【世界の街角から】

悠久の世界へといざなう
京都探訪──伏見桃山編


〈 トロント 中村智子・記 〉

京都はいつでも私達を悠久の世界へといざなってくれる。脈々と受け継がれてきた日本人の血がそうさせるのであろうか、ひとたび京都に足を踏み入れると、なぜかしら心が落ち着く。


▲伏見稲荷大社本殿

京都の見どころは、何といっても古い寺社仏閣が至る所に散在していることではないだろうか。「町の雰囲気がどこの都道府県よりも繊細なのは、やはり長い間、朝廷のおひざ元で発展した都市だからですよ」と、京都についてのさまざまな魅力を教えて下さったのは、京都の中心街から南へ奈良方面に向かう伏見街道にある酒屋さんのご当主。豊臣秀吉によって開かれたこの伏見街道は、当時から現在まで、京と伏見をつなぐ地域になくてはならない道路だそうだ。


▲伏見稲荷大社の千本鳥居

私の歩いた行程は、千本鳥居で有名な伏見稲荷大社から稲荷山に登り、東福寺にたどり着くハイキングコース。おそらく地元民であろう、傾斜がきつくないので、毎朝の散歩に山を登る人もいた。日ごろ運動不足の私にもちょうどいい加減のハイキングであった。


▲おもかる石

山道にさしかかる手前に「おもかる石」と呼ばれる石がある。一つ願いごとをして持ち上げた時に、石の重さが予想していたよりも軽ければ願いごとがかない、重ければかなわないといわれている。私はこれまで2回、伏見稲荷大社に参拝し、このおもかる石を持ち上げたのだが、2回とも思ったよりも重たかった・・・日頃の行いが悪いのか?!


▲京名物さば寿司。伏見街道にあるお食事処にて


▲東福寺の一角

ゴール地点にある東福寺は見るからに立派なお寺で、国宝級の文化財もたくさんある。私が訪れた際にはちょうど、龍吟庵といわれる昔の偉いお坊さんの墓所(国宝)が特別公開されていて、運よく中に入ることができた。この龍吟庵に入るのに、偃月橋(えんげつきょう)と呼ばれる日本百名橋にも選ばれている木造の橋を渡る。1600年頃に作られたそうだ。

東福寺から京阪電鉄の線路沿いを北に(JR京都駅方面に向かって)歩くと、古い商店の並んだ町並みに出くわす。そこの一角にある上野酒店(http://www.uenosaketen.com/)は、幕末・明治以来の創業だとか。ご当主が8代目だ(とおっしゃっていたかと思うのだが・・・)と伺ってびっくりしたのだが、伏見街道の辺りでは、何と30代目や20代目の当主が普通らしい。「私共はまだまだ若造です」とおっしゃっていたが、幕末以来の創業となると、そんじょそこらのお店ではかなわない。

伏見といえばお酒。カナダへの手土産にと思い、ぶらっと立ち寄った(というよりも、「試飲できます」の看板に誘われて入ったのだが・・・)のが前述の上野酒店。こちらではさまざまな日本酒を取り扱っている。

私の一番のお気に入りは「月の桂(大吟醸)」と呼ばれる、シャンパンのようなにごり酒だ。ニューヨークの有名寿司店にまでわざわざ出荷さている一品だそうだが、北米人の口に合うのもうなずける。軽くポップな感じが受けるのであろう。おわかり頂けるだろうか、口の中でシャンパンがはじけるあの感じを少し落ち着かせた食感ならぬ、飲感(?)だ。日本酒が苦手な人も飲みやすいであろう口当たりの良さだ。

上野酒店のご当主いわく、「京都という町はすべてを天皇に捧げるために生まれ発展してきたので、衣食住に関する、ありとあらゆることが質素で繊細で、かつ、理にかなっている」。例えば、冬の間、寒ければ家の中でも上着を着て暖かくする(上野酒店は築年数何百年の古い建物なので、暖房はない)。繊細なところは、伝統工芸品にみられるように、西陣織の模様や手の込んだ和菓子など。理にかなっている点は、京都は昔、家の玄関口の広さによって税の徴収料が違ったそうだ。つまり、玄関口が狭ければ狭いほど取られる税が少なかったので、奥行きを長くした家が多いそうだ(これは、理にかなうというよりも、節約節税の問題かと思われるが)。


▲城南宮鳥居と祈祷殿


▲城南宮の一角


▲寺田屋騒動(1862年)や坂本龍馬襲撃事件(1866年)の舞台となった寺田屋

そのほかの伏見桃山の見どころには、寺田屋事件や坂本龍馬で有名な寺田屋や、城南宮(じょうなんぐう)神社、御香宮(ごこうのみや)神社などがある。城南宮は平安の庭、室町の庭など時代をかだとった庭があり、四季折々の花や植物が楽しめる。

京都は子供の頃から何度も足を運んでいるが、何度行っても癒やされる。伏見桃山近辺もやはり例外ではなかった。京都市中心部からも近く、交通の便もいい地域なので、ハイキングやぶらり歩きに是非ともおすすめしたい場所である。

(2012年7月12日号)

 



 
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