【空の旅騒動記】

キューバ行きチャーター機内で急患!
米ノースキャロイナに緊急着陸 


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

今年1月半ばのことだった。私たちは、その朝9時ごろ、ロンドン空港からキューバに向かうチャーター機に乗っていた。4時間もすれば、海岸のリゾート地バラデロに着き、人々はそれぞれ予約したホテルで1週間を過ごすという観光便である。しかし私の町から1時間も飛んだ頃、何かが起こった。
「どなたか、医者か看護婦さんはいませんか?」とアナウンスが入ったのだ。
誰かが気分でも悪くなったらしい。病人は飛行機の後部に座っているらしく、2、3人のスチュワーデスさんたちが、忙しそうに通路を行ったり来たりしている。


▲チャーター便の CANJET 機(写真は CANJET 航空ホームページより)

しばらくして、アナウンスが入る。
「機内は酸素不足ですから、タバコはご遠慮下さい。ところで、どなたか酸素ボンベを持っていらっしゃる方はいないでしょうか」
乗客はクスクス笑う。事は重大らしいのだが、乗客を安心させるためか、スチュワードさんの表現は冗談めいているのだ。この場合、アナウンスの意味は「病人には酸素ボンベが必要になりましたが、機内ではその準備はできません」ということだと察することができた。どうなるんだろう。

またアナウンスだ。
「急患が出ましたので、飛行機は、今飛んでいる近くの空港に止まります」
今、飛んでいる所はノースキャロライナ州だという。とにかく、飛行機が予定外の目的地に止まるということは、緊急着陸するということなのだ。

そこは、ノ―スキャロライナ州 Wilmington(ウィルミントン)ということが分かった。
「そんな町の名前、聞いたこともないやあ」と後の席の人が言った。誰もが同感だった。
乗客にとって聞いたこともない空港は、パイロットさんにとっても初めてなのだ。飛行機が着陸する時、パイロットさんは急ブレーキをかけたのか、乗客は一斉にグワッと前のめりになった。カーテンの隙間から外を見ると、そこは、ただただ広い野原だった。

飛行機のドアが開くと、パラメディック(救急医療)の人たちが入ってきた。酸素ボンベを持っている人、大きいショルダーバッグを背負っている人、車椅子を押して来る人がいた。5分ほどすると、車椅子に乗せられた急患は、私たちの通路を通り過ぎていった。その人は、70歳後半の男性のようだった。一人旅で、同伴者はいないらしい。

急患の人が降りると、乗客が安堵(あんど)したのはいうまでもない。これで、飛行機はキューバに向けて、飛び立つはずである。しかし、その様子がない。みなが憶測をし始めた。
「きっと、この飛行機がキューバに向かうというので、アメリカ側がちょっかいを出してるんじゃない?」という声もあった。なるほど。アメリカとキューバは、長い間、やっかいな政治的な問題を抱えていて、今もまだ和解に至たっていないのだから、そういうこともあり得るかもと思った。

すると、やっとアナウアンスが入った。今度は、機長さん自身が話しているという。
「コンピューターに故障が起きたので、それが直るまで20分ほどお待ちください」
20分は、1時間以上になった。
「コンピューターの故障の原因が分かりません。飛行機の電源回路をすべて閉鎖して調べるために、飛行機はこの空港にしばらく止まります。一応、みなさん、手荷物は持って降りて下さい」
一難去ってまた一難。ああ、やれやれ。180人余の乗客は飛行機を降りた。


▲飛行機から降ろされた乗客たち




飛行機から降ろされたものの、この緊急着陸も旅のひとつの過程と考えて、カメラを取り出した人もいたから、飛行機の写真を撮っているのは私だけではなかった。


▲ウィルミントン空港の税関。ここをパスポートなしで通過

乗客が入るように言われたウィルミントン空港の税関の待合室は、だだっ広い部屋だった。テーブルや椅子があり、荷物が出て来るベルトコンベアが中央にある。乗客たちは椅子を見つけたり、ベルトコンベアの端に座ったりした。


▲空港の待合室で・・・

そのうちに、スナックやドリンクが配られた。うわさで、故障したコンピューターはすぐには修理できず、モントリオールから新しい飛行機と乗務員が来るのを待っているのだと分かった。もう夕方近い。本当ならば、4、5時間前にはバラデロに着いて、今ごろは裸足(はだし)で海岸を歩いているはずだ。

誰もが何もすることがなくて、「キューバのホテルは、どこに泊まるの?」「キューバは何度目?」と、雑談などしていると、雰囲気がちょっと変わった。

急患になった人がこの部屋に戻ってきたのだ。歳(とし)はやっぱり76、7歳に見える。誰もがその人はもう回復したのだと思い安心した。それで、みなはまた、それぞれおしゃべりに戻った。気になったのは、その人は何か不満そうに見えたことだった。

