【ひと】

バンクーバー総領事公邸料理人
岩坪貢範さん、「おもてなしの心」を語る
西洋料理の国で独自の和食を考案


〈 インタビュア・妹尾 翠 〉

ある書物に「公邸料理人」について次のように書かれている。
「諸外国で任務を行う外交官は、国家を代表して外国政府との政策交渉や情報交換などを行う職種であり、大使館や総領事館など在外公館は、任国政府等との交渉・情報収集・人脈形成等の外交活動の拠点となり,在外公館長の公邸において任国政財官界等の有力者,各国外交団等を招待して会食等の機会を設けることは,最も有効な外交手段とされ、その国の要人と顔をつなぐために公邸でのもてなしは欠かせないものである。そのもてなしを司る重要なポジションが公邸料理人である」

以前、ある総領事が「外交において私は強力な秘密兵器を持っています」とおっしゃったが、その秘密兵器とは、公邸料理人のことであったことに大いにうなずけたのである。

今回、特に「和食・日本人の伝統的な食文化」がユネスコ世界無形文化遺産に認定され、今まで以上に和食に関心が集まるであろうというこの時期に、在バンクーバー日本国総領事公邸の公邸料理人として、岡田誠司総領事とともに着任したのが、フランス料理のジャパニーズ・フュージョンが専門という岩坪貢範(いわつぼ・たかのり)さんであった。岩坪さんは、富山県出身、27歳。

「地産地消」という言葉があるが、海外での和食には食材の限度があるし、全く純粋な和食は口に合わないなど問題点も多い。その点、フランス料理を手がけたということは、西洋料理を基盤とする国において独自の和食を考案できることであり、まさに打ってつけの人材であろう。
このたび、公邸料理人の岩坪貢範さんにお話を伺った。

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▲バンクーバー総領事公邸の料理人、岩坪貢範(いわつぼ・たかのり)さん

調理師になったきっかけは何だったのでしょう?
机に向かっての勉強より、手を使ったり体を動かすことのほうが好きだったので、高校を選ぶ時に調理科のある学校を選びました。教室では調理師の資格を取るための授業があって、3年で免許がもらえるようになっています。免許がとれるのも魅力でした。実習の一年目は料理の基礎について、二年目は中華、洋食について学び、三年目は和食やその心構えなどを教わりました。

高校卒業後は?
高校を卒業してからは辻料理専門学校でフランス料理とイタリア料理を専攻し、神奈川県藤沢市のホテルに就職しました。それから同列の横浜のウエディング専門ゲストハウスで働き、その後、東京のレストランに移りました。

料理の専門は?
はじめからフレンチのジャパニーズ・フュージョンを目指していました。

公邸料理人になった動機を聞かせてください
一度は外国にも出たいと思っていたのですが、そんな時、先輩から公邸料理人のことを教わって、まず、外務省の外郭団体で募集元の国際交流サービス協会に応募申請書と履歴書を提出しました。その後、バンクーバーに赴任する岡田誠司総領事による書類審査を経て、実際の料理の内容と手順などの実地試験のために、岡田総領事の日本の家に食材や器具など持って料理を作りに行きました。出来上がった料理を岡田総領事の自宅の古伊万里や笠間焼きなどの和食器に盛り付けをしたのですが、その辺が総領事の求めている和食とフレンチの融合した料理という内容に合った感じでした。その時、料理の出来栄えばかりでなく、器の大切さを改めて感じました。


▲神戸肉のローストビーフを日本的わさびしょう油でサーブする岩坪さん(昨年12月、天皇誕生日レセプションにて)

バンクーバーで食材の入手、料理作りはいかがですか?
新鮮な野菜や有機食品も簡単に手に入れることが出来るし、スポット・プラウン(ボタンえび)など季節のものも手に入るし、わりと自由に料理に適した食材が手に入るのがうれしいです。
毎回目新しい料理を提供するよう心がけていますが、それを喜んでいただけるのが、とても楽しいです。
今は車を運転しないので、自転車や公共の交通機関を使って買い物に行ったりしていますが、いろいろゆっくり見られるので、新しい発見があります。公邸でのレセプションの前など買い物が多い時は総領事館から車を出してもらえますし、日系の肉屋とか魚屋は電話一本で配達してくれるので助かります。ここは肉の種類は多いですが、魚の種類は少ないので日本から入れることが多いです。

昨年6月に公邸築100周年のバンケットで、100人分の和牛ステーキのフルコースを手がけたと伺いましたが、ホテル並みの設備のない所でどのようにしたのですか?
前菜5種類の盛り付けは、作り置き出来るものは前もって用意して、寿司は当地の寿司シェフに頼みました。一番大変だったのは、ステーキを出すタイミングでした。20人分のステーキはパフォーマンスとして、会場となった庭園でバーベキュー(BBQ)コンロを使って焼きましたが、あとの80人分のステーキを冷めないようにサーブするタイミングに苦労しました。でも、日本のホテルで働いていた経験が役に立ちました。


▲仔羊(こひつじ)の料理。和風のテイストを少し含ませたフレンチを和食器に盛るスタイル


▲ハマチの刺し身にフレンチドレッシング


▲若い人向けのレセプションには豊富な種類のデザートも・・・ 

天皇誕生日レセプションディナーの準備や当日の感想を
まず、今回はローストビーフの係でした。岡田総領事就任初の天皇誕生日レセプションでしたので、想像以上にお客様も多く、パーティースペースのキャパシティーを超えてしまい、圧倒される状態でした。初の試みとして、酒アソシエーションの方々による日本酒の試飲会、現地寿司職人による握り寿司のデモンストレーション、歌や茶、生け花など日本の文化を紹介する試みが盛りだくさんのイベントでした。ホテルの料理も活用しましたから、僕は日本酒とこちらの料理の間を取り持つ意味で和風テイストを入れた神戸肉のローストビーフを提供しました。
今回のイベントでは、異なる食文化を取り入れ進化してきた日本のこれからの料理をアピールする点において良い試みであったと思います。普段の公邸内会食とは違ったやり方で、周りのスタッフと協力し、今回の天皇誕生日を作り上げるのに一料理人として貢献することができたと思いますし、今後のための良い経験になりました。


▲公邸の「家庭菜園」で岡田総領事夫妻が栽培した野菜

公邸料理人としての心構えは?
やはり「おもてなし」が一番大切だと思います。食を通じて外交活動の一環に携わるわけですから、自分の作った料理を通して会話を弾ませるような演出が出来れば、料理人としてうれしく思います。
若い人とかシニアの方などお客様の好みを考え、新年会などのイベントでは目的に応じてメニューを考えます。同じ料理でもお客様に合わせて、味の調節をしています。最後のデザート作りは日本の味とこちらの一般的なデザートのコンビネーションで遊び心を加えたりして楽しんでいます。
ここでは、いろいろなお客様がいらっしゃいますから、それに合わせて料理を考える訓練も出来ますが、アレルギーやベジタリアンのお客様もいらして、最初の頃、料理への細かい注文があってびっくりしました。
夏には、総領事が公邸の畑で野菜を作っていますので、この野菜を取り込んでのおもてなし料理が一番大切と思っています。『外交食にあり』という本が出版されていますが、総領事のお勧めの本で、これに基準をおいています。
これはコックの宿命でもありますが、味、そしていつも新鮮に映る料理を目指して、バンクーバーなりのやり方で、新しい和食の感じを追求していきたいと考えています。

(2014年1月23日号)



 
 


 
 
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