米国東部メイン州 ペマクイッド半島        
絵のワークショップに参加して


〈 トロント・ 牧野憲治 〉

世界的ベストセラーになり、翻訳もされている「Leadership and Self-Deception…Getting Out of the Box」という本に「人はたいがい、自分でもそれとは気付かず自ら作った箱の中にいる。そこから出ないと、会社であれ、家庭であれ、真の人間関係は築けない」と書いてあります。
絵を描くこともそれに似たようなところがあります。それで年に1、2回どこかのワークショップに参加して自分の小さな箱から脱出しようとするわけです。今年はアメリカ東岸メイン州のペマクイッド半島(Pemaquid Peninsula)にあるワークショップに出かけました。

旅程は、メイン州の海辺に別荘を持ち、ここ25年間、毎夏出かけているという友人のドイツ人夫妻に、ドイツ式の詳しいコーチを受けて作りました。まず、行きはトロントから HWY 401 でオンタリオ湖北岸を東に走り、モントリオールの道路工事を避けるため、手前のコーンウオール から南下してニューヨーク州に入る。さらに東に向かい、シャンプレイン湖に面した町で一泊。翌日、湖をフェリーで渡りバーモント州、ニューハンプシャー州を経てメイン州に入り、海辺のミッドコースト地区に位置するペマクイッド半島最南端に何とかたどり着きました。
走行距離は約1,250キロ、走行時間は約14時間。


▲ペマクイッド半島の最南端

次々と通過した小さな田舎町は、小さな教会あり、市役所あり、あっという間に通り過ぎるダウンタウンありで、オンタリオの田舎町と似たようなものだと思いました。ただ民家の造りはほとんどがれんがではなく白のアルミサイディングで、きれいに刈られた浅緑の芝があり、やはりなんとなくニューイングランド的だと感じました。
アメリカ国旗を掲げている家が非常に多かったのは、アメリカ建国記念日を近日中に控えていたのとサッカーワールドカップ(W杯)にアメリカのチームが出場していたためもあると思われますが、アメリカはつい最近まで世界の警察官を自認(オバマ大統領は否定)、軍隊を世界各地に送り込んでいるため、軍隊とその家族をサポートし、愛国心をことさら高揚する必要・傾向があるのだと思われます。


▲ペマクイッド灯台


▲ルピナスの花

ペマクイッド半島はこの地域に数多くある半島の一つで、その最南端に白い灯台が建っています。この一帯は見るからに剣呑(けんのん)な感じの岩場に囲まれ、1827年にこの灯台ができたあとも大きな遭難事故が何回かあったそうです。6月中旬の海の色は少しグレーがかった独特の冷たい美しさがあり、何度も見とれていました。この時期はまたメイン州を代表する大柄な花 Lupine(ルピナス)の最盛期で、紫、白、ピンク色の花がいたる所に咲き乱れていました。

さて、ここで長年にわたり、年1、2度ワークショップを行っている画家 Skip Lawrence(スキップ・ローレンス)氏は、ロサンゼルスやニューヨークでもワークショップを開いています。彼の絵に対するアプローチと彼の絵自体も気に入ってやってきたのは事実ですが、じつは、ここを選んだのは、ここで本場のロブスターをしっかり食べようと思ったのも動機でありました。

集まった絵描きはカナダから5人、アメリカから6人の計11人でした。スキップは美術大学で教えていたこともあって、絵画の構成、色彩などの理論にも詳しいのですが、それよって制限されるのはだめだという主義です。その点で「自己の箱から出よ」という前述ベストセラー本の考えと一致しています。

ワークショップは月曜日から、みんなそれぞれの目的を秘め、またそれぞれの画材を使って自由勝手に始まりました。スキップは自分でも絵を描いたり、またラップトップとプロジェクターを使っていろいろなカテゴリーの、有名またはほとんど無名な画家たちの絵について意見を述べたりします。
ときには個々の画家のところへやってきてしゃべったり、進行中の絵にコメントをするといった調子です。面白くかつ良かったのは、水曜日と金曜日の午後3時から全員集まって、ワインを片手にそれまでに描いた絵を気楽に批評することでした。