「一緒に歩かない? 運動しなくちゃ」とある女性に声をかけられて、私は彼女と室内をぐるぐる歩く。歩きながら彼女は話してくれる。彼女は病院で働いており、飛行機内で「医療関係の人いますか」というアナウンスで急患の看護婦さんになったという人だったことが分かった。彼女が当の看護婦さんだったと知って、私は驚いた。

「急患になった人は、もともと心臓が悪かったの。それで、飛行機が高度3万フィートに上がった時、軽い心臓発作を起こしたわけよ。それで、酸素ボンベが必要になったわけ。それで、パイロットは、緊急着陸することにしたの。そして、急患はこの空港に隣接している医院に行ったのよ。
あなたも知ってると思うけれど、患者になる人は、まず病院の必要書類に、年齢とか、病歴を記入しなければならないでしょ。彼が言うには、その用紙には医療費が払えるかどうかの欄があって、彼は『払えない』ほうにチェックマークを入れたんだそう。ここは、カナダじゃなくて、アメリカですもの。保険がなければ、多額の治療費は払えないというのも分かるような気がするわ。
で、アメリカの病院では、治療費が払えない人は、患者の治療を拒否することができるわけ。それで、彼は、『そんなら、俺は飛行機に戻る』と言って、治療なしで私たちの所へ戻ってきたわけよ。彼は朝からお酒を飲んでいたらしいし、アルコール依存症みたいよ。奥さんが3カ月ほど前に亡くなって、精神状態があまりよくないって自分で言っていたわ」

なるほど。そういうわけだったのか。しかし、その人はなぜ不満げなのだろう。
「それはね。飛行機の旅を続けるのを、機長に断られたからよ。飛行機では、機長に全責任がゆだねられているのよ。一度急患になった人が、再び飛行機に乗れば、同じような状況を確実に招くと判断したから、機長は彼の搭乗を丁寧にお断りしたのよ」

外は暗くなり、月が出ている。私たちには再び食物が用意された。今度はサンドイッチだった。こうしているうちに、2、3人いた警官たちは乗客とおしゃべりを始めた。あまりの退屈さに、カナダ人観光客もアメリカの国境警備警察官もしびれを切らしたのだ。ある警官は、2001年9月11日の同時多発テロ事件以来、彼らのユニフォームが変わったという。以前は右腕にしかなかった記章は、左腕にもつけられるようなったとかいう話だった。


▲保安官とおしゃべりするカナダ人

「それは、銃ですよね」と私が言ってみると、「そうだよ」と言い、その存在を確かめるためか、自分の手を銃に持って言った。銃というものを、こんなに近くで見たのは初めてだった。普通時にはかなり厳しい仕事をしている彼らも、いったんおしゃべりを始めると、止まらなくなって、取り囲んだ人々に「どっと」笑いを起こさせていた。

私たちが、キューバに行く途中だと知って、「どんな所?」「行って何するの?」「何がよくて、キューバに行くの」などという質問をしてきた。国と国とは、険悪な関係であるのに、個人のレベルでは、アメリカ人もキューバという国に大いに興味を持っている様子だった。

こうして、7、8時間が過ぎていった。夜11時。やっと新しい飛行機と一新した乗務員がやってきて、私たちはついに飛行機に戻ることができた。

急患だった男性は、その夜、CANJET(キャンジェット)航空会社の招待で、ホテルに止まり、翌日は、グレイハウンドの長距離バスで、オンタリオ州ロンドンに戻るという予定だと聞いた。ノースキャロライナから直通のグレイハウンド・バスはないので、乗り換えをしなくてはならず、お気の毒に、その人は家に帰るまでには、2日、あるいは3日くらいかかったかもしれない。

看護婦さんは言う。
「彼は、飛行機に緊急着陸をさせることになって、みんなにとても迷惑をかけたと言ってるわ。でも、私、彼に言ったの。飛行機が一度停止したことで、コンピューターの欠陥が分かって、あなたは大惨事を救ったかも知れないのよって」
なるほど、そういう意味では、彼は救世主だったかも知れない。何が幸運につながるのか、私たちには判断がつかないのだから。

なにはともあれ、半日遅れて、飛行機は無事キューバに着いた。とにかく、乗客は誰ひとり、この緊急着陸ひと騒動について文句を言う人もいなかった。また、急患になった人にもやさしい声をかけている人たちを見て、温和なカナダ人気質を感じた出来事だった。

暗闇に
輝き浮かぶ
満月は
静かな夜の
沈黙深め

(2014年7月31日号)



 
 


 
 
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