【世界の街角から】

五山送り火ハイキングコースを行く
京都探訪──洛東(らくとう)編


〈 トロント 中村智子・記 〉


京都洛東には、室町幕府8代将軍足利義政が建立した銀閣寺をはじめとする、数々の有名な寺社仏閣がある。義政の妻日野富子が、病死した我が子(室町幕府9代将軍・足利義尚)を弔うために始めたともいわれる五山送り火(ござんのおくりび)は京都の夏の風物詩だ。


▲銀閣寺(正式名称は慈照寺銀閣)

送り火の一つ「大」の字が灯される山(大文字山)が、実はハイキングコースとなっていたと知ったのは、北米ではおなじみのロンリープラネット「Hiking in Japan」バージョンを読んでのことだった。灯台下暗しとはまさにこのことで、送り火ばかりが有名で、その山に気軽に登れることを知っている人はそう多くはないのではなかろうか。


▲「法」の字が灯される、五山の一つ東山

銀閣寺を見て回った後、いったんお寺を出て右手の方に行くと登山口までの小道が続く。少し分かりにくいが、とにかく銀閣寺裏山を目指して歩くと登山道案内の看板にたどり着く。そこからは頂上を目指してひたすら登るのみ。ロンリープラネットのコース難易度評価では「Easy-Medium」だったので、ジーパンに運動靴のようなかなり適当な格好で登り始めたのだが、このコースはハイキングと言うよりは登山と言った方がいいくらいに傾斜が急であった(あくまで運動不足の私の感想だが)。


▲大文字山頂上にある三角点

▲「大」の字の火床

これでもかというくらいに続く階段を登り切ると、京都市街が一望できる平地にたどり着く。そここそ、まさに送り火の「大」の字が点火される場所である。そこからの眺めは最高であった。他の五山の山々、JR京都駅ビルや京都タワー、平安神宮の大鳥居、そして何よりも、京都の特徴的な地形である盆地を望むことができる。この地点よりさらに少しだけ登った所が大文字山の頂上だ。そこからの見晴らしも、もちろんお見事。

そう言えば、日本では登山は定年退職したお年寄りの趣味となっている傾向があるようだが、カナダでおじいちゃんおばあちゃんが連休などにハイキングに行ったというのは、まあ、めったに聞かない。現役働き盛りの日本人は、休みがほとんど取れないので、登山など時間に制約のある趣味は必然的に老後のお楽しみとなってしまうのであろう。ヨーロッパに比べて休暇が少ないと嘆いているカナダの人達だが、日本のそれと比べるとやはり得した気分になる。ヨーロッパに住む知人は、介護休暇を使って親の介護のために日本に半年ほど帰国したそうだ。余暇とは違うが、そういうところは日本はもちろんのこと、北米も大幅に遅れていると痛感する。


▲南禅寺三門──登って中に入ることができる(有料)


▲南禅寺境内にある琵琶湖疏水(そすい)の水道橋

話を登山に戻そう。頂上から目指すのは湯豆腐で有名な南禅寺。下りは楽々コースであった。途中、逆方向から登ってくる人達に遭遇したが、皆が皆、息を切らして登っていた。登山の暗黙のルールとして、登山者はすれ違う人と挨拶を交わす。中には息も絶え絶えに会釈だけする人や、挨拶すらしない人がいたのでちょっと残念に思ったのだが・・・。山を下り切って分かったのだが、南禅寺側から登るのは銀閣寺側からの上り坂や階段よりも更にきつい。なるほど、それで皆さん鬼の形相で登っていたのか! ということで、このハイキングコースは銀閣寺側から登ることをおすすめする。


▲清水寺仁王門と三重塔(右奥)


▲清水寺本堂

ロンリープラネットにあったコースは、この後、哲学の道を通って銀閣寺に戻るルートとなっていたが、私はそのまま西に歩いて平安神宮へ行き、お昼ご飯を食べて腹ごしらえをしてから、南に下り清水寺まで行った。平安神宮から清水寺までは八坂神社や(豊臣秀吉の正室、寧々で有名な)高台寺を通って徒歩約40分ほどだが、途中、産寧坂を通るので、そう遠くは感じなかった。産寧坂は京都風情たっぷりの石畳の道々が続き、お土産屋やお茶処などが連なっているので、ぶらり歩きにちょうどよい。

以前、五山送り火を見に行ったことはあったが、今回、その山に登ったのはとてもいい経験となった。寺社仏閣巡りに加え、登山もできる京都は、やはり、いつ行っても魅力的である。

(2012年8月30日号)

 



 
(c)e-Nikka all rights reserved