【世界の街角から】

台湾周遊5日間の旅(1)
日本の足跡を各地で感じる



〈 トロント 松井祐実・記 / 写真撮影: Richard Severin 〉

11月に日本からのツアーに参加して5日間の台湾旅行をしてきた。台北から、台中、高雄、花蓮と周り、台北に戻るという周遊ツアーである。


▲台湾の地図

東京の羽田空港を出発、台北松山空港に到着した。飛行機は行きも帰りも機体全体にハローキティが描かれていた。機内に乗り込むと、やはりハローキティ一色であった。
そういえばチェックインの際も荷物に付けるタグからしてハローキティであった。枕カバーから機内食のスプーン、フォーク、かまぼこにもキティちゃんが施されていた。子供や女性はいいと思うが、男性はどうしたらいいか困るのではないだろうか。


▲行き帰りともに乗ったエバー航空。機体全体にハローキティが描かれている

羽田から台湾までは3時間の飛行。台北到着後、お土産物屋へ立ち寄り、その後、バスで2時間ほどかけて、宿泊先の台中へと向かう。

次の日、台中で宝覚寺というお寺に立ち寄り、観光をした。ここは、高さ約30メートルの弥勒(みろく)大仏像があることで有名な仏教寺院だ。弥勒像とは日本でいう七福神の布袋(ほてい)様のことだ。
ガイドさんの話によると、台湾人は信仰心がとても厚く、寄付やお布施には糸目をつけないので、台湾ではお寺は一番のいいビジネスだとのことだ。


▲台中にある宝覚寺の弥勒大仏像(布袋様)。高さ30メートル、とても大きく貫禄がある


▲宝覚寺の同じ境内にある「平和英魂観音亭」「霊安故郷」と刻んだ慰霊碑。たくさんの日本人が台湾で亡くなっている

このお寺には、戦前、台湾で亡くなった日本人居留者約1万4,000人の遺骨が納められており、日台友好を祈願し日本から送られた鐘があるなど、日本と縁の深いお寺である。また、1990年には、台湾出身日本軍人の戦死者約3万3,000人の霊を祭る「平和英魂観音亭」と「霊安故郷」と刻んだ慰霊碑が建立されたそうだ。

このあと、バスで2時間ほどかけて、日月潭(リーユエタン)へ。日月潭は台湾のちょうど中央に位置する、台湾最大の淡水湖である。湖の北側が太陽の形、南側が三日月の形に似ていることからこう呼ばれるようになったそうだ。また、この日月潭周辺は台湾原住民の一つである少数民族サオ族の居住地で、日月潭に浮かぶ拉魯島(ラル島)はサオ族の祖霊が宿る聖地とされている。


▲日月潭。英語名は Sun Moon Lake 。この日はかなり靄(もや)がかかっていてあまり美景ではなかったが、お天気の良い日はとても奇麗なところだそうだ


▲文武廟。Man Mo Temple 。学問の神と武道の神が祭られているところである

日月潭の北部湖畔には、文武廟という中国寺院があり、廟(びょう)は、前殿・中殿・後殿の三殿様式になっている。前殿(文廟)には学問の神である孔子が、中殿(武廟)には武道の神である関羽と岳飛が祭られている。中国宮殿式の廟としては台湾で最大級のものである。廟とは、祖先の霊、偉人、神などを祭り祈るための建物のことである。
文武廟をあとに、バスで約2時間かけて次の町、台南へ向かう。

台南は17世紀半ばから約220年間にわたって都が置かれていたため、台湾の政治、文化、商工業の発祥地でもある。日本の京都のようなところだと、ガイドさんが言っていた。

ランチの後、観光場所のひとつであるツーカン楼というオランダ人によって築城された旧跡へ。 1652年に起きたオランダ人と漢民族の衝突事件「 郭懐一事件」の後に築城された。


▲ツーカン楼の敷地内にある像。奥側が鄭成功、手前のうなだれているのが降伏したオランダ人である。歴史を感じる  


▲1652年オランダ人の手によって建造された砦(とりで)のようなものである。今では国家一級古跡に指定され、台南を代表する名所古跡になっている  

郭懐一事件とは、 1650年頃、蔗糖業の不振に加え、オランダの重税により漢民族間に不満が増大したため、中国大陸からの開墾に従事していた入植者である郭懐一は、オランダに対する反乱を計画したが、密告により反乱は失敗に終わり、郭懐一は戦死する。この事件は間もなく鎮圧されたが、オランダ人は事件の再発を防止するために「普羅民遮街」の北方建にツーカン楼を建築した。

続いての観光スポットは、延平郡王祠。ここは、鄭成功を祭る祠(ほこら)である。鄭成功とは、中国が明だった当時の明の武将である。清が明を滅ぼし支配するが、 鄭成功が清の支配に対する抵抗運動を起こす。しかしながら南京で大敗し、台湾へ逃れ、その当時台湾を支配していたオランダ人を 鄭成功が追い出すことに成功した。この功績を残しながら、翌年に 鄭成功は死去してしまう。

日本人の母親を持ち、7歳まで長崎の平戸で過ごしたという日本にも縁のある人物で、台湾・中国では今でも民族的英雄として崇拝されている。(次号につづく)

(2014年1月9日号)



 



 
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