【世界の街角から】

中国雲南省・虎跳峡トレッキングと
シャングリラ(香格里拉)への旅


〈 トロント・牧野憲治 〉 


トロントの新聞グローブアンドメールに中国雲南州の記事があり、「Tiger Leaping Gorge」(虎跳峡)という面白そうな名が目にとまりました。調べてみると、その虎跳峡は雲南州北方の市リジアン(麗江)から60キロ北にある、世界最深を競う峡谷の一つであり、トレッキングもできるということでした。


▲リジアン(麗江)のオールドタウン(老城)のメインストリート

チベットから発して南下してくる揚子江の源流が、ここでほとんど180度方向を変える(つまりUターンしてまた来た方向に向かう)という信じられない地形があり、そこで極端に狭まった河を、猟師に追われて疾走してきた虎が飛び越えたというのがこの名の由来だそうです。これはもちろん、白髪三千丈の類ですが、それでもこの川幅はここで30メートルまで狭まり、そこを通過する水量、水勢たるやすさまじいものです。


▲リジアンの画廊で二日がかりで言い値で買ったナシ(納西)族の画家の絵

トロント・ダウンタウンに立派なオフィスを構えた半官半民と思われる中国旅行会社で、この虎跳峡トレッキングについて相談して見ましたが、普通のパケッジツアーではないため、進行状況がはかばかしくなく、結局、インターネットで英語の分かるクンミン(昆明―雲南州の州都)の旅行社を見つけ、旅程を組みました。
クンミンでここの社員と会った時、その旅行社の立派な肩書をもった二人は、まだ若く、会社もまだ始めたてのような印象を受けましたが、「よく我々を信用して遠いカナダから来ていただき、本当にありがとうございます」と誠実感のこもった挨拶をしてくれました。旅程の復習、コストの確認なども明瞭で、多少あった不安はほぼ解消。
さて、クンミンから600キロ北西に飛び、リジアンに到着。そこで私達二人と一週間行動を共にするガイド、ガイド見習、ドライバーの三人に会いました。まだ若いガイド君は大学数学科を卒業後、教師をやったが給料が安すぎるので、英語を勉強してガイド業に転向したのだと言っていました。彼の英語は、最初中国語を話しているのでは、と思ったくらい分かりにくく、難儀しましたが「意あれば通ず」で、しだいに慣れて判聴(?)できるようになりました。
リジアンは宋王朝の末期(1127年頃)から明王朝にかけて栄えた古都ですが、現在この地域は中国少数民族の一つ、ナシ(納西)族の自治区であり、トンパ文化の中心地です。彼らは今でもトンパ文字という、実に興味深い、なぞ解き絵文字のような象形文字を使っています。ちなみに、少数民族は、今問題になりつつある「一家族一子」の規則にしばられる必要はないそうで、ナシ族出身のガイド君も子供が二人あると言っていました。
リジアンの Old Town (老城)内には、きれいな配水用の運河が縦横に走り、水車や明朝時代からの石造りの太鼓橋が多くあります。また迷路のような石畳の細道、小高い丘から見下ろすと一面に見える瓦ぶきの屋根なども見事で、1997年にはユネスコ世界文化遺産に登録され、海外また国内の観光客の人気を集めています。
街を見物中、ガイド君に「観光客用でない画廊はあるか」と聞くと、北京で活躍しているナシ族の画家の弟が経営している画廊があると言うので行ってみました。絵は一目見て気に入り、一点買うつもりになりました。ここでガイド君が、前に、ナシ人はバーゲンはしないと言っていたのを思い出しましたが、本気にせず、例によって言い値の半額ぐらいを提示しました。しかしまったく反応がなく、ついに80%くらいまで上げてみたのですが、駄目でした。
店を半歩出るテクニックを使いましたが、呼び止めてくれず、とうとう画廊を出てしまうはめになってしまい、翌朝、また行って今度は即座に言い値で買うということになりました。カナダへ帰ってからまた三点写真から選んで買い、送ってもらいましたが、これも、もちろんバーゲンなし。


