【世界の街角から】

田舎暮らしの「スノーバード」体験(後編)
プエルトバジャルタと郊外、メキシコの現実を見る


〈 バンクーバー島コモックス ヒル厚子 〉

ホテルの外へ出る
ホテルを一歩外に出ると、そこにはメキシコの現実がある。廃墟のようになったミスマロヤ(Mismaloya)の村には放し飼いの犬がうろつき、裸足の子供たちが遊んでいる。夕方には火鉢のようなものを使って外で料理をするので、ホテルの窓から村に煙が立ち込めているのが見える。ホコリまみれのでこぼこ道路を観光客のタクシーが走る。


▲店番をする犬(ミスマロヤ村にて)

村から一本道を山側に歩くとジャングルがあるというので歩いていると、一台のトラックが止まった。「ジャングルに行くんだったら乗せてあげるよ」と勇敢ないでたちの女性が誘ってくれたので荷台に乗せてもらったが、恐ろしいほど狭く岩の突き出した土の道を30分ほど登る。これはトラックにしかできない技であろう。
到着した場所には、突然、駐車場があり、タクシーなどが数台並んでいた。椰子の葉できれいに屋根が葺(ふ)かれたレストランがあり、その中を川が流れている。ジップラインでジャングルの中を旅する施設もある。


▲シュワルツェネッガー主演映画「Predator」のセットに使われたヘリコプター(シエラマドレ山脈のジャングルにて)

ここはアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画「Predator」の舞台になった場所だそうで、そのときに使われたヘリコプターのセットが展示してあった。雨季(4月から9月)には洪水で道が流される地域なので、乾季だけにオープンするそうだ。ジャングルといえどもメキシコのジャングルはアマゾンのジャングルのようなイメージではない。草や雑木が繁茂しているが、エキゾチックな植物は見当たらなかったし、イグアナと数種類の鳥を除いて動物の気配もなかった。

ヤラパという村
プエルトバジャルタで「必ず訪れるように!」と勧められる観光地のひとつにヤラパ(Yelapa)と呼ばれる村がある。陸続きの同じ太平洋岸にある村とはいえ、この村には道路が達しておらずボートでしか到達できない。そういう条件下にあるので、静かな上に今だにメキシコのメキシコらしさを残している村というのが売り物である。
ホテルのビーチから地元住民の船を使ったツアーが組まれているが、私たちはローカルのバスと水上タクシーを使って実際に地元の人が往来している方法で到達しようと試みた。


▲ローカルのバスの運転手

バスの中で私と主人が「Water Taxi」とか「Yelapa」とかいう言葉を話しているので、乗客のひとりの男が敏感に察知。降りるバス停が近づくとバスのドライバーに止まるように命じ、私たちに目くばせした。バスを降りると石畳の道をこちらへこちらへと身振りで案内してくれる。本当に信じてついて行っていいものかと半信半疑でもあったが、坂を下りるとすぐ入り江に到達。そこにいた一人の男に紹介された。紹介した男はすぐにこの男から小銭をもらって姿を消した。
男はヤラパまでウオータータクシー(Water Taxi)の料金はふたりで40ドルだと言う。一人旅のアメリカ人女性も現れて20ドルだと言われていた。「ちょっと高いんじゃないか?」と3人で話し合ったが、船がもうすぐ出るというし、仕方なく言われたままを払う。あとで乗ってきた地元の人がいくら払うか見ていると、なんと20ペソしか払っていない。我らの40ドルは約500ペソである。何というぼられ方。


