【生前葬手記】

お世話になった方々に感謝の気持ちを込めて
80歳を迎え、生前葬を執り行いました


〈トロント 遠藤 康熙 (えんどう・やすてる)記〉

【編集部より】
トロントに移住して40年、歯科技工士としてのビジネスを始めて55年(横浜での開業を含めて)、そして結婚50余年、今年数え年で傘寿(さんじゅ=80歳)を迎えた遠藤康熙さんはこれを機に10月25日(土)、生前葬を行った。
「日本人男性の平均寿命がだいたい80歳といわれています。数字的にもきりのよいところで、生きている間にお世話になった方々に感謝の気持ちを込めて生前葬を行うことにしたのです」と語る。
式は、トロント郊外アクトンにある遠藤さん所有のキャンピングトレーラーを保管するグラウンドの敷地内で行われた。

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▲生前葬の祭壇に飾られた遠藤 康熙 (えんどう・やすてる)さんの遺影 

1935年5月20日,僕は樺太で6人兄弟の末っ子として生まれました。その後、両親が戦前、北海道を点々としたのち、東京板橋に移り住みました。そこで東京大空襲にも遭いました。3歳のときに小児まひを患いました。それ以来、両親、兄弟から虐待を受け、不幸な幼年少年期を過ごしました。


▲孤児院時代の遠藤さん(左端)

そのため12歳の時、独立独歩を志しました。時まさに敗戦直前とあって、都市も荒廃、人心も同様でした。戦時下とあって食事もろくに与えられず、自分から進んで東京多摩小平市の孤児院に入りました。終戦近い1945年8月の頃だったと思います。

そこは緑の丘の赤い屋根ではありませんでしたが、ラジオでは「鐘の鳴る丘」と連続ドラマ「君の名は」が大流行していました。今は昔の物語です。街中を浮浪児が闊歩(かっぽ)し、進駐軍にチョコレートやチューインガムをねだったあの日あの頃です。ここには両親兄弟もいない浮浪児がたくさんいて、戦後間もない時代に僕も孤児院に入れたことは幸いでした。

その孤児院で初めて先生や看護婦さん、用務員の方々の温かい愛情を受け、自分自身の可能性の再発見を見いだしました。幼年期の家庭教育の重要性を感じ取ったのもこの教育環境の中からでした。

したがって、僕にとっては孤児院「整育園 Orphanage 」の多田富士夫園長ご夫妻こそが僕の真の親父であり母であり、わが故郷であります。のちに園長夫妻が私達の仲人役も務めて下さいました。

その養護学校(孤児院)に17歳で卒業するまでお世話になりました。その付属病院の歯科室にて歯科技工士の見習いとして学び、一方、定時制高校に通学して教育を受けました。

終了後、20歳で歯科技工国家試験に合格。東京から横浜に移り、「遠藤歯科補綴研究室」を設立、開業しました。27歳のときに妻、安子と結婚。2児の父親となりました。

33歳まで歯科技工学術委員長として東京、川崎、横浜で活躍しました。さらに横浜青年会議所に入会し、40歳で卒業。JCI―Senator に推薦され、1974年にカナダ、トロントへ移住。5年後1979年にカナダの Registered Dental Technologist (RDT)を取得、日本人初の RDT となりました。

と同時に「Endow Dental Arts Studio, Inc.」を開業、 1976年に新企会 「The Association of Japanese Canadian Businesses and Professionals 」創設に参加 。1997 年より College of Dental Technologist of Ontario(CDTO)の試験委員に任命され、2001年7月1日に CDTO より感謝状を授かりました。


▲モーツァルトとフォーレの鎮魂ミサ曲を聴きながら生前葬の準備を待つ遠藤さん


▲孫娘の小町(12歳=左)、同じく孫娘の絵心(9歳=右)。テーブルのグレープフルーツは礼拝後、会葬者に持ち帰ってもらった

1998年「 Canada JCI Senator」及び 「The Board of Trade Club 」にも入会し、現在に至ります。このたび傘寿になるのを機に、生前葬を吉田エドワード牧師のご教示及びご指導により10月25日挙行いたしました。


▲吉田エドワード牧師の説教と会葬者が歌う賛美歌があたりに響きわたる


▲長男ケイトさんが、賛美歌や「千の風になって」「聖者が町にやって来る」などを演奏


▲式後、ほっとして会葬者と吉田牧師(右端)、安子夫人に感謝の言葉を述べる遠藤さん

式には知人・友人の皆様およそ60名が参列してくださいました。感謝申し上げます。なお、当日不行き届きがありましたことを深くお詫び申し上げます。

人生に生老病死の四苦があるとするならば、これからは元気に楽しくあと20年くらいは生きながらえ、憎まれっ老翁(こ)世にはばかりながら終活を続けます。
神様(カミ)からのお呼びがかかるまでは下記(シモ)からの招へいがない限り往くことも出来ません。
引き続き三回忌の準備中につき、皆々様のご協力とご賛同をお願いいたします。
Donating Your Body To Plastination, North American Body Donor. 

謹告  遠藤康熙 (パロディスト)

〈ご協力者〉
友人代表:Werner Volksen
生前葬儀委員長: 安藤昭助
生前葬儀副委員長 :遠藤寧子(やすし=次男)
牧師 :ニューライフ教会 吉田エドワード
施主 :Blue Spring Funeral Home, Mr. Ian Passmore
賛美歌演奏者 :遠藤卿人(けいと=長男)
写真撮影:Jennathon Tran, Benny Ng
飲食提供:鳥市ケータリング社、角エンタープライズ

(2014年11月6日号)



 
 


 
 
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