【世界の街角から】

グアテマラの古都アンティグア
16世紀スペインの世界に入ったよう



〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

エルサルバドルから一日バスツアーでお隣の国、グアテマラに向かった。畑や森や人々の住むトタン屋根などを背景にして、観光バスはエルサルバドルの国道を北に走っている。1時間余り走ると、国境に到着。

グアテマラの税関には、窓が一つしかない。パスポートを見せるだけだが、なんとなくバスの切符でも買うような気楽さだ。


▲エルサルバドルとグアテマラ国境の税関


▲境界線

国境線の向こう側はグアテマラの国。「ここからは、僕の陣地だよ」などと、子どもたちがコンクリートの路上に線を引いて遊ぶ様子を想像した。確かにこの両国は、かなり仲の良い兄弟のように見えた。

グアテマラは、中米北部に位置する共和制国家である。マヤ文明が栄えていたが、スペインに征服され、1821年にスペインから独立を宣言。しかし、その後も長い年月にわたり政治的に不安定な時期が続き、グアテマラ内戦を経て、1996年、内戦状態は平和条約の調印によってひとまず終わった。人口は約1400万人、メキシコを除いた中央アメリカで最も人口の多い国である。主要産品は、コーヒー、砂糖、バナナ。

一日バス旅行の目的地は、アンティグア(Antigua)と呼ばれる町である。私は、予備知識が全くなかったので、この石畳の町に入った時、16、7世紀のスペインの世界に入ったようで、「おとぎの国」に入りこんだと思った。こんな所がグアテマラにあるとは! 最近感じたことがない驚きだった。こういう感動があるから、旅は止められないのだ。

後で調べれば、この町は1543年スペインの植民地政府の首都になり、中米における中心都市として繁栄した。が、2世紀後の1717年、震度7.4という大地震に襲われ、街のほとんどの建物が崩壊した。さらに、ほぼ50年後に再度地震が起き、街全体が破壊された。そのため、植民地政府は首都を今のグアテマラシティに移すのだが、このアンティグアには、現在も人々が住み続けている、という町だ。


▲グアテマラ・アンティグアにあるサンフランシスコ教会の一部


▲サンフランシスコ教会の壁の窓から十字架が見える


▲廃墟となっているリコレクション修道院。屋根はないままで、青空が見える

アンティグアにあるサンフランシスコ教会は、この町で一番古い教会で、今も人々が頻繁に訪れている。地震で崩壊した部分は、その後、一部修復された。取り残された壁の窓から眺める十字架の構図は、珍しい光景だと思う。 レコレクション修道院は、現在に残っている大きな規模の廃墟である。


▲サンタカテリーナの門


▲機織りをする女性

サンタカテリーナの門を訪れた。この町の名所といわれる門である。1693年に建設。修道院が中にあり、修道女が一般の通りから見られないようにするため造られた門だという。この修道院は、やはり地震で消滅した。
街では、機(はた)を織る女性を見かけた。


▲修道院を改築したホテルに吊り下がっている鐘

元修道院だった建物が改築され、今はホテルとなっている。ホテル内には、大きなホールがあり、結婚式などに利用される。この小さな鐘が一度に鳴らされたら、どんな響きになるだろうか。


▲木琴演奏

アンティグアのあるホテルでは1週間に一度、木琴演奏が行われる。木と木が触れて生まれるリズムは軽く、雲のようにぽっかりと空中に浮かぶようだ。


▲山を背景に古い教会

山を背景にした教会の景観は素晴らしい。だが、美しい山は、時として、活火山の猛獣と化す。

アンティグアの町は、1979年にユネスコの世界遺産の一つとなったと知って、「なるほど」と納得したのだった。ここを、「グアテマラの京都・奈良」とでも呼ぼうか。もう一度、ゆっくり訪ねてみたい町である。

崩れたる
古色の壁に
緑草
空に向かって
黙々生きる

(終わり)

(2014年2月6日号)



 



 
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