【世界の街角から】

スペイン、スケッチの旅
ホルタ・デ・サンジョアン


〈 トロント・牧野憲治 〉


スペインの小さな町 Horta de Sant Joan (ホルタ・デ・サンジョアン=以下、ホルタ)へ絵を描きに行こうという誘いが、トロントの友人の画家、ジョンからあり、今年5月下旬から6月初旬にかけて行って来ました。総勢12人、本格的な絵描き、彫刻家、そのパートナーたち、ジョンの絵のコレクター、私たち夫妻などが参加しました。


▲ホルタ目前


▲宿舎の前

ホルタは、バルセロナから車で南西方向に3時間ぐらいのところにあります。人口1,500人の小さな町ですが,至るところに在る歴史を刻みこんだような石造りの建物と曲がりくねった石畳の細い坂道が中世の町をほうふつとさせます。
ホルタはピカソがティンエージャーのころ、何かの病気の養生のため、しばらく滞在したことで知られていますが、彼はここで絵を描いたり、瞑想にふけったりしながら、絵描きとして開眼したそうです。事実、彼は「私は絵に関するすべてをこのホルタで学んだ(Everything I know I learned in Horta)」と言っています。後にキュービズム・スタイルの絵を描き始めたのもこの地にもどってきた時です。
ホルタに行く前にバルセロナでピカソ美術館を訪れる機会がありましたが、パリのピカソ美術館と違って、彼の若い頃から晩年に至るまでの作品を年代順によく集め、彼の画家としての変貌をよく見ることができました。

ジョンは1年ほど前にホルタに滞在し、地元の画家を含め多くの知人が出来たので、そのコネを活用してなかなか充実した計画を立ててくれました。
私たちは、改造した興味深い古い石造りの家に分散して滞在しましたが、基本的にはそこから:
(1)午前中は2キロほど離れたモデルの住むスタジオまで行きモデルの素描を2−3時間おこなう。
(2)契約したシェフの友人の家で昼食−約2時間5コース、ワイン付き。
(3)野外(天候によっては室内)で、オイルスケッチ(Oil Sketch)を夕食時(7時)まで続ける。
(4)同じシェフの友人の家で夕食−3時間余7コース、ワイン付き。
 ※スペインではワインが信じられないくらい安いので飲み放題です。

加えて、ピカソが瞑想したといわれる山中の祠(ほこら)へのハイキング、スケッチブックを背負って距離20キロの自転車旅行、ワイナリー訪問、地元画家の画廊訪問、パエリャ料理クラス、などなど。


▲モデルをスケッチ

さて、初日の朝、紹介されたモデルはいかにもスペインふうの顔立ちの女性で、モダンダンスのダンサーでもありました。彼女は私達の要望にこたえてちょっとダンスの動きをみせ、「フリーズ(Freeze)」!と手を打つとその姿勢を数分保ってくれ、それを一気に素描きするという方式でやりました。まず、さっと一本の線でその体勢のエネルギーを表現し、次に腰骨の位置、肩骨の位置を決め、頭をのせ、足をつけていくという行程です。このくり返しですが、かなり集中力を要求されました。

オイルスケッチには、カナダの、いまや世界に名を知られる画家集団「グループ・オブ・セブン」(Group of Seven)が使ったものをまねて11×14インチのシャラック塗りのパネル、それが5枚とパレットがうまく納まるペインターボックスをジョンがデザイン、特製してもらって、カナダから持って行きました。
オイルスケッチといえば、オタワの国立美術館に彼らの一人、トム・トムソン(Tom Thomson)のオイルスケッチがたくさん展示されている壁がありますが、一点一点、このたったの11×14インチの画面がもたらす迫力、即興性の美に感銘したのを覚えています。このスケッチをもとに本格的に描かれた油絵と比べても、スケッチは画家の感覚が生に現れていていいなと思ったりしました。


▲昼食のコース


▲パエリャを準備中のシェフ


▲海鮮パエリャ

ホルタ。バルセロナを含むフランス国境に近いこの地域はカタルーニャ(Catalunya)と呼ばれ、人口700万余。カタルーニャ語も公用語として認められており、独自の文化、歴史を持っています。カタルーニャ政府は来年(2014年)中にスペインから独立のための国民投票(Referendum)を行うと言っています。
独自の文化には、当然、独自の食文化も含まれます。私達のシェフはもちろん、カタルーニャ料理の専門家ですが、日本料理の見た目の美しさに感心し、「いつか日本に行きたい」と話していました。
ジョンが彼にパエリャの料理クラスを頼んだとき、夕食時にと言ったのですが、彼は「パエリャはここでは昼食として食べるもので夕食としては作らない」と断固ゆずりません。
もし夕食として作ったことが後で知られたら、シェフとしての魂を外国人に金で売ったことになると言ったというので、少し大げさかなと思いましたが、昔の日本の職人気質を思い出し、気に入りました。
彼の素晴らしい料理の唯一の難点は、毎日の5コース、7コースの昼食、夕食が食べきれないことでした。
夕食時の話題は絵のことも含めて飲むほどに豊富になり、またグループの中の二人はそれぞれアルトサックスとギターの演奏で楽しませてくれました。


▲ホルタの町はずれから眺めたカタルーニャの風景


▲自転車旅行

20キロの自転車スケッチ旅行は快晴に恵まれました。20キロはすべて下り坂で、時々止まっては素晴らしいカタルーニャ風景をスケッチしました。終点地からは自転車レンタル会社のトラックが自転車と私達をホルタまで連れ戻してくれるので、案じていた上り坂への体力の心配は解消。
出発前に、「トンネルがあるが、入る時には必ずサングラスをはずし電気を点(つ)けるように」という忠告がありました。しかしそれでもトンネルのなかは暗く、おまけに下り坂なので3、4人転倒してしまいました。私の場合が最悪で、胸をハンドルで強打。しかし幸いどこも骨折はなくスケッチ旅行を終えてホルタまで帰って来ました。しかし胸の痛みはなかなか去らず、生まれて初めて、帰りの飛行場では車椅子のごやっかいになる経験をしました。


▲野外展覧会はじまる


▲展覧会に来てくれたモデルと彼女の息子

ホルタでの最終日に、近くの広場に面しているピカソもよく来たというレストランの前で野外展覧会をやることになりました。ジョンがホルタの市長とたまたま会って話をしたら「宣伝してやるよ」! 
そのとおり、その日の午前中に2回もラウドスピーカーをつけた市の車が市内を巡り、「カナダからきた素晴らしい芸術家たちの展覧会」を宣伝してくれたのには驚きました。おかげで市長、警察署長を含めたたくさんの人が集まってくれ、楽しいパーティーとなりました。もちろん、シェフと彼の友人たち、モデルの家族、地元のアーティストたちも参加しました。


▲オイルスケッチ「ホルタ風景」 牧野憲治・作


▲オイルスケッチ「静物画」 牧野憲治・作

帰り。空港での車椅子使用請求の手続きは思っていたより簡単で、バルセロナのエアカナダへの電話一本で、バルセロナ空港、中間のフランクフルト空港(ドイツ) 、そして終着のトロント空港での車椅子使用が可能になりました。車椅子を押して下さった人はみんな親切で、またすべて行列なしですからワイフともども大変助かりました。
トロントの空港では移民官のブースの5、6メートルくらい前の角まで来たとき、車椅子係の女性が「あとすこしだけど歩けますか?」と聞くので、「歩けます」と言うと「ごめんなさい、今日は特に忙しく、次の人をピックアップしなければならないので・・・」と車椅子を押して去って行きました。

(2013年7月25日号)    

 



 
(c)e-Nikka all rights reserved