【インタビュー】

トロントで開催の国際作家祭に参加
芥川賞受賞作家・川上弘美さん


芥川賞受賞作家で知られる作家、川上弘美(かわかみ・ひろみ)さんが、このほど、国際作家フェスティバルに出席のため詩人・伊藤比呂美さん、翻訳家/作家・柴田元幸氏とトロントを訪れた。日本人作家3人は10月26日、国際交流基金トロント日本文化センターで日加作家対話イベントに出席、川上さんはカナダ人作家パシャ・マーラ氏と対話した。28日はハーバーフロントセンターで開かれた国際作家祭に参加、3氏は「Found in Translation」を主題に日本文学と翻訳の現実と超現実について議論を行った。翌29日にはヨーク大学で「日本人作家パネルディスカッション」が行われ、川上、伊藤、柴田3氏は朗読を行った。そのあと、テッド・グーセン・ヨーク大教授をモデレーターとして文学についてのパネルディスカッションが開かれた。


▲川上弘美さん

川上さんは東京都出身、54歳。5歳から7歳までアメリカに住んだことがある。小学3年生の時、1学期間を休む病気にかかり、家で児童文学を読み始めたことから読書家になる。1980年お茶の水女子大学理学部生物学科卒。82年から4年間、母校の田園調布雙葉中学校・高等学校で生物学の教員を勤める。結婚、出産(男児2人の母)ののち主婦を経て、94年、短編小説「神様」でパスカル短編文学新人賞を受賞。96年「蛇を踏む」で芥川賞を受賞する。以来、「溺レる」「センセイの鞄」、そして長編小説「真鶴」(2006年)など数多くのユニークな小説や随筆、評論を著している。
10月26日、国際作家祭のイベントの多忙なスケジュールの合間にインタビューさせていただいた。〈 インタビュア・色本信夫 〉

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カナダは昨年に続いて2回目の訪問。トロントの印象は?
「去年は9月、国際映画祭のときでした。こんどは10月で、ちょうど秋の季節、紅葉も目にしました。トロントの町は穏やかで好きです。よく見ると、植物が日本のものと同じなのですね。私は俳句をしているので、季語の『花野(はなの)』を使いたいと思っていたら、テッド・グーセン氏(ヨーク大学教授)の山荘に招かれて行った時、そこには秋の草花が咲き乱れていて『花野』があったのです。秋の風情を堪能しました」


▲1999年に発売された文春文庫「蛇を踏む」の表紙

小説「蛇を踏む」では、「藪で蛇を踏んだ。・・・蛇は女になった。」といったくだりがある。人間と生き物との関係が描写されていますが、この発想のもとになったのは、大学で生物学を専攻したことや中学・高校で生物学を教えていたことが影響しているのでしょうか。
「生態系(エコロジー)の観点から見ています。たとえば、人間が死ぬと体は土に帰る。それをもとにして植物が育ち、それを食べた鳥が生きられる。人間と自然界はつながっているのです。自然の中で人間は優位にたつのではなく、平等であるという考えに基づいています。泉鏡花の小説『春昼(しゅんちゅう)』に蛇が登場しますが、私の蛇はなぜ蛇なのかわかりません」

川上さんの作品は、幻想と日常の世界が織り交ざった発想からきているのでは、という感想を述べる読者は多い。小説を書くときのアイデアはどこから生まれるのでしょう。
「私の小説は、普通に自分の人生を生きている中から出てくる発想です。たとえば、家にいると、掃除をしたり、料理をしたり、書くこと以外のこともしています。魚を料理している時は、この魚はどこからきたのか考えます。掃除をしている時は、網戸に放射能が付いているかな、と気をつけます。放射能は、現実に汚染されている例が多く報道されていますからね。抽象的なことではなく、具体的なことです。小説のアイデアには、いつも日常が関わっているのです」

影響を受けた作家を挙げてください。
「影響を受けた作家はたくさんいます。たとえば、内田百間(うちだ・ひゃっけん)。迫り来る得体の知れない恐怖感を表現した小説や独特のユーモアに富んだ随筆を得意とした人です。コロンビアの作家、ガルシア・マルケスは架空のマコンドを舞台にした作品を中心に魔術的リアリズムの旗手として世界中の多くの作家に大きな影響を与えています。谷崎潤一郎の作品からも影響を受けたといえるでしょう。これらの作家は、リアリティー(現実)のとらえ方が共通していると思います。平らで隙(すき)のないものではなく、突然、ゆがんだり、ねじれたり、ずれが出来るといったことです」

川上さんは、今回、カナダの新人若手作家、パシャ・マーラ氏(Pasha Malla)と対談をしますが、カナダ人作家の作品についてはどのような感想を?
「今回の国際作家祭に出席の柴田元幸氏が翻訳したマーラ氏の短編の日本語訳を読みました。『ペットセラピー』と題する小説ですが、とても面白かったです。エリック・マコーマック氏とは去年のハーバーフロント国際作家祭で対談をしましたが、彼の日本語訳は全部読んでいて、書評も書いています。幻想的な不思議なストーリーです」


▲カナダ人作家パシャ・マーラ氏(右)と対談する川上弘美さん。中央は通訳のルイ・ウメザワ氏。10月26日ジャパンファウンデーション(トロント)にて。 撮影:Hitoshi Murakami / 写真提供:ジャパンファウンデーション(トロント)


▲川上弘美さん。 撮影:Hitoshi Murakami / 写真提供:ジャパンファウンデーション(トロント)


▲ジャパンファウンデーション(トロント)での日加作家対話事業に参加した(左から)石田隆司所長、ルイ・ウメザワ、伊藤比呂美、川上弘美、ルー・ボールソン、パシャ・マーラ、テッド・グーセン、柴田元幸の各氏。 撮影:Hitoshi Murakami /写真提供:ジャパンファウンデーション(トロント)

(2012年11月1日号)



 
 


 
 
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