、石井孫兵に師事。江戸小紋の技術を学ぶ。その後10年間修業を積んだ後、独立。現在、型染め、木版染めで独自の作風を作り出している。日本職人名工会の会員、東京都優秀技能者、伝統工芸技術保持者。

映画「めぐる」は東京都八王子市にある藤本さんの工房で木版の型押しから染め付けまで、着物の反物ができ上がるまでの工程を45分間のフィルムにドキュメンタリータッチで制作したもの。ナレーターの語りとは別に藤本さん自身の声が随所にあって、職人の生きざまをより深く味わうことができる。

石井かほり監督は、聖心女子大学文学部哲学科卒業。文部科学省や文化庁で非常勤公務員として勤めるかたわら、夜間にシナリオ講座と映画美学校に通い、2005年3月退職。4月より映画「めぐる」の制作にとりかかる。2006年に完成し、2007年東京で上映され、各地のフィルムフェスティバルでも取り上げられた。2010年には「めぐる」のDVD版が制作された。

トークショーの質問からいくつかを取り上げてみる。

石井監督が藤本さんの木版染めを映画に撮ろうと思ったきっかけは?
この作品は映画美学校の卒業制作だったのです。いろいろテーマをインターネットで探しているうちに藤本さんのサイトをみつけました。着物に興味がありましたし、彼の作品、仕事ぶりにも心打たれるものがあって、映画を撮らせていただくためにコンタクトを取りました。当時私は昼間は働いていて、学校は夜間でしたので、撮影は工房が休みの土曜・日曜しかできませんでした。そのことを快く承知してくださったので、「なんといい方だ」と感謝しています。
映画製作に当たって苦労したことは?
初めての製作でしたから辛いことがいっぱいありました。スタッフの中で私だけが素人で、カメラは学校のカメラの先生が協力してくれました。彼らから「プロの作品に仕上げてほしい」と強く言われました。怒られる日々でしたが、今になって考えると幸せであると共に貴重な経験だったと思います。

藤本さんの木版染めの特色は?


▲質問に答える石井かほり監督

木版染めはインド更紗のようにフレームを入れて制作するのが一般的ですが、藤本さんはフレームを使わず、木版のスタンプのみを使うのがユニークです。そのスタンプもどんどん小さくなるのです。それだけ押す回数が増えるのですが、一見、同じことの繰り返しで、たいくつにならないかと思ってしまいますが、彼は楽しみながら押しているのです。

映画ではアットランダムにいろいろな色の木版をパンパン押していましたが、そこに法則があるのでしょうか?
藤本さんの押す手はたいへん早いのです。多分、ひとつ押すときに先の2つ目3つ目の色が頭の中に入っているのだと思います。でき上がった作品を見ると色のバランスがちゃんととれています。

スタンプ押しのあと、水洗いの画面がゆらゆら詩的で、けっこう長いシーンでしたが・・・
藤本さんは「スタンプ押しは楽しい」とおっしゃいますが、見ていると大変な作業です。水洗いはそこから解放され、白い反物に命を吹き込む喜びをダンスをしているように表したのです。

木版染めの反物を仕上げるのにどのくらいの期間がかかるのですか?
約3カ月間かかります。しかし、ひとつの作品にずっとかかりきりというわけではありません。制作工程別に5〜6反を同時に作っています。また、彼は独自のアイデアで反物以外にテーブルクロスやコースター、日傘なども作っています。日本では職人の世界も変わってきていて、言われたものを作るだけでは生き残れません。なくなっていく職人芸がある中で、こうした伝統芸がいつまでも残ってほしいです。

藤本さんが制作する反物は1反いくらくらいするのですか?
直売で約50万円から60万円です。この着物は3世代使えるといわれますので、考えると決して高くはありません。あの大変な工程を見ると良心的な値段だと思います。

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▲参加者が着物を手に取って・・・


▲振り袖を広げるとこんなにたくさんの木版染めの柄が・・・

トークショーのあと、藤本さんの作品の着物を着た石井監督を参加者が取り囲み、美しい着物を身近にまじまじと見たり、実際に手にとって触ったりするシーンも。「めぐる」上映会&トークショーは、2月7日にバンクーバーで、13日にはオタワで行われた。

【編集部注】
■石井かほり監督からのコメント
映画『めぐる』に登場する藤本義和さんのご子息・哲生さんは2010年7月、病気のためご逝去されました。41歳でした。上映に伴いこの事実を伝えるべきかどうか常に考えていますが、正解は無いようにも思います。なぜなら、彼が映像の中で生き続けていることは真実だからです。現在、父・義和さんは、「残りの人生は、哲生が遺した版木で木版染めを作って、せがれが生きた証を自分が証明します!」と創作に燃えていらっしゃいます。そして哲生さんの計らいでしょうか、6名ほどの新たな女性のお弟子さんたちも現れ、以前に増して藤本染工芸は活発に創作活動が展開されています。2年近くかけて映画『めぐる』を残せたことは、まさに奇跡であり、6年たってなお、色あせず徐々に世界へ広まりつつあることを心から感謝します。海を越え時代を超え、藤本親子の命の証が多くの方の記憶に刻まれて行きますように。 監督 石井かほり

〈 リポート・いろもとのりこ 〉 (2012年2月16日号)

 



 
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