【世界の街角から】

スイス・アルプスハイキング(前編)
アイガー山麓グリンデルワルト/中世の町フライブルク


〈 エドモントン・大木早苗 〉

戦後の混乱と復興期の東京で小中学生活をした人は誰でもがそうだったと思うのですが、私もアルプスの山々と森と湖に包まれた永世中立国スイスは、夢の国のようだと思っていました。

そんな子供の頃のスイスへの憧憬(どうけい)が60年後にひょいと頭をもたげ、あ、元気なうちにスイスを歩いてみたいと思いました。日本へ行った時に「スイス・アルプスハイキング」という魅力的な題の旅行案内書を買ってきました。
その本とインターネットを使ってハイキング旅行を計画しました。旅程は、アイガー山麓(さんろく)の町グリンデルワルト(Grindelwald)で5泊、首都のベルン(Bern)で4泊、最後は飛行場のあるチューリヒ(Zurich)で2泊、6月30日から7月12日までの旅です。国内の交通はスイス・レイルパスを利用します。

ハイキング1.
(アイガー登山口の山小屋があるアイガーグレッチャーからクライネシャイデックへ)



▲第1日目に車窓から初めて見たアイガー北壁と頂上。手前はグリンデルワルトの家々


▲ユングフラウヨッホに行くトンネルの中の駅で停車中の電車からアイガー北壁を見る


▲「ヨーロッパの屋根」。ユングフラウヨッホからアレッチ氷河の風景を眺める人々


▲所要時間6時間半のハイキング出発前、アイガーを背に大木崇(たかし)、早苗夫妻

7月1日朝7時、エドモントンからトロント経由でチューリヒ空港に着き、すぐに空港駅で15日間有効2等車のスイス・レイルパス二人割引(大人一人$465)を買いました。3つの電車を乗り継いで、最初の宿泊地グリンデルワルトに着いたのが、12時半。電車がグリンデルワルトに近づくと真っ青の空にくっきりとそびえるアイガー山が見えてきました。アイガー北壁も目の前です。

急きょ午後の予定を変更して、この素晴らしい天気のうちにユングフラウヨッホへ行くことにしました。ユングフラウヨッホは1895年に着工し、16年の歳月をかけてアイガー山に7.1キロのトンネルを掘って登山電車で行かれるようになった標高3,454メートルのところにある展望台です。「ヨーロッパの屋根」と呼ばれ、スイスでも1、2の観光名所。4,000メートル級のアイガー、メンヒ、ユングフラウの峰がすぐ近くにそびえ、足元からはヨーロッパで最長22キロのアレッチ氷河が始まっています。

今日のハイキングは、下りの登山電車がアイガーのトンネルを出るところにあるアイガーグレッチャーという駅で降りて、電車の終点クライネシャイデックまでの1時間です。アイガーグレッチャーには石造りのホテル風な山小屋があります。かつてアイガー山に登る人たちはこの山小屋に泊まって、ここから登ったそうです。


▲正面はアイガー。小さなデイパックを背負って歩く筆者


▲美しい高山植物

電車を降りるとすぐにゆっくりした下り坂に沿って歩き出しますが、後ろがユングフラウの斜面、右側がアイガーです。岩と雪の険しい山を背にして、目の前の大きく開けたアルプと呼ばれる山の牧草地の中を歩くのが気持ちいいです。
牧草の中にかわいらしい花が見えます。このあたりは、今、やっと雪解け。雪が解けるとそれを待っていたように花が咲きはじめたのでしょう。ひんやりした中に暖かさがあるような風がスーッと通り、何回も立ち止まっては山を見、花の写真を撮り、ゆっくり歩きのハイキングでした。

ハイキング2.
(アイガー、メンヒ、ユングフラウを見ながら歩くメンリッヒェンから、クライネシャイデックを通ってベンゲルンアルプへ)



▲第2日目のハイキングのメンリッヒェンから見た山々。アイガー、メンヒ、ユングフラウ


▲メンリッヒェンの頂上辺りから望むメンヒ、ユングフラウ


▲アイガー(後方右側の山)から谷を隔てたシルトホルン山の展望台。ここも一帯がスキー場で、ジェームス・ボンド「女王陛下の007 On Her Majesty」の撮影が行われた場所である

2日目も晴天、絶好のハイキング日和です。今日は、メンリッヒェンというアイガー山に面している山からアイガーの中腹へ向かって歩きます。登りはグリンデルワルトからゴンドラでメンリッヒェンへ。ゴンドラは広い牧草地の上を行き、下にぽつぽつと家々が見え、放牧されている牛もいます。
このゴンドラは冬はスキー用になります。一帯が広大なスキー場です。チェアリフトもたくさんあります。

ゴンドラの終点からメンリッヒェンの頂上までは往復1時間のハイキング。尾根伝いに下の谷や小さく見える村々を眺め、いっぱい咲いているアルプスの花を見ながら歩いているうちにすぐに頂上に着きました。
ここは360度ぐるりの大展望。南にアイガー、メンヒ、ユングフラウの山々、東が大きく開いた丘陵のふもとにグリンデルワルト、その向こうはフィルストの丘、西は急な谷間の向こうにアルプス連山の峰々が続き、北はインターラーケン(Interlaken)から、プリエンツ湖が望めます。下りはアイガー、メンヒ、ユングフラウの山々へ向かうので、雄大な景色。夢のよう! 

