【楽しくがんばる】

五輪メダリスト、マラソン走者・有森裕子さん
バンクーバーの日本語学校2校で講義


〈 取材・妹尾 翠 〉

12月14日に行われた日本警察消防スポーツ連盟カナダ支部主催「東日本大震災特別講演会」の講師として、同連盟事務局長、志澤公一(しざわ・こういち)氏 と連盟特別顧問、有森裕子(ありもり・ゆうこ)氏が来加した。


▲12月13日、バンクーバー日本語学校で講義をする有森裕子さん


▲バンクーバー各地区の日本語学校の生徒からのクリスマスカードと寄せ書きをした国旗を贈呈。カードを受け取る志澤公一さんと有森裕子さん

有森裕子さんはオリンピックメダリストとしても有名なマラソンランナーで, 今回の講演会とは別に13日と14日の2日間、バンクーバー日本語学校とグラッドストーン日本語学園の生徒を対象に講義を行った。内容は「ランナーとして、生い立ち、努力、夢をつかむこと。そして人のために何が出来るか」を生徒に問いながらの交わりのひとときでもあった。


▲日本語学校の生徒や先生たちと記念撮影

まず生徒達に、「みなさんは有森裕子が初めからマラソンができたと思いますか」と問いかけ、講義が始まった。

【有森裕子さんのお話】
私は、生まれたときには足は2本あったけど、骨がくっついてなかったのです。股関節脱臼といって2本とも関節が外れていました。母親が気がついて早く見つけたので、すっかり治ったけど、それでも6カ月も固定して、4歳ごろになっても不安定で転んでばかりいたので、いつもけがだらけだったのです。

小学校に入ってからもみんなと競争することが嫌いで、手芸クラブに入りました。負けるのも怖かったし傷つきそうで、そういうところから逃げていたのです。人と違うのが悪いことだとも思っていました。

ある時、運動の先生が声をかけてくれました。誰でも長所と短所があって、短所と思うことでも人とは違う自分にしかない武器としてすごいパワーを生んでくれることもあるし、自分が持っているものを生かせばよいし、自分そのままでいいんだから、と言ってくれました。その先生とまた話がしたくなって、その先生の陸上クラブに入りました。その時も、「自分なりにがんばればよいから」と言われ安心感が出てきました。

中学の時、レースがあって、みんなが嫌がる800メートルを選んで走ったのです。競争相手の少ない種目でした。でも、一生懸命がんばって一番となり、がんばれば自分でも出来るという自信がつきました。

何でも好き嫌いで選ぶのではなく、チャンスがあったらチャンスを大切にして何でもやってみて、努力することが大切なのです。一回で大きな結果を出した人はいないのだから、努力を重ね一生懸命がんばって続けることが最終的に夢をつかむことになるのです。そうして、体でがんばり、メンタル的には持った夢をやめないで頑張り続けることによって、自分のなりたい人になれるのです。

途中で何回もだめになることもあるけど、やめないこと! 何でも楽しく頑張ったら何かできるし、思わぬきっかけになることもあるのです。東北の地震災害でも、あきらめたら、それでおしまいでしょう。でも、毎日夢と目標を持って頑張ることで復興もできるし、人を助けることも出来るようになるのです。だめだと思って途中で止めることが一番だめなことなのです。

親からは、「自分の意思でやることは自分で責任を持ちなさい。家には家のルールがあるのだから」と言われ、練習でどんなに疲れて帰ってきても、自分の仕事はさせられました。

マラソンでは42.195キロを走りますが、最初の10キロくらいは、体調はどんな感じか、コースのどこを走ろうかとか体の調整をしながら25キロほどまでウォーミングアップしてリズムを上げていきます。

30キロになると振り落とされる人が出てきますが、普段どんな練習をやっていたかなどの差が出てきます。あれだけ一生懸命やってきたのだからがんばらないと!と考えるのも力になります。最後の10キロでは、今までに出来たこと、良いことだけ考えると苦しいポイントを抜けられます。出来なかったこととか、いやなことは走るエネルギーにならないのです。

