【インタビュー】

JSSを通してカナダにおける邦人援護活動に尽力
外務大臣表彰の前川威男さん


トロントのジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)会長、前川威男(まえかわ・たけお)さんが、7月12日付で、平成24年度(2012年度)外務大臣表彰を受賞することが発表された。JSSを通してカナダにおける邦人援護活動に尽力したことが表彰の理由である。JSSは日本語や日本文化を背景のどこかに持ち、異文化の中で生活し、困難や孤立、情報不足に陥っている人々のために、自立を目指したカウンセリング、生活情報の提供、擁護・支援活動、生活関連セミナー開催などを行っている。


▲前川威男さん。JSS(ジャパニーズ・ソーシャル・サービス)オフィスにて

   ○    ○

前川威男さんは昭和14年(1939年)、東京・代々木生まれ。戦時中の昭和18年、千葉県上総一宮(かずさいちのみや)に一時疎開した。そこで自然と親しむ機会を得て育つ。
「九十九里浜の海岸で地引き網の手伝いをして漁師から子イワシをもらったり、お百姓さんの畑仕事や田植えを見たり、山で木の実、近くの小川や田んぼでタニシやドジョウ、ザリガニをとって食べる・・・都会では出来ない貴重な体験をしました」と疎開当時を懐かしむ。
昭和21年(1946年)東京に戻った前川さんは、終戦直後の東京のひどい状態を見せつけられた。
「焼け野原の町と空襲で焼け出された悲劇を経験して、大きな衝撃を受けました。だれもが苦しい暮らしを強いられていた時代です。あの苦境を生き抜いてきた父や母、そして多くの人々を、心から誇りに思っています。」
父親は、戦前は満鉄、戦後は住友金属鉱山に勤務。その間、四国や北海道に単身赴任する時期があり、学校の休みには父親の赴任地に逗留(とうりゅう)して、東京以外の生活も経験した。
「中学から高校にかけて乗馬に夢中になりまして・・・中学時代、友達が警視庁の馬場で乗馬を教わっていたことがきっかけで、僕も中1から高3まで馬に乗っていました。僕の学校は毎年、学習院との総合運動定期戦があって、馬術の試合では奮戦したものです」

大学は、立教大学文学部心理教育学科に入学、心理学を専攻する。
「高校卒業後2年間の大学浪人の後、立教大学に入学、産業心理学を専攻しました。心理学の基礎と共に、当時能率一点張りとなっていた産業にとって、モラール(志気)が能率向上の根本であるという考え方を勉強しました。
仲間内で年かさであったせいでしょう、オピニオンリーダー的な立場でした。学部の勉強以外では、当時盛んだった全学連、安保反対運動には距離を置き、幅広い友達付き合いと、学内にあった心理学研究会に席を置いて、平凡ですが楽しい時間を過ごしました」 


▲富士通カナダ社長として勤務していた当時の前川さん(左)

1964年、富士通に入社。システムエンジニア、国内営業、海外営業、スペイン、アメリカでの駐在を経て1989年から1999年まで富士通カナダ社長として勤務する。同社のカナダでの主な業務は、コンピューターと関連機器(主に内蔵ディスクやプリンター、スキャナーなど)の販売。在任中は、地味で堅実、そして地元優先の経営を心がけた。
1999年富士通を定年退職、そのままカナダで暮らすことを決める。
「冗談で、引っ越しするのが面倒くさかったから、と言っていますが、本音を言うと、子供たちの将来を考えてカナダにいることを決心したのです。子供は3人で、上の息子が中学2年生、下の息子と娘の双子が小学5年生のときに日本からカナダに来て、ずっとカナダの教育を受けさせたのですが、3人が一人前になるまでは、親の責任としてカナダにいようと考えたわけです」
トロントの北郊オーロラに、日本では考えられない広い庭付きの家を購入。周囲を自然に囲まれた環境で、妻の照子さんとのリタイア生活が始まった。

   ○    ○

前川さんは、富士通カナダに在職中、知人の竹内俊二さん(日立カナダ勤務)から、当時のジャパニーズ・ファミリー・サービス(JFS)の手伝いをしてくれないかという誘いがあった。前川さんのビジネス経験を当てにした依頼だった。


▲トロント新移住者協会「お正月会」でJSSプログラムのひとつとして子供たちに凧(たこ)作りを教える前川さん


▲趣味の茶道をたしなむ前川さん(右)

当時JFSは資金不足のためにいったん業務を中断したが、モミジヘルス協会に居候したり、トロント日系文化会館(JCCC)の空き部屋(現在の小林ホール)を一時使用させてもらって、活動を続けていた。日系三世のジュリー相良(さがら)さん(現在育児休暇中、来年には理事会に復帰予定)、デービッド池田さん(現在、公報担当理事と理事会の秘書を担当)と、マヤ辻さん、テッド春木さんなどが中心となっており、現在も理事として在籍している須山徳義さんも、カウンセリングをするなどで参加していた。
運営資金は、JFSの残高2万5千ドルのみ、のちに交付されるようになったトロント市からの2万5千ドルの補助金は未確定で、厳しい財政状態にあった。
JFSの理事だった竹内さんが、「貧乏所帯ですが、活動の維持に熱心な人々が参加して活動を続けています。ビジネスの経験がないと活動継続は難しいので、熱意のある人々を助けてくれませんか」と前川さんに持ちかけてきたのだ。
富士通を退職した前川さんは、意を決して引き受けることにした。まず、JFSのイメージを変えることが必要と考え、名称を改めた。それが、ジャパニーズ・ソーシャル・サービス(JSS)である。以前のままではない、新しいイメージ作りをと、改革に取り掛かった。
「JFSはそれまでの活動のほとんどがカウンセリングで、カウンセラーとして新たに、チルドレンズ・エイドに所属していたジーン・ピアサさんを起用、さらにカウンセリング以外の活動もいろいろとすべきだと企画を考えました」

