【復活祭】

キューバを知る旅(1)
ピッグス湾・・・反カストロ部隊の戦闘、5人のキューバ人事件


〈 トロント 松井祐実・記 / 写真撮影: Richard Severin 〉


2012年10月、3度目のキューバ旅行を楽しんだ。3度目にして初めてリゾートから離れて観光することにした。


▲バラデロ・タウン。観光客用ではないとは思うが、今も馬を交通機関として使っているのか?

まずダイビングのため、キューバの北側に位置するバラデロから南に位置する Bay of Pigs (ピッグス湾)へ。通常、ダイビングはリゾートでは料金に含まれているのであるが、隣のリゾートがビーチの工事をしていて、ビーチが濁って透明度が悪くなっているため、バスでリゾートから南へ約1時間30分離れた Bay of Pigs に行ってダイビングをすることとなった。2本のダイビングのうち、1本は無料、2本目は 20 CUC(約20カナダドル)。 Bay of Pigs へ行く途中、バラデロの町を通り過ぎる。キューバ人の生活を垣間見る。リゾート内ではとても見ることはできない体験だ。


▲バラデロ・タウンの家並み。割ときれいな建物で、治安はいいはずだが、入り口の柵(さく)が気になる


▲バラデロ・タウン。ここにも馬が・・・。人があまり歩いていない

バスからの長い車窓も終わり、ようやく Bay of Pigs に到着し、早速、器材をセッティングして、ダイビング。キューバの島の北側に比べるとやはり南の海は暖かい。とても穏やかで流れもほとんどない。


▲バラデロのリゾートからバスで約1時間30分ほど南にあるピッグス湾。リゾート地とは違い、観光客がほとんどいない。歴史に残る場所でもある

この Bay of Pigs とは、その土地名 Cochinos(コチーノス=スペイン語で豚の意味)から来ている。
ここは、1961年に、アメリカ支援下の在米亡命キューバ人部隊「反革命傭兵軍」が、カストロ率いる「キューバ軍」の革命政権の転覆を試みたピッグス湾事件が起きた場所である。アメリカの計画は失敗に終わり、ソ連を含む東側諸国の援助を受けたキューバ軍は3日間の戦いで撃退に成功し、カストロの勝利となる。この事件の直後、キューバ政府は先の革命が社会主義革命であることを宣言した。歴史に残る革命場所の1つである。

 


▲ダイビング中に見た沈没船に付いていたプレート。「5」の文字が・・・。5人のキューバ人についてのものらしい

今でもこの戦争を引きずっている事件がある。ダイビング中に沈没船に張り付いていたプレートに「5」の文字とスペイン語が書かれてあった。疑問に思い調べてみると、5人のキューバ人事件のことがわかった。
5人のキューバ人(Cuban Five)とは、1998年マイアミに住んでいたキューバ人5人がスパイ容疑で逮捕されたものである。この5人のキューバ人はマイアミに住む反カストロ政権の亡命キューバ人を監視していたのである。亡命キューバ人によるキューバへのテロ行為を未然に防ぐために監視をしていたもので、アメリカに対してのスパイ行為をしていたわけではない。それにもかかわらずアメリカ政府は5人を逮捕、刑務所への投獄、そして終身刑の不当判決と、とても重い罰が科せられ、今現在も服役している。この事件に対する5人の解放運動が世界各国で広がっている。
Bay of Pigs へ行かなかったら、きっと私はこの戦争のことも5人のキューバ人の事件も知らずにいただろう。
少しずつキューバのことがわかってきたような旅であった。(次号につづく)

(2013年1月17日号)



 



 
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