【活躍する新2世シリーズ(1)】

アトランタを拠点に世界をめぐるDJ(ディスクジョッキー)
Baby Yu こと中山雄太さん


10年ほど前、トロント地域で人気DJ(ディスクジョッキー)としてその業界では名前が知れ渡っていたBaby Yu(ベイビー・ユー)。本名は中山雄太さん。新移住者で宮崎県出身の中山道生・あつ子夫妻の長男として1978年トロントで生まれる。トロント大学を卒業後、趣味からプロのDJに。当時、「日加タイムス」紙でもインタビューをしたことがある。
そのときに今後の活動として「トロントだけではなく世界中のいろいろな場所でDJをしたい。ラジオの番組を多く持ちたい。自分のCDを出したい。プロデュースもやってみたい」と抱負を述べていたが、それらがすべて現実化しているのだからお見事である。多忙のなか、クリスマスをトロントの実家で過ごすためにもどった Baby Yu にお話しをうかがった。ちなみに Baby Yu の名前は当時、友人が彼のベービーフェイスと雄太のYuを合わせてつけたもの。


▲素顔の Baby Yu こと中山雄太さん(2012年12月27日、トロント郊外の実家にて)

■アトランタで一番の放送局 V-103FM のメインDJに
トロントでは主に有名ナイトクラブのレギュラーDJとして活躍していた。DJの仕事はダンスミュージックを選曲する仕事だが、その日のお客の層に合わせて即座に決めなければならない。DJの選曲によって雰囲気が変わってしまう。ゲストミュージシャンとのコミュニケーションも大切だ。だから、DJのセンスが大変重要で、「うまいDJがいるところは流行(はや)る」とまでいわれる。
トロントですっかり人気が定着していた Baby Yu がアトランタに移ったのは2008年7月。「トロントはこの世界ではアメリカに比べると遅れているんです。スローというか・・・。共演したミュージシャンもトロントの印象が薄いと言っています」。かねてから本場アメリカの都市でDJとしてやってみたかった。アトランタへは移る2年前から友達を通じて年に4回くらいクラブでDJをしたことがあった。
「ニューヨークやロサンゼルスのような大都会ではDJ同士の競争が激しく、その中で生き抜くのはとても大変です。その点、アトランタは大きすぎず、小さすぎず、ちょうどいいサイズの都会で自分のスタイルを出しやすいところです」


▲DJ、Baby Yu

そして彼にとって大きな転機が訪れた。2010年からアメリカの大手放送局CBS系列のV-103FMのメインDJとなったのである。現在、月曜から金曜まで毎日朝と夕方2回、土曜は1回、番組を担当している。これによって Baby Yu の名前はさらに広がっていった。このチャンスをつかんだいきさつが、いかにもアメリカ的でちょっぴり笑ってしまう。
「アトランタのBETというテレビ局のヒップホップの大きなアワードショーで5000人くらい集まるイベントがありました。ボクは小ルームでDJをやっていたのですが、メインのDJが遅刻して間に合わなかったんです。そこでいきなり、ボクにメインをやれ、と言われ、代わりにやったんです」。これが目にとまり、実力を認められて現在に至る、というわけだ。チャンスとはどこからやってくるかわからない。

■トロントの経験が生かされる
トロントとアトランタではDJのスタイルはかなり違っていた。トロントではいろいろなジャンルの音楽、ヒップホップやR&B、ロック、レゲエなどなんでも扱っていたが、アトランタでは大体ひとつのジャンルを扱うDJが多いという。そこで、「Baby Yu はいろんなジャンルができる」ということで、また評判が上がるわけだ。トロントでの経験が生かされたのである。
ラジオ局のDJをこなすかたわら、金曜と土曜はクラブでのDJをやっている。「ラジオで Baby Yu の名前を知っている人が、実際にボクを見て『まさか日本人とは思わなかった』と言われました」
アトランタでは黒人、白人、東洋系など人種によって、クラブやパーティーなどが分かれていることが多いそうだ。おのずから既存のDJは向き向きのクラブを担当することになるが、トロントから来た Baby Yu はどこのパーティーでも合わせることができる。この柔軟性が受け入れられている。

