【世界の街角から】

田舎暮らしの「スノーバード」体験(前編)
メキシコのプエルトバジャルタで避寒楽しむ


〈 バンクーバー島コモックス ヒル厚子 〉


バンクーバーアイランドの冬は、私が今までカナダで住んだ場所の中では最も温暖な場所である。ほとんど零下になることがなく、雪もあまり降らない。降ってもすぐに解けてしまう。芝生も緑のままで冬を越す。過ごしやすいといえば過ごしやすいのだろうが、来る日も来る日もどんよりとした空、雨、雨、雨ですっかり気分が沈みこんでしまう人も少なくない。
こんな気候とリタイアメントした人々が多いということもあって、毎年11月ごろになるとゾロゾロと渡り鳥のように南下が始まる。いわゆる「スノーバード」と呼ばれる一団である。パームスプリングスやアリゾナなども人気が高いが、私の住むコモックス(Comox)からはメキシコの太平洋岸のリゾート地、プエルトバジャルタ(Puerto Vallarta)という町に直行便が飛んでいることもあって、ここに別荘があったり休暇に出かける人々が多い。
ことは試しにということで、この冬はそのプエルトバジャルタに足を伸ばしてみた。

プエルトバジャルタという町
コモックスから飛行機で5時間あまり。どんより曇った空から陽気な常夏の国に到着。これだけで気分爽快(そうかい)になる。飛行機が着陸すると乗客・従業員の両方から拍手と歓声が上がった。
プエルトバジャルタは1960年代まではシエラマドレ山脈の裾野にあるジャングルの村だった。ところがジョン・ヒューストン監督が「The Night of the Iguana」(イグアナの夜)という映画のロケ地としてこの簡素な村を発掘したことがきっかけで世界中に知られるようになった。
映画に出てきたあの美しい場所はどこなのかと人々が訪れ始めたこともひとつの理由であるが、何よりもエリザベス・テーラーとリチャード・バートンが恋の巣を築いたことで、ハリウッドスターが次々に別荘を建てたり、友人を招いたことがこのジャングルの村をリゾートに発展させる引き金となった。
町の中心地には英雄のようにジョン・ヒューストン監督の銅像が建てられているし、エリザベス・テーラーとリチャード・バートンの向かい合わせの住居跡も廃墟ながら残されている。


▲映画「イグアナの夜」を製作したジョン・ヒューストン監督の銅像がプエルトバジャルタの中心に建っている。町の英雄的存在だ

メキシコといえば日本人にはメキシコ湾側のカンクンなどの方がなじみが深いようで、この太平洋側の町ではあまり日本人を見かけない。カナダからのリゾート客がどっと押し寄せるのと、これまた夏にはカナダに来る鯨が冬を過ごして出産する場所なので、カナダはこの地域のメキシコ人には驚くほどよく知られている。
ホテルで出会う人々もアメリカ人よりもカナダ人の方が多い。毎日のようにバンクーバー、カルガリー、エドモントン、そしてわれらがコモックスから直行便が到着するたびにローカルなニュースでプールサイドが賑わう。特にコモックスのような小さな地域からの直行便が到着する日には、ばったり近所の人と出会ったりすることもあり、恐ろしくもあった。

ホテル
今回はAll Inclusive(オールインクルーシブ=ホテル滞在、食事、ドリンク代などすべてが含まれているパッケージ)という体験もしてみた。ホテルは何マイルも続く海岸線に林立しているが、我々はプエルトバジャルタの空港からタクシーで約40分南下したところにあるミスマロヤ(Mismaloya)という村に位置するものを選んだ。
第一に混み合った空港近くやダウンタウンのホテルを避けたかったこと。「The Night of the Iguana」の実際のロケ地であることに興味があったこと。何マイルも続く海岸線ではなく入り江になっていて、他のホテル群から分離されこぢんまりとしていること。一般市民の住む村がすぐそこにあることなどが理由である。
ダウンタウンでのショッピングやナイトライフなどを楽しみたい人には向いていないかもしれない。しかしローカルのバスが15分ごとにホテルの前を通るので、わずか1ドル足らずで30分間、海沿いのドライブを楽しみながらダウンタウンまで出られる。この方が私にとってはずっと趣があって楽しい。


