【わが体験記】

陪審員の候補者になって(後編) 
「自分は選ばれるのか」期待と不安が交錯



〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

ついに、書記官は、「これから陪審員になって頂く方を選びます」と切り出した。
「今、この傍聴席に座っている300人ほどのみなさんの中から、まず、20人の陪審員を選びます。そして、その20人から、最終的には12人を選びます」と説明があった。
「陪審員の選び方は、あなたが良い服を着ているとか、裁判所には適さないTシャツを着ているからということで陪審員を選ぶのではありません」と言った。つまり、顔や姿を見て選ぶということではないことを書記官は強調した。そうなのか。服装なんかは陪審員の選択には全く関係ないことを、私は初めて知った。

大きな木の箱が用意された。その中に、人々の番号が入っているのだ。彼女は、その箱の手をぐりぐりと2、3回まわした。箱の回転が止まると、彼女は箱の中に手を入れて一枚のカードを取り出す。それはデパートで大当たりの抽選権を選ぶやり方と全く同じだった。しかしこの場合、「どうか当たりますように」と祈るのではなく、「どうか当たりませんように」と祈るのだった。

書記官が取り出したカードを読みあげる。
「2098 美容師」
呼ばれた人は前に出てくる。この時、陪審員になれない不都合な理由があれば、裁判長に告げる機会が与えられる。裁判長はそれを聞いて、その人を免除するべきかどうか判断する。

小さい声でぼそぼそ話すので、人々にはよく聞こえない。しかし、こんな風だった。
美容師「私は二人の小さいこどもの母親で、個人でサロンを開きながら生活しています。もし法廷に出るようになれば、子どものためのベビーシッターに払うお金が必要になります。それになによりも私の収入がなくなってしまうので、免除して頂きたいんです」
裁判長「この裁判は長くても2日で済むと思いますが、それでも出来ませんか」
美容師「ええ、無理と思います。先週、母親が階段から転倒してしまったので、その看護も私がしなくてはならないんです」
とうとう、この人は免除された。

また、ある人は、この裁判では陪審員になれない理由を説明した。
「私は会社を経営しています。千人ほどの雇用者がおり、この裁判のために、今、この時期に私が会社に出勤しなければ、会社の収益に大いに影響を生じます。来年になれば、出来ると思いますので、変更をお願いします」
裁判長は言う。
「それでは、あなたの場合は、1月の陪審員の選択のリストに移動させましょう。今回は帰ってよろしい」
結構、人間味のある裁判長で、言うことが面白かったが、免除することに関してはかなり厳しかった。



カードが選ばれて、陪審員を断る理由がない人は、陪審員の候補者として法廷の前に作られた列に並ぶ。ここで20人の人が選ばれた。この最初の20人を「パネルA」と呼ぼう。

次に、「パネルBのための陪審員を選びます」と言う。予備軍としてパネルBを用意しておくのだろうか。前と同じ過程を経て20人が選ばれる。
そして、18番目に「8750 インストラクター」と聞こえた。はっとする。それって、私の番号! 「わあ」と驚きの声をあげそうになった。が、あえて陪審員を断る理由もないので、他の候補者の列に連なった。

法廷の前方に出ると、被告人が座っている席との距離は3メートルほどになった。被告人を見た。彼は耳をかたどった昔風の補聴器をしている。無表情。しかし、目だけは鋭かった。年齢は70歳前後だろうか。

パネルAは、法廷を出ると小さな部屋に導かれた。パネルBは、その隣の部屋に移動した。私も含めて20人が小さな部屋に案内され、テーブルを囲んで座った。
お互いに顔を見合わせる。高校教師、看護婦、温水浴槽業、学生、トラック運転手などがいる。この中から12人が選ばれるのだ。誰の胸にも「自分は選ばれるのだろうか」という期待と不安がある。沈黙を破ったのは、女性だった。

