ブラジル北東沿岸の旅(後編)
興味深い人々との出会い、大西洋岸の滞在楽しむ


〈 トロント・牧野憲治 〉

レンソイスの中心部を離れ、大きな川をスピードボートで次の宿泊地に向かったとき、たまたま同乗した2人の若い女性がボートドライバー兼ガイドの通訳を買って出てくれ、大いに助かりました。
1人はドイツ人で外交官資格を取ったばかり。ポルトガル語が出来るので、次はブラジル駐在を期待しているとのこと。もう1人はブラジル人のエネルギー関係専門の弁護士で、今回この地域での開発事業(彼女いわく日本の三菱関連の会社も絡んでいる)にたずさわる法律チームの一員となったので、観光を兼ねてサンパウロから下見にきたのだと言っていました。

ボートを乗り換え、ようやく着いた4部屋しかないユニークなブティックホテルは、旅行会社からの予約の詰め(Confirmation)がなかったため、私達の到着は予想外。しかしイタリア人のオーナーは、これは自分たちの落ち度だとして、快く大きなオーナー用スイート(Suite)を明け渡してくれました。


▲私たちの前を行くデユーンバギー(Dune Buggy)の女性たち

しかし夕食の準備が出来ないので、デユーンバギー(Dune Buggy)に乗って近くのレストランに出かけることになりましたが、そこでたまたまフランス人夫妻(二人とも医学者)と彼らの通訳・ガイドに会い夕食を共にしました。

だいぶ前に彼らのパリの家に日本人の同僚医学者がホームステイしたそうで、そのとき抱いた日本人の気質に関する疑問が話題となりました。長年温存していた疑問を解決するのはこのときとばかりに彼らは次々と質問を出し、フランス文化、日本文化の相違にも触れる話となりました。
フランス語、英語のできる闊達(かったつ)な若いガイドの女性も、日本人グループをガイドした経験があり、また日本の放送局が半年かけて作ったレンソイス・ドキュメンタリーのDVDも持っていると言って会話に参加、意外な面白い夕食となりました。


▲幅100メートル余と思われる大西洋岸を行く。左にかすかに波の寄せる海岸が見える

翌朝、ボートで川を越えて大西洋岸にもどり、別の4×4に乗り込み、今度は幅100メートルくらいもあると思われる大西洋岸の真っすぐでフラットな砂浜の水際を、壮大に広がる海を左に見ながら何十キロか走りました。


▲カドミアムレッド色の鳥 Red Ibis が生息する島

その後、またスピードボートに乗り換え、マングローブの生い茂った入り江をめぐり、夕方には、何百羽というカドミアムレッド色の赤い鳥(Red Ibis)が一夜の宿を取るために、群れをなして集まる島の近くに船を停め、島がカドミアムレッド色に埋まっていくのを見ました。


▲フランス人建築家が建てた日本的な感じのあるブティックホテル「シック(Chic)」

その名も「シック(Chic)」というフランス人夫妻(二人とも建築家)が建てたブティックホテルは、彼らの日本建築物への憧憬、また禅庭園の知識などを反映していて十分その名に値(あたい)すると思いました。彼らは設計図をすべてフランスで引いたのでずいぶん時間が節約できたそうです。

しかし彼らに突然訪れた大問題は、隣接地にエネルギー開発の可能性を探るドリリング(発掘)が行われるということでした。当局との話し合いは難渋でらちがあかず、結局、国際メディアに訴え、海外からの環境保護団体も加わったキャンペーンを張って中止させたとのことです。
近頃こういう話は珍しくはありませんが、その当事者から直接話を聞いたのは初めてで,不安、苦労のほどが察しられました。


▲貿易風をフルに活用するウインドミル

このブラジルの発展途上地で、エネルギー需要上昇は必至であり、それにどう対応するかは避けられない問題でしょう。この解決策の一端としてこの辺りから Ceara 州の州都 Fortaleza にかけて、貿易風を利用したウインドミル(風車)が目を見張るほど多数建設されています。オンタリオ州のウインドミルは賛否両論に分かれ、あまり進展していないことを思い出しました。


▲Raft に乗って川を渡る


▲2度目のかなりタイトな Raft 乗り。ここまで来るとブラジル人気質がかなり乗り移り「心配ない、ない」

また4×4に乗り込み、そのたびに新たな様相を示す大西洋岸を走り、2回ほどあぶなっかしげな Raft(いかだ)にトラックといっしょに乗り込んで川を渡り、この地域最大の観光地ジェリコアコアラ(Jericoacoara)に到着。
しかしここでも地面、道路はすべて砂地なのに驚きました。そして多数の観光客はほとんどがブラジル人のようで、やはりポルトガル語オンリーの世界でした。


▲ジェリコアコアラ観光地の砂地のメインストリート

幸い滞在したホテルのマネジャーと受付の日本人(三世か四世)の女性は英語ができるので大いに助かりました。「風」というお寿司屋ではオーナーの日本人三世の女性と話し、また別のレストランでは剣道3段で道場も持っているという日本人(三世か四世)がウエーターでした。
考えてみるとブラジルは世界最大の日系人の居住地といわれていますから、こんな僻地(へきち)でも日系人との出会いはそれほど珍しくはないのだと思い至りました。


▲ジェリコアコアラで日系三世が経営するお寿司屋「風」の前で、筆者 


▲パラダイス・ラグーンにて。カイペリーニャで乾杯する筆者の夫人


▲パラダイス・ラグーンで水中ハンモックをエンジョイする筆者

このホテルから日帰り旅行でデユーンバギーに乗り、あらゆるポスターに載っている有名な海辺の奇岩を見物、そしてパラダイス・ラグーンでは次第に慣れてきた強い酒カイペリーニャを飲み、海中ハンモックで波にゆられながら流れの遅い時間を楽しみました。


▲4×4でクンブコ(Cumbuco)に向かって大西洋岸を走る途中、見た漁師と魚。魚はこの地方ではカムルピン(Camurupin)と呼ばれ、1匹の重さが30キロくらいあるという


▲さっそく浜辺でうろこ落とし作業。うろこは直径4−5センチくらいある。乾かして糸でつなげばランプか何かの装飾用となり、みやげ物屋で売っている

最後の宿泊地クンブコ(Cumbuco)は、行って見るまで全く知らなかったのですが、ここは、Kite Surfing(凧サーフィング)の世界の首都といわれる所でした。凧サーフィングの世界ランキング1位、2位、6位の人たちも在住しており、世界中の凧サーファーが集まってくる所だそうです。

現に私たちが宿泊したオランダ人オーナーのホテルにも12人グループのオランダ人サーファーたちが滞在していました。もとオランダ人のワイフは、少々錆(さ)びかかったオランダ語で彼らの生きのいいオランダ語と対応し会話を楽しんでいるようでした。


▲凧サーフィングのメッカ、クンブコの浜辺で凧サーファーを見ながら大西洋にお別れ

凧は空に舞い上がっていると小さく見えますが、地上で見るとかなりの大きさです。これが強烈、コンスタントな貿易風をはらみ、これまた強烈に押し寄せる大西洋の波に乗ったサーファーが、サーフボードごと空中に飛び上がったりするのを見ながら、ブラジル大西洋岸の最後の日を惜しみました。
〈おわり〉

(2014年11月6日号)



 



 
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