ブラジル北東沿岸の旅(前編)
レンソイス(Lencois)砂漠に魅せられて


〈 トロント・牧野憲治 〉

ボリウッド(Bollywood)映画で最高の興行成績を記録、また日本の外国映画アカデミー賞を獲得した「3Idiots」のラストシーンに出てくるインド北部のラダック(Ladakh)。映画自体も面白く素晴らしいのですが、それにも増してこのラダックの風景に打たれ、次に行くところはここと思っていました。

しかし調べるにつれ、到着する飛行場がすでに高度3000メートルを優に越えていることや時差などを考え、また前にヒマラヤのアンナプルナで高度800メートルくらいから徐々に登ったにもかかわらず、3500メートル前後で味わった軽い高山病のことなども思い出し、ややおじけづいてきたとき、たまたまレンソイス砂漠の写真を見ました。


▲レンソイス砂漠のラグーン

「ありゃ! あのラダックの風景に非常に感じが似ているな!」。そして「高度はないし、時差もないに等しい1時間だ」から「この世界で最も白いといわれている不思議なブラジルの砂漠へ行こう」との決断に至るまで、あまり時間はかかりませんでした。ワイフもほっとした様子で賛成。

「不思議な」というのは、この砂漠は普通の砂漠の定義にはあてはまらないという意味です。砂漠の定義の一つは、年間降雨量が250ミリ以下だそうですが、この赤道に近く、アマゾンの少し東に位置するレンソイス砂漠の場合は、1200ミリぐらい降るといわれています。

大量の雨が雨季の1月から5月にかけて集中して降り、真っ白な砂漠の中に大小の数え切れないほどの幻想的な青いラグーン(Lagoon=池、湖)を造り出すのです。そしてこれらのラグーンは、年間平均最高気温約30度と強風のため、10月には蒸発と地下浸透などでほとんど消えてしまうのだそうです。

レンソイスは正式にはレンソイス・マランヘンセス(Lencois Maranhenses)で、「マランハオ州のベッドシーツ」という意味だそうです。この国立公園は約1500平方キロもの領域をカバーしています。ちなみにトロントの広さは約630平方キロです。

私たちは9月初頭の出発をめざし、2月ごろから地元の旅行会社と計画・交渉をはじめました。
旅程は Maranhao 州の首都 Sao Luis から出発して隣の Ceara 州の首都 Fortaleza まで約900キロ。レンソイスから始まるブラジル北東の道なき大西洋岸を、各地域ごと運転手付きの4×4ピックアップトラックやボートを乗り継ぎ、約2週間かけて旅するというものでした。

この旅行会社でただ一人英語が出来るという女性は、1、2度電話で話したかぎり、ほがらかで親切そうでしたが、「かゆいところに手が届く」とは正反対のブラジル気質をもって対応してくるので、数々のメール交換でも最後まで不明な点が残り、かなりやきもきさせられました。「郷に入れば郷に従え」の訓練と考え、多少不安ながら契約を完了しました。


▲Sao Luis の古いコロニアル・タウンの家々の屋根


▲Sao Luis コロニアル・タウンの古い街路


▲Sao Luis コロニアル・タウンにある美術・博物舘の入り口

Sao Luis は1612年にフランスが設立、オランダの占拠を経て、ポルトガル領となるなどの歴史を持っています。泊まったホテルの近くに植民地時代の面影を十分に残した街があります。そこを歩きながらコロニアル風の建物を鑑賞したり、主に古いタイルを収集した美術・博物館をのぞいたり、ごちゃごちゃしたマーケットの中でなかなか悪くないブラジルビールを試飲したりしました。


▲4×4ピックアップトラックで初めてレンソイス砂漠に入る

翌日、ハイウエーをしばらくバスで行った後、待ち合わせていたトヨタの4×4ピックアップトラックに乗り換え、うしろのオープン座席に乗り込みました。胸に自分の名入りのTシャツを着たドライバーは、私たちの荷物をしっかり詰め込み、ほほえみながら手まねで(彼は英語が全く話せない──後続の他のドライバーたちもみんな同じ)前のバーにしっかりつかまるように、また「何か用事があるときは車の屋根をたたけ」と指示し、レンソイス国立公園の一部に突進して行きました。

全く整備されていない高低の激しいジャングルの中の砂道を、予想を超えた猛スピードで2時間ほど突っ走って宿に着きました。このスピードはかなり深い砂地の道で、途中故障して動かなくなることを防ぐために必要なのだと理解しましたが、のんびり気分や長距離飛行の疲れなどいっぺんに吹っ飛んだ感じでした。


▲レンソイス砂漠にて。筆者とドライバー


▲レンソイス砂漠のラグーンに近づく

鶏が走り回り小猿も出てくる宿の庭園で昼食をとり、また4×4に乗り、いよいよ砂漠に出かけました。しばらく行くと、突然という感じで、写真で見た見渡すかぎりの白の別世界が目の前に現われ、感動。ワイフ共々、最初は声も出ませんでした。

あとで YouTube を見て 分かったのですが、ここの砂はほとんどが石英(Fused Quartz)なので、これほど白いのだそうです。近くの川からいったん海に入った砂が強力な波にもまれ、洗われ、それに耐えて残った砂サイズの石英が波で海岸に押し上げられ、さらに常に存在する超強風にあおられて陸地を覆っていく。何千年もかかってこのような砂漠地帯を形成したということです。


▲レンソイス砂漠のラグーンで泳ぐ筆者


▲レンソイス砂漠を裸足(はだし)で歩く

翌2日間も4×4でレンソイス砂漠中の違った地域に行き、砂の上を裸足で歩き、信じがたい青さのラグーンで泳いだりしました。昼食時、とり料理で有名だというレストランで、手まねのドライバーに薦められて初めてブラジル国民ドリンクのカクテル「カイペリーニャ」を飲みましたが、その強さにワイフ共々ノックダウンされました。


▲レンソイス砂漠の近くのみやげ物屋で水を汲む少女

そのレストランではそういう人たちのためにハンモックがいくつか用意されていて、私たちもそれで1時間ぐらい休眠して回復しました。本場のカイペリーニャは40度を超えるカシャサという蒸留酒を使いますが、私たちに特に気前よく入れてくれたのかも知れません。

私たちが選んだホテルは3つを除いてはみんな小さな、いわゆるブティックホテルでしたが、面白いことにすべてヨーロッパ人オーナー・経営のホテルでした。


▲大西洋の浜辺、イタリヤ人オーナーのスイート(Suite)の庭でくつろぐ

最初がイタリア人、次がスイス人、またイタリア人、フランス人、イギリス人、オランダ人。共通点は、だれもホテル経営経験はあまりなく、最初来たとき、この未開発の大自然の魅力のとりこになり、永住の夢を持ったとのことのようでした。

しかしこのようなブラジルの発展途上地で役所から建築許可を取り付け、コントラクターを雇って建物を建てるのは至難の業であり、その勇気に感心しました。
イギリス人オーナーは、「数え切れないほど頭をかきむしり、怒り心頭に発することもあったが、そのたびに目の前の膨大に広がる大西洋岸に出て、自分はどうして今ここにいるのかをあらためて問い、また気力を回復した」と言っていました。

【写真撮影:牧野憲治/牧野レネー】

〈次号につづく〉

(2014年10月30日号)



 



 
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