▲TOWARD THE LIGHTHOUSE (Sold) 牧野憲治・作

私は80%出来上がったと思われる黒い海と灯台の抽象画を出し、「これに灯台からの光を何らかのかたちで加えたい」と言いました。スキップはやや疑問を持ったようで、結局、みんなで多数決を取ってみようということになり、結果は「この絵はこのままの方が良い」が大勢を占めました。
制作テーブルに戻って、大勢の意見を尊重しつつ、それでも光を入れる可能性をイメージしながら、じっと絵を見つめていると、メリーランド州のボルティモアから来ていた画家が寄ってきて、「私はこの絵が実に好きだ。このまま署名してくれれば買い取りたい」「え!?」というわけで、この絵は現在、灯台の光なしでボルティモアの彼女の家の壁に架かっています。


▲TO THE LIGHTHOUSE 牧野憲治・作

仕方なく(?)今度は明るい海の灯台を描きました。
絵は、特に抽象画はどこで終わりとするかが難しい。ある時点から描けば描くほど悪くなるということもあります。ピカソが実際に絵を描いているドキュメンタリーがありますが、彼はああでもない、こうでもないと10回ぐらい構成、色などを変えたあげく、「これでこの絵はまったくだめになった」と放棄する場面があります。


▲海辺のレストランからロブスター漁船の入港を見る


▲水揚げされるロブスター。「今日の値段は?」

さて、ロブスターが新鮮で安くてうまいことは間違いありませんが、ここで漁師が受け取る代金がパウンドあたり$3−$6ということなので、トロントと比べて格段に安いかというと、それほどでもありません。
印象に残ったレストランは、入り江に張り出した広いデッキで、入ってくるロブスター漁船の水揚げ作業を眺めながら食べたところでした。ここでは今まで見たこともなかった種類の、かなり大きな貝の蒸し料理も大変うまい。
しかしワイフは、「いくらロブスターがおいしいといっても、番号を呼ばれて、ペーパープレートにのせられたロブスターを取りに行くのは、いかにもアンチロマンチックだ」とぼやいていました。

一週間はあっという間にたち、労力の結晶のカンバスを慎重に車に積み込み, すっかりおなじみとなったペマクイッドの岬と灯台をあとにしました。帰路は行きより簡単でニューヨーク州に入ってから後は、単調なハイウエー I(アイ)90号線に乗って今度はオンタリオ湖の南側をまっしぐらに西へ西へと走るだけ。


▲ニューヨーク州フィンガー湖近くのB&B民宿

夕暮れとなり、もう全くアキアキし、十分にくたびれたところで、ようやく目指した、カナダ人観光客も多く来るフィンガー湖リゾート地域に到着しました。ところが最初に行ったホテルは満室。現在国際ワイン会議をやっていてどのホテルも満員だと言われ、出発前ネットで予約を取ろうとして出来なかった理由が分かりました。
しかし幸い、そのホテルの実に親切なマネジャーがB&B民宿を見つけてくれて助かりました。フィンガー湖のほとり散策の予定は消えましたが、コーネル大学の研究所を退職して以来この農家でB&Bを経営しているという70代の女性の話題は豊富でした。また、出してくれた翌日の朝食は自慢の自家製卵、ジャム、パンケーキ、庭で取れたフルーツなど立派でした。


▲アルブライト・ノックス美術館。アンディ・ウォーホルの絵を使って次期展覧会を予告


▲アルブライト・ノックス美術館の野外彫刻

翌日は、前日長距離をカバーしたおかげで、バファローの有名なアルブライト・ノックス(Albright-Knox)美術館で十分な時間を取ることができ、苦あれば楽ありと喜びました。アンセルム・キーファー(Anselm Kiefer)の巨大な大作「The Milky Way」(381 x 563.9 cm)は圧倒的で見応えがあり、またルーカス・サマラス(Lucas Samaras)の鏡張りの部屋「 Room No.2」に入って奇妙な感覚を経験しました。


▲Anselm Kiefer「The Milky Way」381×563.9 cm


▲Lucas Samaras の「Room No.2」の中に入る

バッファローを出てピース・ブリッジを越えると、もう見覚えのあるオンタリオ州。やはり安堵(あんど)感を覚えました。 帰りの走行距離は約1,150キロ、走行時間は約12時間でした。 
〈おわり〉

(2014年8月14日号)



 



 
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