【BOOK ガイド】

世界が称賛した傑作小説
芹沢光治良著「巴里に死す」復刊


ノーベル文学賞候補にも挙げられ、作品がフランスをはじめヨーロッパ各国で高い評価を受けている芹沢光治良(せりざわ・こうじろう、1896〜1993年)の代表作「「巴里に死す」が今年春、復刊されて再び話題になっている。


▲芹沢光治良著「巴里に死す」(勉誠出版)の表紙

「巴里に死す」は1943年に中央公論社から初版本が発行され、1953年に森有正によってフランス語に翻訳されて1年で10万部のベストセラーとなる。これは戦後翻訳された初めての日本の小説としても注目を浴びた。今回の復刊「巴里に死す」は著者自身が最後に校閲した作品で、美しい日本語に触れる絶好の機会でもある。発行元は勉誠出版。


▲在りし日の芹沢光治良(撮影:平川嗣朗、新潮編集部) 勉誠出版「巴里に死す」より転載

物語は1920年代、美しいパリが舞台となる。夫の留学に伴ってパリへ赴く妻伸子は夫のかつての恋人の存在を知り、嫉妬(しっと)に苦しむ。優しく優秀な夫にふさわしい知的で自立する女性になろうと精進する伸子の心には常に夫の元恋人と比較する自分がある。やがて伸子はパリで結核を患い、そんな中で子供を身ごもる。周囲の反対を押し切って出産。愛する娘のために闘病の日々を3冊のノートにつづる。娘が成長したときに亡き母の思いを知ってもらうために・・・。

「巴里に死す」は小説ではあるが、序章からまるで本当の告白ストーリーのように展開していくところに読者は引き込まれていく。全くの私小説ではなくとも、著者のパリ留学体験やフランス滞在中に結核に侵され、サナトリウムで療養した経験が小説に著されていることはいうまでもない。

芹沢光治良は1896年(明治29年)に静岡県、現在の沼津市に生まれる。1922年、東京帝国大学経済学部を卒業後、農商務省に入省。1925年、農商務省を辞職し、この年に結婚した妻金江を伴ってパリのソルボンヌ大学に留学。1928年に帰国し、1930年に留学先での療養中の体験をもとにした「ブルジョア」が改造社募集の懸賞創作の1等に入選。初の小説「ブルジョア」が刊行される。その後、「巴里に死す」をはじめ、「一つの世界」「人間の運命」「神の微笑」など話題作を発表。その傍ら日本ペンクラブ会長、文芸家協会理事、ノーベル文学賞推薦委員、日本芸術院会員など数多くの役職を歴任し、日本文芸の普及に貢献した。1993年老衰のため死去。96歳だった。
今回の復刊「巴里に死す」には付録としてフランスのマスコミのインタビュー記事及び書評(芹沢文子・岡玲子訳)や芹沢光治良と交遊のあった遠藤周作による解説、さらに大江健三郎による「人性批評家の文学──芹沢光治良の生涯の独特さ」と題した講演の記録が掲載されている。これらは芹沢光治良文学をより深く知る上で大いに参考となるであろう。

■「巴里に死す」
芹沢光治良・著
勉誠出版発行、四六版並製288頁
定価:1800円

(2012年8月16日号)



 
 


 
 
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