「このグループは、女性13人、男性は7人よ。これだったら、男性は全部選ばれるわね」
「よしてくれよ。不吉な予告は」と珍しく背広を着た40代。
「陪審員になったらスリルがあると思うけれど、仕事がある上に、子どもが二人もあるんじゃ落ち着いてやってられないわ」と言うのは銀行員。
陪審員になりたい人もあれば、なりたくない人もいた。私は陪審員になるには興味はあったが、このレイプ事件だけには関わりあいたくないと思っていた。

そのうちに係官が入ってきた。
「みなさん、いいニュースです。裁判長は、もうすでにパネルAのグループで、この裁判の陪審員を決めることが出来ました。パネルBは不要となりましたので、これで解散します。でもまだ帰ってはいけませんよ。みなさんは午後の法廷にも出て下さい。30分後、ここに戻ってきて下さい」

一応、法廷に戻り、パネルBの番号を返して退場した。エレベーターで降り、1階のカフェテリアで、「午後も裁判所にいることになった」と家の留守番電話に伝言を残し、バナナケーキとコーヒーをランチにした。


▲裁判所の庭にある彫刻。いろいろな人々の姿を象徴したものだろうか

午後の法廷。
手順は午前と同じだ。しかし、あの面白い裁判長とは変わって、今度の裁判長はハスキーな細い声でぼそぼそ言う人だった。それに書記官も男性であり、先の女性とは変わって、機械的で、とにかく早口だ。

今度の被告人は、50代のビジネスマンのようだ。ぴりっと背広を着こなしている。彼には二人の弁護士がついており、両者の間に座っている。
起訴状が読み上げられる。
ひとつ「被告は、結婚しているにもかかわらず、妻以外の女性に、触れ、脅し、性を強要した」
ふたつ「被告は、妻以外の女性に・・・」
まだまだ続く。
みっつ「被告は、ビジネスを装い、2万ドル相当の詐欺を働いた」
結局、起訴状には七つの罪の容疑があった。

「この事件をすでに知っている人、その他の理由がある人は、前に出てきて下さい」と書記官が言った。すると、どうだろう。3、40人ほどの人が席を立ち、免除を申し出た。起訴状の内容を知った後では、「この裁判の陪審員にはなりたくない」と思った人がたくさんいたということになる。そして、ほとんどの人が免除された。
この裁判長は、各々の人に、「ああ、そうですか」と応対し、問題なく免除したからだった。午前中の厳しい裁判長との違いに驚いた。

再び陪審員を選ぶ時がきた。「ああ、こんな人の裁判の陪審員になるのはこりごりだ。七つも罪状があるんだったら、裁判は4、5日はかかるかもしれない」。私は選ばれないのを願っていた。息を殺して自分の番号が呼ばれないのを祈った。そして、祈りは書記官に届いた。
私の番号はついに呼ばれることはなかった。それにこの裁判では、予備軍としてのパネルBは作られることはなかった。助かった。ほっとした。ラッキーだった。


▲裁判所から出てくる人々(オンタリオ州ロンドン市)

こうして解放されたのは午後3時。朝9時から始まって、もう6時間も裁判所にいたことになる。私の止めておいた車はどうなっただろう。悪い予感がした。予期した通り、駐車違反のカードがワイパーにはさんであった。「無料」は最初の2時間だけだったのだ。罰金は25ドルだった。

▲仕事を終えた法廷関係者。裁判長?弁護士?

しかしこの駐車違反のカードにでさえも、私はなぜか安心を与えられた。それは再びごく普通の日常にもどれることに安堵(あんど)感を得たからだった。裁判に出向いたのは貴重な体験であったが、首あたりがすごく凝った。とにかく市民としての義務をこうして果たすことができて、「よかった」の一言である。

崖ふちに
座るごとくの
傍聴席
息整えて
ぐらつき抑え

【おことわり=事件内容はフィクション化しています】
(写真は前回の分も含め、11月25日、26日に撮影しました)

(2013年12月19日号)



 
 


 
 
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