相続法の基礎知識(オンタリオ州編)
〈その1〉なぜ遺言書が必要か?


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美〉


▲スミス希美(のぞみ)弁護士

皆さん、はじめまして。オンタリオ州弁護士のスミス希美(のぞみ)です。今月から毎月1回、オンタリオ州の遺産相続法に関するコラムを担当することになりました。日本と勝手が違うゆえ、知らないと困る情報や、一般的に関心が高いトピックなどを取り上げていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
さて、第1回目は、「なぜ遺言書が必要なのか?」というテーマでお話させていただきます。この質問こそ、ふだん私が最もよく聞かれる質問でもあります。

遺言書とは何か?
遺言書(Will)とは、ご自分の死後、残された財産をどのように分けるかについての希望を伝えるための法律文書です。遺言書は、遺言者が死亡した時点で効力が生じます。
この遺言書には大きく二つの役割があります。一つは、遺言執行人(Executor)の指名。もう一つは、エステート(Estate)と呼ばれる死後の財産、すなわち「遺産」の分配方法を指定することです。

「遺言執行人」とは、遺言内容に従い、遺産の管理・処分を行う人のことを言います。まず、遺言執行人は、あなたの死後の全財産を執行人の管理下におき、その中から葬儀代や税金、債務、その他の諸経費を支払います。その後、遺言書に基づいて、遺産の分配を行います。遺言執行人の選任には、ご家族やご友人など、あなたが信頼できる第三者を指定することが重要です。

次に、遺言書の中では、あなたがご自分の遺産を「誰に、どのように、どのくらい残したいか」を自由に指定することができます。これは、愛するご家族のためだけではなく、ご自分の通っているお寺や教会の未来の発展のために、また、チャリティーなどへ社会貢献のために自分の遺産を分けることもできるのです。

このように、遺言書は、自分が主体的になって、生前に築き上げた大事な財産の行方を決める大切な法律文書なのです。

遺言書を残さずに死んでしまったらどうなるの?
それでは、遺言書を残さずに亡くなった場合は、一体どうなるのでしょうか。
端的に言いますと、大変面倒なことになる場合が多いのです。共有名義の財産(例:銀行のジョイントアカウントや共有名義の不動産など)や、受取人が指定されている生命保険やレジスタードプランを除き、残された資産は凍結されてしまいます。 仮に、銀行に亡くなった方の死亡証明書を持って行ったとしても、「遺言書はありますか? ない場合は、無遺言(むいごん)の法的手続きを取ってきてください」と言われます。



この「無遺言(Intestacy)のための法的手続き」が実は煩雑(はんざつ)なのです。日本では、無遺言による遺産の処分について裁判所は関与しませんが、こちらではそうはいきません。オンタリオ州では、遺産の大きさに関係なく、無遺言で死亡した人の遺産の管理・処分を担当する遺産管理者(Estate Administrator)を裁判所を通して指名しなければなりません。そして、無遺言による遺産の分配は、法律に従って決められた法定相続人(Heir)に、法定相続分が与えられることになるのです。

この手続きには、時間も費用もかかります。裁判所での手続きが完了するまでの現在の平均待ち時間は、6〜8カ月。そのための法律費用は、遺言書を作る費用に比べると、はるかに高いものです。

煩雑さはそれだけではありません。法律では、婚姻関係にある残された配偶者から子へと、血族関係をたどりながら、法定相続人になる資格者の順序は決まっています。しかし、法律に基づいて遺産が分与されるため、亡くなった方の希望に反して遺産が分配されることがよくあります。
その顕著な例が、別居中の方の突然死。別居中とは言えど、離婚が成立するまで、法的には婚姻状態にあります。そのため、遺言書を残さず亡くなったことにより、別居中の配偶者に遺産の大部分が渡ってしまうことがあるのです。この場合、何も残されなかった子供と、遺産を受け取ることになったその子供の親との間で、対立が生じることも少なくありません。

このように無遺言は、遺産の扱いについてあなたの意思は尊重されないだけではなく、予期しない結果を招くことになりかねないのです。

無遺言で死ぬと本当に政府が遺産を持って行ってしまうのか?
「遺言なしで死亡した場合、政府に遺産を取られてしまうのですか?」
カナダ人からも日本人からも実によく聞かれるのがこの質問です。先ほどお話したように無遺言で死亡した場合は、法律によって法定相続人になる資格がある者の順序が決まっています。したがって世界中どこを探しても血族関係(Next-of-Kin)にある法定相続人が見つからない限り、遺産が政府に取られてしまうことはありません。しかしながら、もしご自分にカナダ国内外に親族がいない場合は、最終的に政府に遺産が行ってしまう可能性は消えませんので、チャリティーへの寄付などの対策が必要です。

大切な財産と残された家族を守るために
このように、遺言書は、あなたが長年築き上げてきた財産をどう処分するかを自分で決めるための大事な文書です。遺言書がないことによって、残されたご家族が悲しみにくれるとき、ストレスを加えてしまうことにもなりかねません。遺言書を作ることは、ご自分の財産だけでなく、残された家族を争いやストレスから守るためのものでもあるのです。

次回は、遺言書と同じくらいに重要で、ないと困るもうひとつの法律文書、「財産及び身体の世話に関する委任状(Power of Attorney for Property and Personal Care)」についてお話します。

【お断り】このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及び(筆者が所属する)ダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見または見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士などの専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分に関する相談などを取り扱う。
連絡先は、電話:905-383-3331(内線:226)、または E-mail : zoe@dermody.ca

(2014年10月23日号)



 
 


 
 
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