【世界の街角から】

炭鉱跡地に建設されたやさしい宇宙空間
ルーブル美術館ランス別館(フランス)



〈取材・いろもとのりこ〉

パリの北部、ベルギーに近いピカルディー地方のランス(Lens)にパリのルーブル美術館別館がオープンした、と知ったのは2012年の12月だった。最初はシャンパンや大聖堂で有名なランス(Reims)かと思った。それほど一般的には知られていない町である。念願のランス美術館訪問を5月11日「母の日」に実現できたのはラッキーだった。

ここは昔炭鉱で栄えた町で、1960年代の炭鉱の閉鎖によって町は急激に活気を失った。日本でもそんな例はいくつも知られている。そこで町起こしを含め、美術館建設の話が持ち上がった。10年以上前のことである。しかも世界的に有名なルーブル美術館の別館という、とてつもない計画である。いわば、東京・上野の近代美術館の別館を北海道の夕張炭鉱跡地に建設するようなものである。

建物の設計は世界中から公募され、2005年に日本のSANAA(サナア、妹島和世〈せじま・かずよ〉と西沢立衛〈にしざわ・りゅうえ〉の建築家ユニット)が選ばれ、アメリカの設計事務所とともにプロジェクトを組んできた。

SANAAはスペインのトレド美術館ガラスパビリオン、金沢21世紀美術館、ローザンヌ連邦工科大学ラーニングセンター、ディオール表参道など数々のユニークな設計を手がけ、建築界のノーベル賞ともいわれるアメリカの「プリツカー賞」を2010年に得ている。そのほか多くの建築学会の賞を受賞し、今や世界中で脚光を浴びている設計ユニットである(2013年にパートナーがさらに2人増えた)。

ボタ山と宇宙空間的建物が生み出すやさしいハーモニー


▲ランス(Lens)の駅からかつての炭鉱のボタ山が見える。このすぐそばに美術館がある

パリからTGV(日本の新幹線のような高速鉄道)で北へ1時間10分。一見さびれたランスの駅から見えるボタ山のそばに建てられた美術館を想像すると一種の不安を感じる。「美術館まで徒歩12分」とあったので、駅から約20分おきに出ている無料シャトルバスを待つまでもなく、美しい緑の並木道を歩いて行くことにした。しかし、ゆっくり歩くと20〜30分はかかった。途中、野菊畑やボタ山を背景にした住宅街も見られたので足に自信のある人は歩くことをおすすめする(帰りはさすがにシャトルバスを利用した)。


▲炭鉱跡に建てられた宇宙空間のようなルーブル美術館ランス別館

美術館の入り口の坂を上ると、目の前にふわっと横に細長いガラスの宇宙空間的建物が現れた。背景にあるボタ山とは別世界である。そしてパリの重厚な本家ルーブル美術館とは両極端なたたずまいでもある。パリの凱旋門の直線上にあるデファンスの近代的凱旋門や、ドイツ国境近くの町ストラスブールの駅の宇宙ステーション的デザインなど、両極端を好むフランス人の好みがここにも現れているのか。もっとも古い物は頑固なまでに永遠に大切にしているが・・・。

度肝を抜かれるようなアルミとガラスの建物の中に入ると、円形のホールにはライブラリーやブティックがこれもすべてガラスの円形に造られている。いよいよギャラリーへ。


▲アルミとガラスの不思議な感覚の館内

作品が展示されているギャラリーは一つの大きなホールになっていて、天井はアルミ製だが、メタリックさを感じさせない、なぜか絹の衣を通した光のようなやわらかさえ感じる。10数年前メキシコのベラクルス州の州都ハラパ(XALAPA)の博物館に行ったとき、整然としたモダニズムの美しさに感動したが、ランスの美術館はそれよりもっと透明感の中にしっかり存在感があるのだ。

展示品はエジプト、シリア、イラン、トルコなど古代から中世まで


▲目の偶像(シリア、紀元前3300〜3000年)


▲男性の立像(エジプト、紀元前2350年ころ)


▲水瓶(ギリシャ、紀元前1400〜1300年)

現在展示されている作品は、本家ルーブル美術館同様、紀元前3500年から紀元1800年代まで。出土された国もエジプト、シリア、イラン、イタリア、イラク、トルコ、スペイン、ドイツ、フランスなど、じつにバラエティーに富んでいる。展示数は今のところ405点。


▲埋葬用の壷(ギリシャ、紀元前730年ころ)


▲裸婦立像(イラク、紀元前200年ころ)


▲女性と動物を混じえた飾り壷(エジプト、500〜800年)


▲イタリアの彫刻が集められているコーナー


▲ブドウのつるを飾り彫刻した円柱(フランス・ツールーズ、500年ころ)


▲家具の部品または壁の一部(イラン、1375〜1400年)


▲花模様の壁板(トルコ・イスタンブール、1577年)


▲魅惑的な光の神ジュノーによって多くの間違いを犯す王様(ベルギーのポール・ルーベンセンス作、1615年)


▲聖フランシス死像(スペイン、1650年ころ)

コレクション総数30万点、常設展示が約1万5000点にのぼるルーブル本館に比べるとほんの少しだが、それだけゆっくり味わえる。また、5月28日からもうひとつ別館がオープン。さらに将来にはもっと展示館が増えるそうだ。


▲地下にはこの美術館について図とビデオで解説する施設がある


▲庭を眺めながら一休みができるカフェテラス(別棟にレストランもある)

館内には、地下に作品についての解説やビデオの施設もあり、興味深い。カフェがあるが、屋外のピクニックエリアで持参したお弁当を食べている人もいる。別棟に円形ガラス張りの正式なレストランもある。

〈ランス美術館のインフォメーション〉
■出発駅/パリ北駅(Gare de Nord)、パリ─ランスTGV料金89ユーロ(往復、指定席,前日までに買っておくことをおすすめする)
■美術館入場料/今年(2014年)12月まで無料
■オープン時間/毎日午前8時〜午後7時(季節によって変わるのでウェブ参照、5月1日はメーデーで休館)
■ランス駅から美術館まで無料シャトルバス運行(約20分間隔)

www.louvrelens.fr

【取材を終えて】
さすがにここでは日本人観光客はあまり見かけなかった。もし、パリに4〜5日以上滞在するのであれば、半日でもここへ足をのばせば、ゆったりとした気分を味わえ、印象に残る旅になることだろう。
ちょっと残念だったのは、この美術館の価値は展示品もさることながら、なんといってもユニークな建物であるにもかかわらず、案内書には虫眼鏡で見なくては読めないくらいの小さな字で設計者の「SANAA(K. Sejima et R. Nishizawa)」しかなかった。おそらくここを訪れるほとんどのフランス人は設計に日本人がかかわっていることは知らないだろう。

(2014年5月15日号)



 



 
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