【トロント日本映画祭】

感動の2時間13分、「レオニー」
松井久子監督が上映会で語る・・・


6月7日(木)から始まったトロント日系文化会館(JCCC)小林ホールでの「トロント日本映画祭」(TJFF)は、連日話題作が上映されている。なかでも唯一監督が来訪することでも注目された「レオニー」が海外で初めて6月10日に上映され、2時間13分を感動の渦に巻き込んだ。


▲著書「松井久子の生きる力」にサインをする松井久子監督(6月10日、JCCCにて)


▲映画「レオニー」のポスター

「レオニー」は、世界的な彫刻家、イサム・ノグチを育てた母レオニー・ギルモアの物語で、ドウス昌代著『イサム・ノグチ 宿命の越境者』を読んで感銘を受けた松井久子監督が7年の歳月をかけて完成させた作品である。上映後、まだ映画の余韻が残る中、松井監督は自身が映画監督になったきっかけを話し、会場からの質問に答え、この映画にまつわるエピソードなどを語った。

新藤兼人監督に後押しされて・・・
「私は50歳で初めての映画『ユキエ』を監督として製作しました。それまではテレビドラマのディレクターとしてこの世界にかかわっていましたが、テレビは放映されると一夜で消えてしまうので、ずっと長く残る映画を製作したいと思っていました。現在66歳ですが、16年間で3本の映画を製作しました。見方によっては3本しか撮っていない、と思われるかもしれませんが、3本も作ることができた幸運を感謝しています。
最初の作品『ユキエ』は先日、100歳でお亡くなりになった新藤兼人監督にシナリオをお願いし、監督もしてほしいとお願いしたところ『自分でやりなさい』と後押しされてできた作品です。監督になるきっかけを与えてくださった新藤兼人監督の最後の作品『一枚のハガキ』が上映されるトロント日本映画祭で『レオニー』が上映されたことを大変うれしく思っています。今後、この作品をアメリカ向けに100分に縮めて広めていき、世界中の人に見てもらいたいと願っています」

ここで「レオニー」のストーリーを簡単に解説・・・。
1901年(明治34年)、アメリカの名門女子大学を卒業し、教職に就いていたレオニー・ギルモアは、ニューヨークで新進気鋭の日本人詩人、ヨネ・ノグチこと野口米次郎に雇われ、念願の編集者になる。文学上のパートナーだった二人の関係は、やがて恋愛へと発展し、レオニーは妊娠するが、ヨネは逃げるように日本に帰ってしまう。意を決して男子を出産したレオニーは、日露戦争を経て米国での日本人への差別が激しくなると、「お母さん、私はこの子を連れて日本という国に行きます」。
こうして幼い息子と共に日本へ旅立つ。ヨネは親子を迎えるものの、すでに日本女性と生活を共にしていた。レオニーは英語を教えながら生計を立てる。その後、父親不明のまま女の子、アイリスを出産。レオニーはイサムが14歳のとき、教育のためイサムを単身、アメリカに送る。妹アイリスが8歳になった時、レオニーはアイリスとともにアメリカへ帰国。イサムが医学の道へ進もうとしたのを阻止し、芸術家への道を強く勧める。イサムは早くから彫刻家として世に認められ、若くして個展を開く。レオニーは自分の方針が正しかったことを確認したかのように60歳の生涯を終える。
配役は、レオニー・ギルモアをエミリー・モーティマー、野口米次郎を中村獅童が扮する。このほか、津田梅子(原田美枝子)、小泉セツ(竹下景子)、キク(吉行和子)、イサム・ノグチ(ヤン・ミリガン)、岩野泡鳴(温水洋一)、土井晩翠(ノゾエ征爾)、など。

素晴らしい演技のレオニー役の女優はどのようにして決めたのでしょうか?
「イギリス出身の女優エミリー・モーティマーはウッディ・アレン監督の『マッチポイント』やマーティン・スコセッシ監督の『シャッター・アイランド』などの話題作で個性的な演技をしています。若手女優のなかでも注目を浴びていたので、まずは脚本(シナリオ)を送りました。すると彼女から『ぜひ、この役をやらせてほしい』と返事がきたのです。すぐに会いにいきましたが、昔からの知り合いのようにすぐに意気投合しまして、トントン拍子に決まりました。彼女は18歳から60歳までの役を見事にこなしてくれた素晴らしい女優です」
さらにエピソードとして、「これは後でわかったことですが、彼女には7歳の息子がいますが、日本での撮影が始まったとき第2子を妊娠していたのです。海で泳ぐシーンやハードな撮影があったにもかかわらず、終わるまでそのことは一切知らされませんでした。彼女から『ごめんなさい、だまっていて。よく見たらだんだん体型が変わっていっているのがわかると思います』といわれました。まさにレオニーを地で行っているようで、その根性に感心しました」と。

「レオニー」の中で思い入れのあるシーンは?
「その質問はどこででもされるのですが、私としてはすべてのシーンに思い入れがあります。強いて好きなシーンと聞かれれば、幼いイサムが『月はどこに見えるの?』とレオニーにたずね、彼女が『私たちは貧乏だけど・・・』というシーン。重要でもなく深い意味もないのでですが好きです」
また、「日本では必ず、アイリスの父親はだれですか?と、質問されるのですが、それは皆さんの想像におまかせします、と答えています。興味本位ではっきりさせるより、レオニーの世界にとどめておいてはっきりさせない方がいいように思います」

日米合作を経験して・・・
「今回初めてアメリカの俳優を起用し、アメリカで撮影をするという日米合作の製作を経験しました。よく周囲の方に『英語がしゃべれないのにどうやってディレクトしたの?』と、聞かれます。言葉は優秀な通訳の方がいれば何とかなるものでして、大事なのはお互いやりたいことが分かり合える信頼関係ができること。そうすれば助けられながらも自分の思いを伝えることができるのです。私は、ハリウッドでは無名の日本女性の、しかも歳(とし)をとった監督です。でもそういったことを全く感じさせないアメリカのクルーと仕事ができたことは大きな成果でした」

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▲左から、「レオニー」のトロント上映をプロモートしたサンダース宮松敬子さん、松井久子監督、上映会を支援したバラル博子さん

今回、「レオニー」がトロント日本映画祭で上映実現したのは、トロント在住フリーランス・ジャーナリストのサンダース宮松敬子さんのプロモートによるもので、松井監督をはじめ各関係者に働きかけたおかげである。さらにそれを支援したのはバラル博子さん。当日、満場の観客から3人に惜しみない拍手が贈られた。なお、通訳を担当したのはエーデルマン敏子さん。

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【松井久子監督】
──早稲田大学文学部演劇科を卒業。TV番組制作などを経て、1993年から映画のプロデュースにも進出、映画監督に転身。
1998年、映画「ユキエ」で監督デビューする。この作品は、戦争花嫁として国際結婚し米ルイジアナ州バトンルージュに在住、晩年にアルツハイマー症を発症した日本人女性を描いたもので、国際結婚した中年女性の姿を女性監督の目で撮ったということで、大きな注目を集めた。
2001年、第二作「折り梅」も、アルツハイマー症の女性高齢者とそれを介護する嫁の物語。福祉や高齢者、介護、家族といった現代的な問題に関心を持つ監督という評価を受けている。「折り梅」は製作後まもなく、トロント日系文化会館小林ホールでも上映され、話題を呼んだ。このとき、松井監督自身もトロントを訪れている。

〈 リポート・いろもとのりこ 〉

(2012年6月14日号)



 



 
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