【世界の街角から】

メキシコ・ユカタン半島(その2)
マヤ文明の遺跡―チチェン・イッツァ


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉


ユカタン半島のカンクンから観光バスに乗る。街をはずれハイウエーに入ると、両側は森また森。行けども、行けども森で、これをジャングルというのだな、と理解した。つまり、そういうジャングルの中に古代マヤ文明は発展したのか、と知る。2時間ほどの後、何十台という大型観光バスが並ぶチチェン・イッツァ(Chichen Itza)の駐車場に着いた。


▲チチェン・イッツァのピラミッド

チチェン・イッツァのピラミッドは、ククルカン(羽のある蛇の姿の神)とも、神殿とも、城とも呼ばれる。信じられない大きさだ。8世紀から12世紀にかけて繁栄したというマヤ文明の象徴的建物。マヤのカレンダ―を基にしていて、春分と秋分には太陽の光と影によって蛇が降りてくるような光景が見られるそうだ。

私たちのガイドさんはマヤ族出身。マヤ語、スペイン語、英語ができる。学校の先生タイプだった。
ガイドさんはこんな話をした。ある日、ある男が人々に崇(あが)められ、指導者になった。この男はククルカンと呼ばれた。人々は彼の計画に賛同し、一生懸命働いて、このピラミッドを造りあげた。その後、男は「自分の人生は終わった」と言い残してマヤ社会から姿を消した。彼がどのようにいなくなったのか、誰も知らない。ククルカンは、神でもあり、支配者でもあったようだ。


▲「ピラミッドの霊気を受けて!」。ガイドさんの言葉で、みなが腕を差し出した


▲羽のある蛇頭

マヤ族は、他の部族と合流し、マヤ文明を作ったが、彼らは蛇が好きだったらしい。そのことがこの石像に象徴されている。蛇に羽をつけ、天と地と地下をつなぐものとして神格化し、それを部族の宗教としたのだと、私はひとり合点することにした。

ちょっと話はそれるが、日本の安倍晋三首相は、巳年(みどし)にちなみ「蛇は商売繁盛のシンボル。経済再生にはロケットスタートを切りたい」と語ったそうだ。(朝日新聞「天声人語」2013年1月6日付)
蛇が経済にどう関係するんだろう、と私には初耳だったが、干支(えと)や神話学に基づいているのかもしれない。そうだ。ここまで来て、「蛇は恐い」なんて言っていられない。せっかく巳の年にここにきたんだもの、「蛇は健康のシンボル」とでもみなそう。悪いものを寄せ付けないような威力があるかもしれない。


▲「死」を具象化し、壁にはドクロの浮き彫り。説明するガイドさん


▲ピラミッドから「聖なる泉」セノテへの小道で出会ったカップル

ピラミッドから離れ、小道を通って「聖なる泉」セノテ(Cenote Segrado)に向かう。道の両側には露店が並び、ブレスレット、ベルト、お皿、椀(わん)、小物などの手工芸品が並んでいる。ガイドさんはある露店の前で立ち止まった。
「彼女は私たちの仲間です。帰る時に立ち寄って、できたら、何か買ってあげて下さい」
この女性は刺繍(ししゅう)されたハンカチやふきんなどを売っている人だった。5分も歩くと泉に着いた。


▲神への捧げものとして人身が投げ込まれたといわれる「聖なる泉」セノテ

ジャングルに囲まれているこの地域では、海もなく、川もない。そのため、水には特別な敬意が払われた。元来、この遺跡がチチェン・イッツァと呼ばれるのは、マヤ語の方言のひとつで、「イッツァ族の井戸口」という意味がある。ここはその泉のことを指していたのだ。
土地が陥没してできたこの泉は、人々が巡礼に来るほど崇められた。そして、干ばつなどがあると、神への捧げものとして人間が選ばれ、いけにえにされたそうだ。実際、1911年、アメリカ領事トンプソンが池の底をクレーン車で調査すると、貴金属などと一緒に、子どもや成人の男女の人骨が発見されたそうだ。

「いけにえにされたのは、こどもですよ」とガイドさんは言った。まだ分別のつかない7歳以下のこどもを池に放り込んだのは、当時の支配者が人々を統制するため、大人たちに「従順であれ」と戒めるためであり、何よりも権力を示すためだったのだ、と。

ここからガイドさんと別れ、私は一人で遺跡を回った。すると、ある石像に出会った。この像には親近感を覚えた。後で調べると、これが有名なチャックモールという石像だと分かった。死んだ戦士を象徴しているといわれ、顔は正面を向き、体は横向き。ひざは曲げている。ユカタン地方ではよく見られる様式のようだ。腹部あたりが台になっていて、神への捧げものとしてマヤ族は生(なま)の心臓を置いたといわれる。


▲チャックモールとよばれる石像

1988年にユネスコの文化遺産に指定されて、ここに観光客がどっと来るようになったのは当然である。夫は70年代初頭に、この地を訪れたことがあった。今は禁止となっているが、当時はピラミッドの91段の階段を登ることができたそうだ。と言っても、当時は観光客はほとんどおらず、地上にいる獲物かと見込んだハゲワシが彼の頭上で円を描いていたそうだ。

これがメキシコが誇るマヤ文明の遺跡だった。蛇、いけにえ、ドクロ、生の心臓などと、キーワードは強烈だが、それほど不気味に感じなかったのはなぜだろう。それは、「これでもか、これでもか」というように、太陽が強烈にこの地を照らし、明るくしているからだ、と思った。

みやげもの店で珍しいものを見つけた。手ごろなマヤ語辞典である。こういうものは、このマヤ文明の御本尊にしかないだろう。私はそれをおみやげとすることにした。

石として
風化されたる
千年の
今日の出会いに
花捧げたく

〈 次回に続く 〉

(2013年2月7日号)



 



 
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