▲ヤラパに行くウオータータクシー

ウオータータクシーは恐ろしいほど原始的なものだった。アルミの中型ボートに日よけの屋根がついているだけ。こんなボートで太平洋の荒波を乗り越えられるものかと心配になったが、後の祭り。乗客数名を乗せて出航してしまった。ライフジャケットなどはない。同席の10歳くらいの男の子が高波の水しぶきを浴びながら平気な顔をして乗っているのだから、腹をくくるしかない。波の上をボートの底が破れんばかりにボンボンと音をたてながら飛び進む。
10分くらいで組み木で作られた港に到着した。やっと降りられると喜んだものの、これはただの途中の村のひとつにすぎなかった。荷物や村人を降ろして次の村へ・・・・。観光客用の立派なボートが横を通り過ぎるとさらなる高波が押し寄せてくる。


▲ヤラパのビーチ

いくつかの村を経て30分あまりで到着したのがヤラパだった。ここは観光地だけあってビーチにはカラフルな傘とラウンジチェアが所狭しと並んでいる。村の波止場で降りるよりもビーチのほうがすべての施設に近いというのでビーチに陸づけしてくれることになる。ビーチに陸づけといっても腰まである水の中に降ろされるので、荷物を頭の上に乗せて海の中を歩きながら陸に到達。
こんなにびしょぬれになって・・・という悲鳴は現地の人に分かる感覚ではない。もっとも熱気ですぐに乾くので問題はない。陸ではレストランの従業員たちが「さぁここへここへ」と勧誘しながら暖かく迎えてくれる。ピナコラダ、ビール、魚料理、メキシコ料理、観光地にあるものは何でもある。
ちょっと休憩してから村を探検して歩く。小さな石畳の路地。洗濯物が路地にまたがって干してある。イグアナが甲羅干しをしているかと思えば、鶏があちこち走り回っている。村中に響き渡るような音楽が家々から聞こえてくる。船でしか到達できないだけあって車は一台もない。乗り物はほとんどがロバと馬である。おかげで村中糞(ふん)の臭いがする。突然ATV車が走ってきたので、どのようにここまで運んできたものかと驚いた。もちろん観光客用である。

ジャングルの中に滝があるというので、村人に指された方角に向かって細い一本道を歩く。40分歩いてもそれらしきものはない。鳥の鳴く声が響くばかりの静かな楽園である。滝が見つからないのでそろそろ引き返そうと話していると、小さな薄暗いメキシコ風の小屋から一人の男がぬっと顔を出した。日焼けはしているものの仙人風の白人だった。
「何を探しているのかい?」
「滝がこの辺にあると聞いたので・・・」
「あぁ、滝ならここからまだ30分くらい奥に入ったところだ」
メキシコ人の時間的感覚にはいつも困惑する。ビーチに降りたときにはここから徒歩40分くらいで滝があると言っていたのに、すでに早足で40分歩いたにもかかわらず、この人はあと30分と言う。
「船に乗り遅れると困るから今回は引き返します。あなたはここに住んでいるの?」
「あぁ、40年くらい前にロサンゼルスからここに引っ越してきて、以来、ずっとここに住んでいる」
ちょっと超人的ないでたちのこの男の姿を後ろに私と主人は観光客の群がるビーチに向かって一本道を引き返した。
「あの人、私たちの島に住んでいるような“昔ヒッピーだった人たち”の一族かしらね」と想像する私の言葉に、「40年前に逃亡した犯罪者かもしれないぞ」と主人が応答した。おっかなびっくりでビーチに向かって細い一本道を駆けた。
ホテルに戻るとみんなに「ヤラパはどうだった?」と聞かれた。(BC州の同じ町コモックスから来た人々はすでに家族みたいになっている)。おいしいものがいっぱいあったでしょう? きれいなビーチでしょう? 寝転んであそこにいるだけで楽園気分を味わえるわね。ロバに乗った?・・・・・どうやら我々はひたすら、村やジャングルを歩き回って、普通の観光客がすることは何ひとつしないで帰ってきたようだった。

