【ルポ】

ノーベル賞作家アリス・マンローさん
オンタリオ州の静かな生活の場を訪ねる 


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

今年のノーベル文学賞がカナダ人作家、アリス・マンローさん(Alice Munro=82歳)に決まったというニュースを聞いた時、私は体の奥から喜びが湧いてきました。この作家はオンタリオ州出身ということで、以前から身近な作家と感じていたからです。
ノーベル文学賞の授賞式は、12月10日、スウェーデンのストックホルムで行われ、彼女の娘ジェニーさんが代理で出席しました。


▲居住地クリントンの地元新聞に掲載されたアリス・マンローさんの写真

アリス・マンローさんは、長年、オンタリオ州のクリントン(Clinton)という人口3,000人ほどの小さな町に住んでいます。私が住むロンドン市から北に車でほぼ1時間あまりの所なのです。
「ノーベル賞作家が、こんな近くに住んでいるなんて!」と、私は雲に乗ったように感じました。カナダの広さを考えれば、百キロしか離れていないのは、まさに、ご近所の方がノーベル賞を受賞したと言ったとしても大げさではないと思います。

作家の歩み

アリス・マンローさんは1931年7月10日、オンタリオ州ウィンガム(Wingham=クリントンの北およそ40キロ)で生まれました。父はきつねや七面鳥の飼育業を営み、母は学校教師でした。父は、後年、一冊の小説を著し、それは死後に出版されています。
彼女はウィンガム小学校へ行きます。当時、学校には二つの教室しかなかったそうです。高校も地元の高校へ通います。卒業後、オンタリオ州ロンドン市にあるウエスタン大学(2013年改名)で英語を専攻します。学生時代に3つの短編を発表しました。

しかし大学に在学したのは2年間だけでした。奨学金が継続されなかったという理由も一つにはあったようですが、ちょうど20歳で、大学で出会ったジェームス・マンロー氏と結婚します。そして、二人はバンクーバーに移ります。その後、3人の娘が生まれますが、次女は誕生15時間後、生命を閉じています。

32歳の時、マンロー家はBC州ビクトリアに転居します。そこで夫婦で本屋を開きます。さて、本屋となって本を売る側に立ってみると、彼女にとっては本を書く側の方に一層興味が湧いたそうです。夫マンロー氏によれば、「売られている本よりも自分の方がうまく書ける」と彼女は思ったそうです(当然です。ノーベル賞委員会は、「現代短編の巨匠」と彼女を名付けているくらいですから)。それで、その頃から彼女は本格的に書き始めます。

41歳の時、この結婚に終わりを告げ、オンタリオ州に戻ります。この一時期、私の町ロンドンに住んだこともあります。その後、クリントンの町はずれの農場に住み、45歳で地図製作者のジェラルド・フレムリン氏と再婚しました。フレムリン氏は今年亡くなり、この秋からは彼女はもう一人の娘シーラさんのいるビクトリアに滞在しています。

これで分かることは、アリス・マンローさんは、長い間、主婦兼作家だったのです。小説よりも短編を選んだのは、家事と食事の準備の間のばらばらな時間に書けたからだそうです。そして年々、重要な賞を着実に手にしていき、次第にカナダの代表的短編作家としての名声を築いていきました。

作家の暮らす町

今年の秋、ノーベル賞受賞のニュースがあってから数日後、私たちは偶然、このクリントンの町を通りすぎる機会がありました。ロンドンからハイウエー4という道路を走ります。道路は一本道。前にも後ろにも車はいません。対向車もほとんどいません。


▲ロンドンからクリントンまで車で1時間あまり走る。あたりは緑の平地で、牛や馬がゆったりと草を食べている


▲車がほとんど走っていない一本道がハイウエー4と呼ばれる本道です


▲クリントンの街角。この町にはお店が20軒あるかどうかといった程度です


▲歩いている人も見当たらない。クリントンの人口は3,000人余ということです

ちょうどガソリンを入れようと思っていたので、クリントンのガソリンスタンドに寄りました。夫がガソリンを入れている間、私は地元新聞とスナックを買いに店に入りました。中年の男性客が入ってきて、「宝くじを買いたいんだがねえ」と若い売り子さんと話し始めました。
会話を聞きながら、次にドアを開けて入って来る女性は、アリス・マンローさん自身じゃないかと思うほど、私は彼女の世界に触れたような気がしました。この作家は、ごく普通の人を主人公にして、ごくありきたりの場面から話を始めるからです。

私の好きな短編のひとつ「Dance of the Happy Shades」(私は「楽しい妖精の踊り」と邦訳していますが・・・)に、老齢のピアノ教師が行う自宅発表会の話があります。「私は、自分の周りにいる人々について書いてきました」とマンローさんが言っているように、登場するこのピアノの先生も、作家自身が習い、そして娘さんも習った教師が源になって短編が創造されたのだろうかと思うほどです。


▲クリントンからさらに北に30分ほど走るとアリス・マンローさんが生まれたウィンガムの町に来ます

静かな生活

ノーベル賞受賞後、こんな冗談を知人から聞きました。ある人がある人と話している場面です。
Aさん「アリス・マンローってどこに住んでいるか、ご存じ?」
Bさん「知らないわ。でもその人、どういう人なの?」
Aさん「カナダ人としては2番目、そして女性としては13番目のノーベル文学賞の受賞者ですよ」
Bさん「あら、そんな人がいたなんて、知らなかったわ」

このBさんは「アリス・マンローご本人だった」という冗談なのです。これは、メディアなどを避け、静かに暮らすことを好む謙虚な作家を象徴している冗談なのかもしれません。ストックホルムでのノーベル賞授賞式も、長旅は疲れやすいということで娘のジェニーさんが代理で出席しました。


▲車窓から見た風景  

オンタリオ州の小さな町は、アリス・マンローさんの作品の背景として世界の舞台に立ち、きらきら輝いているように見えます。

ニュース聞き
無色の木々も
色帯びて
何か嬉しげ
飛び交う鳥も

(2013年12月25日号)
               



 
 


 
 
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