▲ホテルの建物。背景にはシエラマドレ山脈が連なる


▲部屋からビーチを眺める。なんと言っても入り江なのがいい

ホテルの中はまさに北米式で快適。ランクは4つ星と銘打っているが、実際は3つ星半くらいだろう。このホテルは一部屋一部屋が広いことで評判らしいが、確かに二人ではもったいないくらいに広い。お客の数と同じくらいいるのではないかと思えるほど多くの従業員がいるのでサービスもまんざらでない。到着と同時に3人くらいの従業員に案内された。
ホテルにある3つのレストランは朝7時から夜の10時まで次々にオープンし、しかも食べ放題。レストランが閉まった後はバーが午前1時まで開いていて、そこでもドリンクのほかにちょっとしたスナックが楽しめる。飲み放題、食べ放題だが、飲まない私にはあまり役に立たない。ほかに別料金を払う高級(?)レストランも3つほどあったが、ちょっとロマンチックな雰囲気を味わいたいのでない限りタダのレストランで十分である。


▲ホテルのプールにあるバーには泳いで飲みに行く。何でも飲み放題、注文に応じてすぐに作ってくれる

プールサイドで寝転んでいると10分おきくらいに従業員が「お飲み物は?」と聞きに来る。飲み終わったグラスは床に置く暇もないくらいに片付けられる。
もっとぜいたくをしたければ追加料金を払うと「プリミアム」というレベルの部屋を得られる。このレベルになると部屋も高い位置にあって眺めがいい。特別のラウンジへのアクセスが可能で、そこにはもっと高い酒類、特別のスナックがあったり、コンピューターのフリーアクセスがあったりもする。腕につける輪の色が普通のお客とちがって金色になるので従業員の態度もちょっと違ってくる。

毎晩、エンターテイメントが舞台で繰り広げられているが、これはかなりお粗末だった。サーカスやコメディー、歌や踊りだが、登場人物がほとんど同じ人々だったり、面白くないドタバタ喜劇だったりと二度と見なくてもいいようなものばかりだった。
昼間はプールサイドの催しデスクで毎日1時間ごとに異なったアクティビティーが提供された。ヨガ、エクササイズ、ダイビングレッスン、スペイン語講座、ビーチバレーボール、クラフト、近くのテキーラ製造所へのツアーなどが次々に組まれていたが、利用者はきわめて少なかった。


▲このようなイグアナがあちこちにいる。色は七変化

ある日、夫と同じ職場の人とプールでばったり出くわした。あくせく働く「働き蜂」から脱皮して1週間だけでも「王様」の気分を味わうために毎年ここへ足を運ぶのだという。自分で何かをして楽しむ性分の私にとっては、(ぜいたくな要求かもしれないが)すべてしてもらう側にまわるのはあまり楽しいことでもない。しかし毎日を仕事に追い回されて暮らしている人々にとっては、何もしなくてすべてが整えられることは、確かにゆっくりできる楽園なのだろう。
ともあれ暖かい太陽のもとでみんなが満面に笑みを浮かべている環境というのはすばらしい。世界がこんなに平和であったらと思わずにはいられない。

ビーチ
いかに入り江とはいえども、ここは太平洋に面しているのでビーチはほとんど一日中波が荒い。ホテルの前のビーチは何十年か前まではもっと広い砂浜だったそうだが、年々浸食が進み、今は満ち潮の時にはほとんどビーチがなくなってホテルの壁まで波が押し寄せる。それでもメキシコの例にもれず、地元の行商人が帽子や洋服、アクセサリーなどを担いでビーチを行ったり来たりして行商をする。
ただ、行く前にいろいろリサーチした結果によると、このホテルは隔離されているので行商人などが少なく静かだということだった。他のホテル群のビーチなどはうるさくてたまらないらしい。ホテルには「No Gracias」(要りません)という立て札が準備してあって、ビーチの寝椅子の横に立てることができるが、それでも声をかけられることは止まらなかった。
ほとんど毎日のようにあったのが結婚式。式の後で新郎・新婦がみごとなウエディングドレスとタキシードのまま海に入って行ったのには驚いたが、これはもう二度とこのドレスを着ることはないように(離婚・再婚はしない)というおまじないなのだそうだ。