▲虎跳峡の虎が飛び越えたという場所


▲虎跳峡トレック初日、目的地に届かず不時着陸(?)した民宿


▲虎跳峡を High Road から見下ろす

虎跳峡を形成する Jade Dragon Snow Mountain (玉龍雪山)は標高4,000−5,569メートル、35キロにわたって南北に走る連峰で、中国で最も多く写真に撮られる名所の一つだそうです。その中腹にある高原までケーブルカーで上がったとき、小中学生と思われる少女たちが14、5人着飾って、お祭りのためでしょうか、秋の日差しをいっぱいに浴びながら、音楽に合わせて手拍子足拍子、民族舞踊の練習をしていました。


▲虎跳峡をトレックしているとき、ヤギの群れに会う


▲虎跳峡トレック・ルートでフルーツを売る女性

時々、間違ったと言っては、お互いに指を差しキャッキャッと笑いあっていたのが、いかにも天真らんまん、楽しそうでした。写真を撮りに近づくのは、なんとなく侵入者になるような感じがして気が引け、止めました。


▲虎跳峡の Low Road 


▲虎跳峡トレックを終えて休息する筆者夫妻

虎跳峡トレッキングには、リジアンから出発してリジアンに帰る行程もありますが、私たちはそこからさらにチベット近くの都市 シャングリラ(香格里拉―桃源郷)まで足をのばす旅程です。このトレッキングルートには、山の中を行くタフな High Road と、河に沿って歩く比較的楽な Low Road があります。私たちはできる限り High Road を行き、駄目となったら Low Road まで下りて来るということにしました。Low Road には私たちの車が伴走してくれているので、なにかと心強い感じです。
一日目は Qiaotou (橋頭)から出発、4時間かけて虎跳峡を歩き Walnut Grove (核桃園)の Halfway Guesthouse (民宿)に着くという予定でしたが、実際には6時間余かかっても宿にとどかず、日が暮れてしまい、臨時の宿を見つけて泊まることになりました。
トレッキングは確かにタフでしたが、この揚子江源流を挟んだ対面の山肌が目前に迫り、素晴らしい景色を全身でエンジョイしました。ワイフは山が呼吸するのを感じたと表現しましたが、いまでもそう信じています。川幅30メートル、白濁、奔流の虎跳場所も上から爆音を聞きながら眺めました。
二日目も High Road をしばらく歩きましたが、ついにギブアップ。Low Road まで降りてきて Heika 村にたどり着き、ここでまた臨時宿泊。ガイド君がそこのキッチンを借り、どこからか工面してきた具でごった煮スープ風のナシ料理を作ってくれました。
三日目は、Heika 村から5時間かけて Haba 村に着き、虎跳峡トレッキングは終了という予定。ある所から Low Road を離れ、昔、材木搬出に使われた山道を登って一山越えていくのですが、その途中、ガイド君は今は禁止されている採伐の跡を見つけ、この密採伐は報告しなくちゃ、とメモを取っていました。
この小山の頂上で涼しい風を浴びながら小休止。はるか下方の Haba 村を見下ろし、そして雪を頂いて輝く玉竜雪山をゆっくり眺めた後、下降して私達の車と合流し、予約していた Snow Sea Guesthouse (民宿)に到着しました。きれいな庭を通って玄関に立ちましたが、深閑として誰も出てきません。しばらくして近所の人が現れ、ここの主人の子供が大病にかかり、急きょ、家族全員、州都クンミンの病院に出かけたと説明してくれました。あっけに取られて「はっ?」
宿は鍵もかかってなく、ガイド君は自分たちで部屋掃除をし食料を買い出しに行って夕食を作ると言っていましたが、新しいシーツもなく、結局、あきらめました。そして別のモテルのような所を見つけ、私たち二人をロビーに残し、ちょと用足しにと外へ出かけました。
その時、ユニホームを着た兵隊が3、4人どやどやと入って来て、特に大柄な親分株らしい一人が私の隣に乱暴に腰掛け、話しかけてきました。もちろん何を言っているのか分からず、英語で応答したところ、無視して、さらに中国語でまくし立て、段々いらだってきました。中国軍人に、それもこれほど接近して遭遇したことはなく、彼の横柄さに辟易(へきえき)し、不安になりましたが、幸い、しばらくして立ち去ってくれました。


