【世界の街角から】

キューバ・バラデロ(その2)
売る本に情熱注ぐハバナの本屋さん


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

バラデロから、バスでキューバの首都ハバナに向かう。


▲アパートに干された洗濯物。靴下と古い建物が美しく調和している(ハバナ市内にて)

ハバナ市の街路から見たある風景に目を引かれた。靴下と古い建物が美しく調和しているのだ。乾かした人には確かなセンスがあって、洗濯物の干し方は芸術の一つであると思わせた。

さて、ハバナの珍しい本屋さんを紹介しよう。自分が売る本というものに、これほど情熱を持った本屋さんは珍しいと思う。客に本を薦める場合、彼は暗唱している文をすらすら述べる。そして、本のページをめくれば、好きな個所を早口で朗読するのだ。商売とはいえ、こんなふうにして本を売る人は、世界中を捜してもあまりいないだろうと思う。

ハバナを訪れるたびに私たちが立ち寄るのが、この本屋さんである。初めて行ったのは、もう10年くらい前のこと。ハバナのホテル「ナショナル」に泊まっていた時、ホテルの付近を散歩した。ホテルから5、6分も歩くと、ごく普通の民家が並んでいるが、ある一軒の玄関先に、本棚が2、3立っていて、そこに雑誌や本が並んでいた。本屋さんに違いないと思って、立ち寄ったのが始まりだった。

青年が表に立っていた。学生風で、彼がこの本屋さんの主(あるじ)だった。棚に並んでいるものは、フィデル・カストロやチェ・ゲバラの伝記とか雑誌などだった。これは、ほんの体裁といったところだった。


▲玄関先で本を薦める青年(右)

彼は夫に椅子をすすめると、夫の「お好み」を聞く。そして家の中に入って、「おまかせ」の本を持ってくる。そして暗唱する。朗読し、一冊、一冊説明し、解釈するのだ。


▲売る本はスペイン語の本で、すべて段ボール箱に入っている


▲本を抱える本屋さんの青年

彼はこんなふうに数々の新書を夫に見せる。彼はすごく早口なので、私にはほとんど理解できない。表現の仕方も、人並み以上に洗練されているせいかもしれない。一時間ほどの後、気に入った本を買うことにし、夫は椅子から立ち上がる、という具合だった。


▲本棚を日陰とする犬

ある年には「ハバナに住む新進女性作家を紹介しよう」と言い、一緒に彼女の家に向かった。タクシーに乗るところまで、彼の愛犬もついてきた。彼は、なんとなくそわそわしていて、タクシーを見つけると、「急いで、乗って!」と言う。どうしてだろうといぶかると、外国人と一緒にいるところを見られたくないのだそうだ。警察に通報されたりして、よくないことが起こるかも、という理由だった。

女性作家のアパートに着いて、彼はドアをノックする。何度も試したり、ドア越しに声をかけたりした後、応答があった。ドアを開けたのは、作家の母親だった。ご本人は「病気」で人に会わないということだった。仕方なく私たちは彼女に会うのをあきらめた。

すると、彼は「じゃあ、あの人の家に行ってみよう」と言い、小道に入って、ある家の格子戸をあけた。居間があり、そこに熟年の男性がソファに座っていた。その人はキューバの著名作家の一人であるミゲル・バーネット氏(Miguel Barnet=1940− )だった。

私たちは、その数年前、この作家が館長をしているある博物館を訪ねたことがあった。夫は、電話で面会の申し出をしていた。博物館に行ってみると、彼の秘書が、私たちを丁重にもてなし、キューバ式の濃いコーヒーまで出してくれたのだった。が、「あいにく、バーネット氏は緊急な用事で会議中であり、申し訳ありませんが、明日、来て下さいませんか」と言った。次の日は私たちには都合が悪く、この件はそれきりとなっていたのだ。

しかし、今回この本屋さんのお陰で、電話予約もなく、彼の住まいを訪れ、立ち話ではあったが、話ができたのだった。夫は質問すべきことを聞いていた。私は、彼の『逃亡した奴隷の伝記』を読んでいたので、そのことを伝えた。 「じゃあ、あなたは、それを英語で読んだんですね」と作家は親しげに聞く。「ええ、大学の図書館から借りて」と話は進んだ。やっぱり、作家は、自分の著作には一大関心があるのだ。というわけで、この作家には、北米の人とも思えるような気楽さがあった。私にとっては忘れがたい思い出となり、この本屋さんには、こんな力量があったのかと感心し、感謝した一幕だった。

ある年には、青年の家を案内してもらった。家の中は、段ボールの箱ばかりだった。とにかく家具は、ベッドが各部屋に一つずつあっただけだった。トイレは壊れて使用不可。「電気も料金を払いたくないので、使っていない」と言った。

今年もまた訪れた。前よりハンサムな感じだ。髪が少々、長くなっているせいかもしれない。飼っている犬が年々増えて、今では15匹になったとか。最近、誰かが作製したハバナのドキュメンタリーの映画の中に彼も登場したそうだ。ユニークな本屋さんということで、ハバナでは結構知られているのかもしれない。

「このお店、いつがお休みなの、土、日とか?」
「いや、休みは、夜だけ」
「どういう意味?」
「朝11時から、夜11時まで開いているから、閉まるのは夜だけだよ」


▲愛犬といっしょに・・・

今回、紹介してくれた本の数は、20冊くらいにもなったが、夫が買うのは5、6冊にとどめた。支払いを済ませ、ローラ・セコードのチョコレートのおみやげをあげると、「写真を撮りなさい」と言う。彼は、犬を抱いて、部屋に積み上げられた段ボールに登った。犬は、遠吠えの特技を披露してくれた。

愛犬は
主人に向かい
遠吠で
「これでいいよ」と
言ってるような

〈 つづく 〉

(2013年5月23日号)

 



 
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