【インタビュー】

奥田紀宏大使
前任地エジプトを振り返り新任地カナダでの抱負を語る


4月16日に着任した奥田紀宏(おくだ・のりひろ)在カナダ日本国大使にお話をうかがいました。(5月10日、オタワの日本大使館にてインタビュー)

まず、カナダの印象についてお聞かせください。
「カナダに来てまだ3週間、まだ印象を語れるほどこの国を見たとは言えませんが、かつてカナディアン・ロッキーとオタワを旅行で訪ねたことはあります。オタワの印象ですか? 街並みが美しいし、人々も穏やかに見えますね。社会の仕組みが秩序だっていると感じます」


▲インタビューに応じる奥田紀宏大使(5月10日、在カナダ日本国大使館にて)

奥田大使は、外務省では中東アフリカ局長、在外ではサウジアラビアで一等書記官、アフガニスタンとエジプトで大使を歴任するなど、中東問題に詳しい。日本国の代表として、これらの国々とどのような取り組み方を心がけてきたのでしょうか。
「日本から見ると、中東は遠くにあって、伝統、宗教がちがうので、変わった人がいる国という印象を持っていると思いますが、実は、中東諸国の人々は日本に対して好印象を持っている人は多いです。日本では、ちょっと前まで、中近東ではお酒は飲めない、天候が厳しいといった断片的な見方から、出来れば関わりたくないという人がいたようですが、最近はより積極的に中近東の国々に接していこうとする日本人が増えているようです」

2010年8月からエジプト大使に就任した奥田氏は、いわゆる「アラブの春」に遭遇した。中近東地域に「アラブの春」が吹き荒れ、動乱、内乱に陥った国がいくつかある。その中でどう対応したのでしょう。
「私としては、日本のビジネス関係者をできるだけ支援するつもりでやってきました。日本は、中近東に対して、単なる石油や天然ガスが欲しくてビジネスをしているだけではなく、技術、教育などの面でも協力していくんだという姿勢を示すことによって、長期的に中近東諸国と関わっていくという我が国の強いコミットメントを理解してもらうよう心がけてきました。石油、天然ガスも重要ですが、中近東諸国が安定していかないといけない。アラブ諸国が安定しないと、日本に対してもさまざまな悪影響がありうるので、このようなコミットメントはきわめて重要です」


▲エジプト革命のデモが行われた場所として有名なカイロのタハリール広場を視察する奥田紀宏大使(2011年2月18日撮影) 写真提供:奥田大使

2011年1月から2月にかけて、エジプトで歴史的な大事件が起きた。長年、独裁政権を握ってきたムバラク大統領がたび重なる退陣要求デモに屈して、政権は崩壊した。この時の様子をお聞かせください。
「衝撃を受けました。私がムバラク氏と会ったときは83歳か84歳で、やさしそうなおじいちゃんに見えました。たしかに彼は独裁者だったし、腐敗もあった。その一方で、彼は1981年大統領に就任して以来、エジプトの平和を守ってきた。エジプトは1952年ナセルが王制を打倒して大統領になり、そのあと、サダト大統領がイスラエルとエジプトとの間に和平条約を締結、ムバラク氏はその条約に基づいて平和を維持してきたという事実があります。この30年間に中東の他の国々ではさまざまな戦争が起きているにもかかわらず、エジプトは対外的に平和を、国内的にも治安を保ってきたといえるでしょう」


▲エジプト・アラブ共和国向け円借款に関する書簡の交換および貸付契約の調印式に臨む奥田大使とエジプト側の調印者ファイザ・アブルナガ計画・国際協力大臣。大使の後ろは(左から)緒方貞子JICA理事長、ガンズーリ首相、ガラール・サイード運輸大臣(2012年3月28日撮影) 写真提供:在エジプト日本大使館


▲「第2の太陽の船発掘のための太陽光発電機材整備計画」引き渡し式(草の根文化無償)に出席の奥田大使(右から2人目)。吉村作治NPO太陽の船復元研究所長(右端)、アリー・エジプト考古最高評議会事務局長らとともに。後ろに見えるのはピラミッド(2012年11月21日撮影) 写真提供:在エジプト日本大使館