前川さんはJSSが、カウンセリングに加えて現在までに誕生させたプログラムの例を挙げてくれた。

■CCE英会話クラス
日本からの在住者で、言葉の問題があるために引きこもりになりがちな人々などのために Canadian Conversational English(カナディアン・カンバセーショナル・イングリッシュ=CCE)という英会話クラスを設けている。英語の世界に入ることを躊躇(ちゅうちょ)している人の背中を押して、英語になじみ、楽しんでもらうことと、実用的な生活会話習得を主な目的にしている。

■クラフトクラブ
JSSがいろいろな機会に販売するクラフト作りをしている。副次効果としてコミュニティーの多くの人々や、何らかの理由で孤立しかねない人々に、安心して居られる場所を作るプログラムでもある。さらにコミュニティーで生活していくための正しい情報に触れる機会にもできるという多目的な集まり。
JSS再開当時、寄付で高価な毛糸をいただいたことをきっかけにして、編み物教室を開講したのが始まり。現在は各分野のクラフトの達人を講師に、各種の工芸品、装飾品づくりや、絵てがみ教室などを開いている。

■ホットランチ
この10年間行っているプログラムで、JCCCにある日系二世を中心としたグループ「Wynford Seniors」の月2回の集まりのために、JSSのボランティアがランチを作って比較的安い値段で買ってもらい、和風の味を楽しんでもらうと共にチャリティー活動の基金に充てている。

■ホリデードライブ
歳末に、日頃孤立したり困難な生活をしている人々にコミュニティーから寄せられた心のこもった贈り物を届け、少しでも楽しい時間を過ごしてもらおうとするプログラム。

■子育てプログラム
周囲からの助言が得にくい国際結婚や、シングルマザー環境で子育てをしている人々のために、子育ての考え方やヒント、情報を提供するプログラム。市の保健所と協力して進めた「Nobody Perfect」、子育ての有識者と子育てを考え子供を含めたワークショップを行う「ひよっこ」などがある。

■女性の自立した生活を支えるプログラム
何らかの理由で生活上の困難に遭遇している女性に、自立した生活を発見し、推し進める機会を見つける手助けをする集まり。

■アムロを育てる会
特殊な性格の子供を持つ母親のグループ活動。こういった子供が持っている特別な能力を生かして育てようという考えに基づいて集まった親の会。

「こうしたプログラムは、当地での生活に役立つ、一般的な正しい生活情報を皆さんに伝える機会にもしたいと考えて、実施しています」と、前川さん。なお、JSSが協力して立ち上げた、日本からの一時滞在者のための情報・交流サークル JAVA (Japanese Visitors Association) や、トロント周辺に在住するソーシャルワーカーのグループなどもJSSの活動に伴って発足した動きだ。

   ○    ○

ところで、JSSが行っているプログラムとカウンセリングは、どのくらいの人が利用しているのだろうか。前川さんがデータを見せてくれた。
JSSのプログラムに参加した人の数は、2011年1年間で3,443人。カウンセリングでは、2011年の月平均の実施状況は、情報の問い合わせなどの回数が1,095回、カウンセリング利用者数は月平均47人、実施カウンセリング数は45回となっている。内容は、メンタルヘルス、リーガル(法律)、夫婦間の問題など。
「むずかしい問題に出会ってしまった人が、自分の力で抜け出すことを手助けすることがJSSのカウンセリングの役割です。個人情報のJSSからの流出が絶対にないよう、配慮して行っています。残念ですが、おカネはないので、金銭面での支援は出来ません。JSSでは常に、専門の資格を持つカウンセラーを擁していますが、予算の不足で、現在は一人しかいませんので多数の利用者の相談にのることは容易ではありません。カウンセラーに過大な負担をかけてしまっています」

▲JSSでボランティアコーディネーターを務めている前川照子さん

JSSは、予算の関係で、現在、有給のスタッフはカウンセラーと事務担当職員の2人だけ。あとの活動はすべてボランティアが行う。ボランティアとして名前が登録されている人はおよそ200人ほど。登録者の出入りが激しいことが悩みの種だ。常時動いている人は50〜60人くらいだという。JSS会長の前川さん、ボランティアコーディネターをしている照子さんの夫妻も無給のボランティアだ。
今回の外務大臣表彰の報に、「僕がと言うよりもJSSの活動に参加したすべての人々がいただく表彰と受け取っています」と、謙遜(けんそん)している前川さんである。

〈 取材・色本信夫 〉

(2012年8月2日号)



 
 


 
 
(c)e-Nikka all rights reserved