テキーラ蒸留所
メキシコのお酒といえばテキーラ。プエルトバジャルタの周辺(Jalisco ハリスコ郡)にはテキーラ蒸留所がたくさんある。ミスマロヤ村の私たちのホテルのすぐ外にも「Mama Lucia」というのが一軒あった。これは個人営業の小屋で、今も昔のままの蒸留方法でテキーラを蒸留している。
最初にここを訪れたときの説明によると、蒸留所(Distillery)といえるのはこの地域では「Mama Lucia」だけとのことだった。というのは今はほとんどが機械化されていて、手作業でテキーラを抽出していないからだそうだ。機械化された場所はテキーラ工場(Factory)と呼ばれ、本物のテキーラ蒸留所だけが「蒸留所」という名前を使うことを許可されているのだという。もちろん手作業で蒸留したテキーラと機械で蒸留されたものでは味に雲泥の差があるということだった。


▲ミスマロヤ村にあるテキーラ蒸留所。すべてが手作業で昔ながらの道具を使って蒸留する

ところが、数日後にまた別の蒸留所を訪れる機会があった。これはジャングルの中にあり、もう少し大規模に運営していた。プエルトバジャルタのダウンタウンから観光バスに乗って南下。バスがぎりぎり通れるくらいの山道を抜けて1時間くらいでのどかな丘陵地に到着した。レストランが併設されており、蒸留所見学前に食べたいものを注文すると見学を終えたときには、注文の食事が熱々(あつあつ)で予約席に準備されているというシステムになっていた。
この蒸留所のオーナーも本物のテキーラを作るのは自分だけだと誇っていた。このテキーラ蒸留所では一部の過程が機械化されていたので、「それでは”蒸留所“という名前は使えないと聞いたが・・・」と質問すると、「いやいや、私たちだけが本物の蒸留所です」と軽くあしらわれた。何が本当なのかよく分からないところがまたメキシコである。


▲畑から収穫されたアガベ

テキーラは俗にテキーラパイナップルと呼ばれるアガベ(Agave =巨大なアロエのようなもの)の根元から抽出される。この品質がのちのお酒に影響するのは言うまでもない。この蒸留所ではジャングルの中の丘陵地帯に巨大なプランテーションがあり、100%オーガニックのアガベを育てているということだった。
テキーラを搾り出すのに十分な大きさになるまでには8年かかる。このパイナップルを蒸してから粉砕し、そこから抽出したジュースを発酵させ蒸留すると、アルコール分55%というテキーラが出来上がる。それを熟成後、ろ過したままのものや、オレンジ、コーヒーといった他の香料を混ぜたものをボトル詰めして出来上がり。

全工程を見学した後はテキーラの試飲会。それぞれの蒸留所によって異なった種類のフレーバーがある。しかしテキーラの飲み方はどこでも同じのようだ。小さいショットグラス風の容器についでくれたテキーラを、「テキーラは友達! テキーラはすばらしい! テキーラがあればこわいものなし!」などいろいろなせりふを大声で唱え、これまた大声で「ヒーヒョロヒョロー! ワッハッハー!」と叫んでから一気に口の中に流し込む。豪快な飲み方である。
3種類くらいこれをやった後には目がくらくらしたので、やめにした。おいしかったかどうか? お酒飲みでない私に味はわからない。


▲テキーラ蒸留所に併設のレストランのメニュー。この中から選んで注文する

試飲会の後はジャングルを望む静かなレストラン(といっても屋根と床があるだけの簡素な建物)で注文の食事をすませた。ジャングルの中なのに海の幸に恵まれているのは山を降りればすぐに海という立地条件だからだろう。大きな鳥が山の上に弧を描くのをながめながら、思いがけないほどおいしい食事を満喫した。