ムバラク氏の政治をどう評価しますか。

「彼は、GDP(国内総生産)を年間6〜7%伸ばし、2008年のリーマンショックまで国の経済を成長させてきました。たしかに独裁的政治体制であったし、腐敗の問題もあった。しかし、30年間の平和と国民の経済生活の安定に貢献してきたといえるでしょう。ムバラク時代の政治の歴史的評価が、後になって出てくることを期待します」

2008年7月から2010年7月まで国連次席大使として国連に在任していた当時は、どのような問題に直面していたのでしょうか。
「高須幸雄国連大使のもとで任務に就いていました。日本は当時安全保障理事会(安保理)の非常任理事国でしたので、大変忙しくしていましたが、特に北朝鮮問題については緊張感を持って対応していました。例えば北朝鮮は国連の総会や委員会で、突然、日本を批判してくることがあり、これに対してきちんと反論しなくてはならない。その反論する役目が私だったのです。心理的にはかなり緊張しました。その他、気候変動、温暖化(Global Warming)を討議する場が国連の内外にあって、これも担当しました」

新任地カナダではどのような方針で日加外交を推進していくのでしょうか。

「日本とカナダは基本的に良い関係にありますが、特に経済面でお互いに補完的な関係にあります。カナダは農産物や鉱物資源を日本に輸出し、日本は自動車・機械等をカナダに輸出しています。このような貿易・投資の相互の補完関係をさらに拡充させることが可能だと考えています。日本にとってはもちろんアメリカとの関係も大切ですが、カナダとの関係は経済面に限らず、さまざまな分野で深化・発展させる余地が潜在していると思いますので、日本とカナダの信頼関係をさまざまなレベルにおいて構築していきたい」

どの分野に注目していますか。
「カナダ人も日本人もお互いに好ましい国だと思っているのですが、両者ともそれ以上に発展させていこうという意思をもっと強く持つべきではないかと感じます。カナダとの関係で、日本としてまだまだ協力し合える分野があると感じます。たとえば科学技術の分野などです。両国の経済的補完関係を超えた関係をもっと伸ばしていきたい。これにチャレンジしたいですね」

在任中に目指していることは?
「カナダは日本の26倍の面積ということですが、カナダの州と準州を全部、訪問してみたい。また、今年は日系カナダ人リドレス(戦後補償)25周年を迎えるとのことですが、多くの日系人の皆さんがカナダの社会にとけ込んで活躍されていると聞いております。ご苦労なさった日系人の方々、在留邦人、移住者の方々ともできるだけ多くお会いしお話を伺う機会を持ちたいと考えています」

大使がお考えになっている外交の姿勢とは?
「外交が可能であるためには、個人と個人の理解が必要だと考えます。私は中近東が長かったのですが、文化や宗教が異なる者同士でも、お互いに理解しようと努めれば、不思議にも言葉の意味も通じるのです。外交とは、人と人との関係に帰着する、個人と個人の相互理解から成り立つものだと思います。また、国を一つの人間の身体だと仮定すると、人間は自分の身体だけでは生きていけない、外の世界との関係が出来て初めて生きていける。国も生きていくために外交をする。人間は生きていくために息を吸って吐く。やめたら死んでしまいます。だから外交とは特別な人によって行われる特別な活動ではなく、息を吸ったり吐いたりするような人間の通常の営みの一部だと考えて頂きたいと思います」

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奥田大使の家族は、啓子夫人と、社会人として活躍中の一男・一女。趣味はゴルフ。それにジョギングだとか。「週に3〜4回はオタワ川に沿って朝のジョギングをしています。ここは環境が素晴らしいですね」と顔をほころばせた。

【インタビューを終えて】
奥田氏は1970年代、エジプトに留学されたとき、エジプト人家族の家に下宿しました。30年後、エジプト大使になって、カイロでその当時の息子さん(年齢は70歳以上)と再会したそうです。思い出ばなしをしているうちに彼の両親の顔が浮き出てきたと感慨深げに話してくださいました。「長い空白時間があっても不思議と気持ちが通じるものですね」と語っていたのが印象的でした。


〈インタビュア・色本信夫〉

(2013年5月23日号)

 



 
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