ゴンドラの終点に戻ると、続いてメンリッヒェンからチュッケン山を巻くように歩いてクライネシャイデックへ出る1時間半のハイキングです。左手に見えているアイガーがだんだん近づいてきます。この道は2、3日前にやっと通れるようになったそうで、まだ雪が残っているところがあり、滑らないような靴が必要です。
なだらかな下りは歩くのも楽で、アイガーの北壁のどのあたりを登るのだろうかとか、このくらいの斜面なら私でもスキーができそうだ、いつかここでスキーをしようとか、話しながらのハイキングです。子供連れで登ってくるスイス人もあります。

お昼前にクライネシャイデックへ着き、駅舎やホテルを眺める丘の上の小さな小屋で早めの昼食, ソーセージとポテトサラダ、アップルパイ。おばあさんが一人でやっている、日本でいえば峠の茶屋でしょうか。目の前にアイガー、メンヒ、ユングフラウが大きな壁のようにそびえています。これも夢のよう!

次は、ここからは西へ下りる登山電車につかず離れず一駅分、1時間のハイキング。放牧地の丘陵をゆっくり下ります。しばらく行くと、かすかにコロン、コロンという音がいくつも重なって聞こえてきました。初めてスイスの牛を近くで見ました。
このあたりの牛はジメンタール種またはスイスブラウン種だそうで、薄茶色の体で優しい顔です。毎日アルプスの山々を見ながら、公害のない空気を吸って広々した牧場でハーブやおいしそうな花の混じった牧草を食べて育ちます。ミルクや肉は美味しいわけです。
ミルクは一回の搾乳で北米の牛の半分ぐらいしか取れないそうです。それでも美味しいミルクが出る牛を育てているのはスイスらしいやり方です。そのためミルクや肉はカナダに比べて割高でした。牛を見ていると、2両連結の登山電車がゆっくり登ってきました。

ハイキング3.
(中世都市フライブルクとトゥーン旧市街地の散策)



▲大聖堂の塔からフライブルクの町を望む。右下方が旧市街とサリーヌ川、左上方が新しい市街


▲フライブルクのベルン橋。木造で屋根が付いている。この橋をバスも通る


▲ブリエンツからロートホルンまで、かわいらしい登山電車(蒸気機関車)で登る。この写真は登っているところで、機関車は後から押している。急坂を登るので、機関車のボイラーが水平になるように斜めに設計されているのが面白い。近くの高い山が見えるように窓が上まで開いている

7月3日はスイス全域が雨模様。ハイキングはやめて、中世の町並みがあるフライブルク市とトゥーン市を散策することにしました。フライブルク(Fribourg)は電車を乗り継いで2時間ほどのところにあります。
いつも初めての町へ行くと町の案内所で地図をもらい、おすすめのコースを聞きます。大抵、下調べで分かっていることを教えてくれますが、「フライブルクでは、ぜひ、教会の塔に登ってきれいな町並みを見てください」と教えられました。

案内所はどこでも電車の駅の構内にありますが、ここでは駅に「案内所はあちら」という矢印があるのにどこにも見つからず、ついに高校生に教えてもらいました。(ここの高校生は英語ができます!)
探し当てた案内所は小さな近代美術館のような、メタリックな柱とガラスで出来たモダンなビルでした。もらった地図に沿って教会の方へ歩くと、広い通りに朝市が立っています。野菜、肉類、きのこ、花、パン屋と、どれも新鮮で美味しそう。

朝市を通り抜けると、そこから古い町並みが始まります。5階建て石造りの建物がくっついて下り坂に沿って壁のよう。1階は道路に向いておもちゃ屋、宝石店、お菓子屋などなど、ウィンドーショッピングが楽しい店が続きます。2階以上は住宅です。
やがて道が開けると市庁舎前の広場で、中世を思わせる景色の広場を超モダンな市バスが走っています。ここを回るとフライブルク市のランドマークの聖ニコラ大聖堂(1283年建設開始)。ハイキングのつもりで368段の狭いらせん階段を登って地上74メートルの塔の上に出るとフライブルクの町が一望できました。

U字に流れている川の内側が旧市街で、高台のところと川沿いの低いところがあって、高台から低いところへはかなり急な道が通っているように見えます。
1157年からはじまった古い町並みが残っていて今でも使われているのには感心します。どの建物もレンガ色の屋根がわらで、緑の木々との調和が本当に美しい! 旧市街の高台から川の向こうの高台まで、高さ100メートル、長さ300メートルはありそうなアーチ型の橋が架かっていて、その下方には由緒ありそうな古い橋も見えます。

塔を下りて急な坂を下り古い橋を渡ってみました。屋根付きの木造の橋で窓には花がいっぱい植え込んであり、このあたりは人通りも少なく、本当に中世の町に紛れ込んだかと思うよう。そこをモダンなデザインのバスが通っていくのがかえって不思議な景観です。
この橋の横に由緒正しそうなレストランがありました。川に張り出したベランダで昼食。ベランダの下を急流で大量の水が流れています。この頃には雨が降り出し寒くなりました。注文した熱いトマトフォンデューが美味しいこと! 帰りはまた旧市街を少し登ってから、今度はフニクラ(ケーブルカー)で一気に高台へ出ました。全部で3時間ほどの散策でした。

フライブルク市の帰りにトゥーン市も訪ねました。トゥーン市はトゥーン湖から流れ出すアーレ川の川口の城下町でアルプスの山々を望むリゾートとなっています。駅前の船着き場からアーケードが延びていて、食品のスーパーや、服装店、宝石店などが続きます。その先からトゥーン城に登る城壁に沿った道を行くとこのあたりはもう人通りもなく静かです。
お城は改築中だったので中に入るのは割愛し、赤茶色に統一された美しい屋根がわらの町並みを見て、下りました。駅へ戻る途中の旧道の両脇は1階の屋根の上が歩道で、店は2階にあるという長屋が続いた不思議な構造になっていました。1時間の散策でした。

〈次週号の「後編」につづく〉

(2013年9月5日号)



 



 
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