プエルトバジャルタのダウンタウン
これまたローカルのバスに乗ってミスマロヤ村からプエルトバジャルタのダウンタウンに出た日は、たまたま地元のお祭りだった。メキシコでは「聖母グアダルーペ」と呼ばれる黒いマリア様が強い信心になっている。
1531年12月9日にホアン・ディエゴという原住民の前に聖母グアダルーペが出現し、いろいろな奇跡が起こったことと、メキシコの独立革命の時に人々を蜂起させるためにこの聖母の名が掲げられたことなどもあり、メキシコ人はこの聖母に強い信仰心を持っている。しかし若い人々に尋ねると自分の祖母の時代まではそうだったが、今の若者は別に何も信じていないと言う。


▲プエルトバジャルタ「聖母グアダルーペ」のお祭り。大聖堂を人々が巡礼する


▲晴れ着姿の子供たち

信心があるなしにかかわらず、この聖母出現のお祭りはいまだに盛大に催されている。12日間の毎晩のパレードに始まり、最終日の祭日には町中に屋台や催しものが出てプエルトバジャルタはもとより、近隣の村々の住民まで大聖堂に巡礼する。昔式にひざでいざって祭壇まで進みながらお祈りをする人々や、晴れ着姿で写真を撮る人々。信心の品物が飛ぶように売れる。町は歌や食べ物で満たされ、常夏の国にふさわしい明るい雰囲気がみなぎる。

プエルトバジャルタのダウンタウンは普通の観光地である。レストランやバーが並び、出店や行商人がおみやげ物を売る。盲目の母親の手をひいてお金を無心する幼い子供や、銅像のように動かずに一日中ポーズをとってお金を集める人々もいる。海辺は観光地としてきれいに整備されたビーチが何マイルと続く。リゾートホテルが並び、山側には別荘やコンドが所狭しと建てられている。唯一独特な場所といえば、エリザベス・テーラーとリチャード・バートンが築いた恋の巣だろうか。今は誰の所有なのかも分からないし建物は廃墟となっている。しかしエリザベス・テーラーの家からリチャード・バートンの家まで道路の上を渡る橋は今も残っており、その昔、ここを二人が行き来したのかと想うと何ともロマンチックだ。


▲海岸で一日中ポーズを取り続けて観光客からお金を集める


▲エリザベス・テーラーとリチャード・バートンの家を結ぶ橋

プエルトバジャルタの町はメキシコを通過する豪華客船が停泊する場所のひとつなので、おみやげ物屋の値段はクルーズ船が入港する日かどうかでかなり差があるらしい。地元に住むカナダ人が「今日は入港しないからおみやげの買い時だ」と教えてくれた。昨日まで100ドルだったものが40ドルになったりもする。
観光で支えられている町なので住民にはそれなりのお金が行き渡るようにしたいとは思うが、外国人を見ると高い値段をふっかけてきて、何かをするとチップをもらうことを当然のように待ち受けている姿にはあまりいい気がしない。また一歩リゾート地を出ると、見るにも痛ましい貧しい人々の暮らしがある。
バンクーバーアイランドのコモックスという田舎暮らしを選んだ私にはそれなりのこだわりがある。世界にまん延するお金中心の価値観。大量生産=安いだけで人間性も味も栄養もないような製品。便利さにごまかされた生き方の選択。・・・そういうものからなるべく遠ざかって「ほんとうの豊かさ」を生きたいと試みる私だが、メキシコはまた「ほんとうの豊かさ」から逆流しているかのように見えた。貧しさから脱出するためにはどうしてもお金が必要なのか?
まだまだ消化しきれない複雑な心をかかえながら我ら「スノーバード」体験隊は、雨、雨、雨のコモックスに帰還した。〈完〉

【筆者注】 Puerto Vallarta の発音表記は日本では「プエルトバジャルタ」となっているようですが、英語では「プエルトバヤルタ」に近い発音をします。現地の人の発音を聞いていると「プエルトバリャルタ」なのではないかと思えました。また Yelapa の発音も「イェラパ」の方が近い発音なのかもしれませんが、とりあえず英語圏の人が発音する「ヤラパ」と表記しました。

(2013年5月9日号)



 



 
(c)e-Nikka all rights reserved