▲こんな大きな魚を釣った人もいました


▲ホテルからすぐそこに見えるロスアルコス島。ダイビング、シュノーケルに最適とか

入り江には波止場といった気のきいたものがないので、漁船やレジャー用の船は海の真ん中に停泊している。どのようにしてあの船まで達するのだろうかと疑問だったが、皆泳いで船まで到達する。カヌーも岸に一艇あり、皆が断りもなく平気で共同使用しているが、泳ぐ方が手っ取り早いらしい。ある夜にはガソリンタンクを抱えて泳いで船まで到達し、給油している人がいたのには驚いた。
すべての船がこのホテルのお客目当てに魚釣り、シュノーケル、ダイビング、近くの村への一日ツアーなどを営んでいる。ビーチの行商人に混じってツアーの呼び込みも激しい。すぐ目の前にあるロスアルコス(Los Arcos =アーチの意味)という島まで1時間のシュノーケルツアーがひとり40ドル(USドル)。何度呼び込まれても「No」を通していると、「10日後くらいには20ドルにするから」とすがってきた。
しかしこのホテルの特権はそんな島に行かなくても40種類くらいの熱帯魚がちょっと歩いた海岸線で見られることである。それを知らない人々はツアーに参加するが、私はホテルから入り江を5分くらい歩いた岩場にもぐってみた。いるわ、いるわ! タコ、ウニ、青や黄色や紫の魚。岩場にはイグアナがのそりのそりと歩いている。
波恐怖症の私がわざわざ船に乗って荒波を乗り越えて島に行く必要はないのである。ここは他のホテルのお客がガイドに案内され、シードゥーに乗ってダイビングに来たりしている好スポットであった。


▲地元のおじさんが腰の袋から取り出した驚くべき獲物たち


▲何十羽と群がるペリカンたちは魚のはらわたをペロリと食べてしまう。なんという自然循環か!

突然、ザバーッという水音がするので振り返ってみると地元のおじさんがシュノーケル姿で手に槍(やり)のようなものを持って岩に上がってきた。ブッシュマンならぬシーマン(?)のたくましいいでたち!
腰に巻きつけた袋に手を突っ込んで次々に獲物を取り出す。大きな巻貝が数個。タコや色とりどりの魚。こんなものを腰に巻きつけて泳げるものかと感心してしまった。「たくさん獲れましたね」と英語で話しかけたが、スペイン語しかわからないらしく無視される。
今度はナイフまで取り出して魚の処理を始めた。驚くほどの手際で魚をさばく。はらわたはそのまま海に還元。すぐにペリカンたちが現れてきれいに食べてしまった。処理された魚と貝を針金のようなものに通しておじさんは颯爽(さっそう)と去って行った。すばらしい!! やはり田舎暮らし族の私は観光地よりもこんな光景に感動する。


▲マッサージパーラー、レストランなどがあるビーチの一角。釣ってきた魚はここで料理してくれる

ビーチには地元人が運営するレストランが一軒あった。ここでは普通のメニューのほかに、魚釣りのツアーに行った人々が釣ってきた魚をその人たちの要求に応じてその場で料理してくれるサービスもある。夕暮れにビールを飲みながら海を眺めて自分の釣った魚を食べるというぜいたくを味わう知り合いに同席。新鮮な魚よりおいしいものはないと舌鼓を打つ。 狭いビーチにはマッサージの小屋もいくつか並んでいる。電気も水もない小屋で女性たちが25−30ドルで1時間のマッサージを施してくれるが、特に訓練を受けた人でもないらしく、翌日よけいに筋肉痛を感じるという始末だった。
〈次号につづく〉

(2013年5月2日号)



 



 
(c)e-Nikka all rights reserved