一生懸命やってきたから、その日に出来るし、毎日やってきたことが結果になるのです。また、練習をしっかりやるには健康な体作りが大切。食事も良質なものをきちんと取ること。今、好き嫌いをしていると10年後に体に現れますよ。

みなさんも、将来、いろいろ目指すものがあると思いますが、スポーツや音楽など目指すものはテレビや映画で見るのではなく、本物をその場に行ってみてください。エネルギーをいっぱいもらえます。

  ○    ○    ○

バンクーバーでは学校行事として「バンクーバー・マラソン」や「サン・ラン」などに参加している学校もあり、特にマラソンに興味を持つ子供たちは目を光らせて有森さんの話に聞き入っていた。
講義の後には、カナダの日本語学校の生徒達から有森さんらを通して、日本の被災地の子供達へたくさんのクリスマスカードが送られた。

○    ○    ○

12月13日夜には日本警察消防スポーツ連盟の連盟事務局長・志澤公一氏 と連盟特別顧問・有森裕子両氏の歓迎会が在バンクーバー日本国総領事公邸で行われた。
伊藤秀樹総領事から紹介を受けた両氏がスピーチを行った。


▲12月13日、バンクーバー日本国総領事公邸でのレセプション。(左から)伊藤秀樹総領事、小川学さん(日本警察消防スポーツ連盟カナダ支部)、山本ナオミ大臣(BC州 Ministry of Advanced Education)、有森裕子さん、志澤公一さん

「9.11」でもレスキュー隊としてニューヨークにも出向いた志澤氏は、「横浜でハシゴ車のドライバーをしているレスキュー隊です。まだまだ東日本大震災被災地には手を差し伸べなければならないことがたくさん残っていますが、消防官、警察官は8月まで被災地の捜索に当たり、今は子供達のケアを行っています。現在、大きな問題になっているのは特に平日、子供たちに心の病気が出始めていることです。こういうことはメディアでも発表されてないことですが、小さい力でも良いからサポートを続行していただきたいのです」と語った。

有森裕子さんは、「カナダは今回で2回目です。1回目の時(2001年)の目的地はアメリカだったのですが、9.11事件に遭遇して目的地に降りられず、カナダのイエローナイフ(北西準州)に降ろされました。
今年の3.11の時は東京にいたのですが、その時、日本のほとんどの人が何が起こっているのかすぐに分からなかったのです。3日後に電気が通じてテレビなどで知ったのです。
震災1週間後に大阪で国際ハーフマラソンがあって、その時、ランナー全員にTシャツを配るのですが、大会が終わった後、そのTシャツ返していただいて、それを被災地に送りました。これをきっかけに、復興ボランティア運動に取り組んでいます。大人ばかりでなく子供たちも文句一つ言わずにがんばっていますから、それが途絶えないように自分も頑張っていきたい」と話した。

この日はBC州政府 Ministry of Advanced Education(高等教育省)の山本ナオミ大臣も駆けつけ、集まった関係者の間でこれからの日本の復興におけるボランティア活動などについて、時間がたつのも忘れて積極的な意見交換が行われた。


▲山本ナオミBC州大臣(右)に記念のTシャツを贈る有森裕子さん


▲12月14日、グラッドストーン日本語学園で講義を行う有森裕子さん


▲グラッドストーン日本語学園の先生、生徒たちと記念撮影。12月17日の有森さんの誕生日のお祝いにサプライズでバースデーケーキも用意された

【有森裕子氏】
日本警察消防スポーツ連盟特別顧問 
NPO法人 ハート・オブ・ゴールド 代表理事 国連人口基金親善大使
NPO法人 スペシャルオリンピックス日本理事長 
国連人口基金親善大使、 ほか

【志澤公一氏】
日本警察消防スポーツ連盟事務局長 
横浜市消防局 消防吏員
NPO法人 ハート・オブ・ゴールド 理事
千葉科学大学危機管理部 客員講師

(2011年12月22日号)

 
 


 
 
(c)e-Nikka all rights reserved