▲白水台。石灰岩で形成された奇観

帰ってきたガイド君にこのエピソードを話し、「このモテルはどうも気持ちがわるい。明朝行くことになっている White Water Terrace (白水台)にこのまま行こう」と言うと、彼もそのほうが明朝早く一般の観光客が押し寄せる前に白水台を見学できると賛成、あっという間に車中の人となりワイフと共にほっとしました。


▲石灰岩で形成されたテラス状の水盤(白水台)

白水台は、石灰岩で形成された水盤が数平方キロにわたってテラス状に連なっている所で、ナシ族の聖地の一つでもあります。朝一番で人影が少ない時、朝日を浴びて壮大に輝くテラスをゆっくり見ることができたのは正解でした。
次の目的地シャングリラ(香格里拉)への道のりは約200キロ。これがいろいろな場所で道路工事を行っており、道をブロックしている落岩を手分けして除去しつつ進まざるを得ないところもあり、難儀しました。運転手君はここで腕をみせて大活躍。
シャングリラは、中国政府の観光庁が2002年に付けた名前で、ジェームス・ヒルトンの小説「Lost Horizon」(失われた地平線)に出てくる楽園、Shangri-La を取ったものです。観光地として売り出し、大きなホテルも数々あり、私たちもその一つに泊まりましたが、まだ電気の使用時間に厳しい制限があり、暖房なども午後5時半から午前1時までで、朝はふるえながら歯をみがくという状態でした。前記の道路改善工事もこの桃源郷売り出し企画の一端。


▲雲南州最大のチベット仏教寺院ソンツェリン・ゴンパ(松賛林寺)の正面


▲ソンツェリン・ゴンパの入り口。この日は「入場不可」と言われる


▲ソンツェリン・ゴンパ大殿内の極彩色壁画


▲ソンツェリン・ゴンパ大殿内。祭壇の前で何やら準備をしている僧侶

翌日、雲南州最大のチベット仏教の寺院、ソンツェリン・ゴンパ(松賛林寺)に行きましたが、その日は何か特別な行事の準備のため、入場不可と言われました。ガイド君は、裏門の方へ連れて行くから、そこをしばらくうろうろして写真など撮れ、10分くらいしたらまた迎えに来る。何か聞かれたら、外国人で様子がわからず道に迷ったというふりをすればよい、という作戦を与えてくれました。 うろうろしているうちにワイフは次第に大胆になり、誰も見張っていないのを幸いに裏門を通り抜け、途中でたむろしていた赤衣の僧侶たちに笑顔でうなずき、どんどん、そびえ立つ大殿の方に向かって行きました。私も仕方なくおそるおそる後をついて行き、詰問されることもなく、僧侶用と思われる坂道を登って、ついに大殿に入ってしまいました。


▲シャングリラ(香格里拉)でチベット人農家を訪問。リビングルームでティーンエージャーの娘さんと話す


▲雲南州の州都クンミン(昆明)のお茶屋でお茶をたててくれた蒙古系スーパーセールスウーマン。お茶買いました

ここまで来たらと、いろいろ中を見て周り、後で聞くと撮ってはいけない所でも写真を撮り、小一時間して今度は大門の長い立派な階段を堂々(?)と下って退場してきました。重要な外国人女性が特別許可を得て、ガイド(私)を従えて見学していると思ったのかも知れませんが、中国では時にはわけが分からないことが起こるという一例でしょうか。

(2012年8月9日号)

 



 
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