■世界に羽ばたくDJ
Baby Yuはアトランタだけにとどまることなく、アメリカ国内ではラスベガスやニューヨーク、アジアでは日本(東京)をはじめ、中国、香港、台湾、タイ、フィリピン、そしてヨーロッパではロンドン、パリ、アムステルダムのほかドイツ、ノルウエーと世界をまたに掛けてDJを行っている。
それぞれ国によって好みが違うので、それをキャッチするのが腕の見せどころでもある。中国(おもに上海)では古い曲が好まれる。「アジアで一番やりやすいのはフィリピンですね。英語が分かる人が多いということもありますが、音楽性が豊かな国民性です」。なんとマニラの国際空港に彼を迎えにきたのはマルコス元大統領の息子だったそうだ。イベントのオーガナイザーの友達だそうで、後で聞いてびっくりしたという。


▲2012年4月、ラスベガスでの Young Jeezy (手前、立っている)のコンサートでDJをするBaby Yu(中央)

昨年、大きな仕事としてはアトランタ出身の人気ラッパーでヒップホップには欠かせない存在の Young Jeezy (ヤング・ジージー)の2012年コンサートツアーのDJを担当したこと。ツアーは、アトランタをはじめ、ニューヨーク、マイアミ、シカゴ、ラスベガス、ワシントン、ダラス、デトロイトなど全米を回り、ヨーロッパにも遠征した。ジージーがあとでコンサートのビデオを見て「DJがコンサートを素晴らしくしてくれた」と褒めてくれたことは大きな励みになったという。
最近、印象的だったのは2012年12月初め、子供のチャリティーショーでDJを担当したとき、スティービー・ワンダーが来てくれ、気軽にDJをやってくれたこと。


▲世界的歌手 であり、マルチ演奏家でもある Stevie Wonder と共に


▲グラミー賞をはじめ数多くの賞を受賞している歌手で女優の Alicia Keys と


▲アトランタ出身の歌手でダンサーとしても有名な Kelly Rowland と

優秀なDJに与えられるアワードもこれまでにカナダとアメリカを合わせて4回受賞している。


▲これまでに受賞したたくさんのアワード・プラーク

■今後はプロデュースに力を
2013年の予定としてはアトランタを拠点に、まず、バンクーバー、モントリオール、ケベックシティーなどカナダ各地をツアー。4月には日本、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどのアジアツアー、そしてヨーロッパ各国もツアーすることになっている。
「将来はプロデュースにも力を入れて行きたいと思い、2年前からジャズピアノのレッスンを受け猛練習しています」。Baby Yuの世界はさらに広がって行く。
そのかたわらプロモーション用のCD作成にも余念がない。

▲プロモーション用CD「Child's Play 6」 ▲プロモーション用CD「BABY YU-MIXOLOGY 101」


これだけタフな日程をこなすには相当な体力が必要となろう。すかさず「小さいころからアイスホッケーをやっていて、今でもアトランタでチームに所属しています」と答える。趣味を兼ねた体力づくりにも気配りを怠らないのだ。
アメリカで日本人DJとしては、ロサンゼルスのロッキー青木の息子、スティーブ青木が有名だが、Baby Yu はそれに次ぐDJになるものと期待される。「50歳、60歳になっても Baby Yu の名前でいきます」と。世界のどこかで Baby Yu の名前を聞いたら応援しようではないか。今年もますますの活躍が楽しみである。 

Baby Yuの主なサイト:
www.babyyu.com
facebook.com/djbabyyu
twitter.com/djbabyyu
youtube.com/djbabyyu

〈 取材・いろもとのりこ 〉    

(2013年1月1日号)



 



 
(c)e-Nikka all rights reserved