相続法の基礎知識(オンタリオ州編)
〈その2〉ないと困る委任状


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

今回は、生前の「もしも」に備えるための法律文書である「委任状」(Power of Attorney)についてご説明します。第1回目のコラムでお話した「遺言書」に比べると知名度は低いようですが、委任状は遺言書と同様、もしくはそれ以上に大切な法律文書です。

もしものときの「委任状」とはなにか?
オンタリオ州では、事故や病気、認知症や何らかの障害などのために、自分のことを自分で決められなくなってしまったときに必要になる「委任状」と呼ばれる法律文書があります。契約社会、訴訟社会であるカナダでは、委任状がないと金融機関や医療機関が取り合ってくれないこともあります。



このような委任状には二種類あります。一つは、ご自分の財産を管理できなくなったときに、財産の管理を任せる代理人を任命するための「財産管理のための継続委任状」 (Continuing Power of Attorney for Property)。

この委任状によって、代理人は、委任状作成者の動産と不動産を含むすべての財産を管理することになります。代理人の権限は幅広く、日常の銀行取引だけではなく、生活費や医療費、公共料金の支払い、ローンの返済、税金の申告、投資の管理、年金の受け取り、自宅を含む不動産の管理・売却まで担います。もし委任状作成者が、交通事故などにより障害を負った場合は、その事故による補償金や保険金の受け取り、また、本人の代理人として訴訟に参加することになります。

もう一つは、医療行為などの身体のケア全般について決めてもらう代理人を任命するための、「身体の世話のための委任状」(Power of Attorney for Personal Care)と呼ばれるものです。この委任状で指名された代理人は、委任状作成者が意思不能に陥った際に、本人に代わって、衣食住、栄養、健康、医療、安全、身体の世話に関わること全般について対応することになります。

ちなみに、このタイプの委任状は、1996年の法律改正によってオンタリオ州に導入された比較的新しい制度です。もし、それ以前に委任状を作った方は、身体の世話については含まれていない可能性が高いので、一度書類を確認してみてください。



ところで、ここで登場する 「Attorney」という単語は、カナダでは、弁護士ではなく、委任状で任命された代理人のことを指します。

委任状と遺言書の違いについて
ときどき、遺言書と委任状を混同する方がいらっしゃいますが、これらはまったく別の文書です。遺言書は「死後」の財産処分のために使われる文書であるのに対し、委任状は「生前」に使われ、意思能力がなくなってしまったり、弱くなったときに使われます。そして、ご本人の死亡と同時に、委任状もその効力を失います。

委任状がないとどうなるのか?
委任状がないと、どうなるのでしょうか。まず、財産管理のための委任状なしには、たとえ夫婦であろうと、親子であろうと、必要な銀行取引はできません(ジョイントアカウントを除く)。委任状がないと、あなたの財産は、オンタリオ州政府の機関である Office of the Public Guardian and Trustee(OPGT)が、自動的に法定財産後見人(Statutory Guardian)となり、その管理下に置かれます。

家族の者を財産後見人(Guardian of Property)に任命するためには、裁判所に申し立てる必要があります。しかし、この財産後見人を選任する裁判手続きは煩雑(はんざつ)で、時間も費用もかかります。

一方、身体の世話のための委任状がない場合は、法律で定められた身体の世話のための決定者の優先順位に従って、主治医や医療機関と話し合うことになります。ただし、この優先順位は、必ずしもご本人の希望の人物と一致しない場合があるので、そのためにも委任状を作成することが重要です。

また、延命措置をはじめとする特定の医療行為の拒否など、身体のケアについて特別な希望がある場合は、その希望を委任状に組み入れることができます。このような希望をまとめた文書は、よく「リビングウィル」(Living Will)と呼ばれたりしますが、遺言書(Will)とは全く関係がありません。



委任状の作成は元気なうちに
このように、委任状は、代理人が委任状作成者の財産を管理・処分したり、健康管理や医療行為の決定を行うことができる強い威力を持つ法律文書です。その反面、一歩間違えば、委任状が代理人によって乱用されたり、詐欺目的で使われ、財産が減ってしまうことにもなりかねません。したがって、代理人の選定は慎重に行わなければなりません。

委任状作成の際には、代理人が法的にできること・できないことなどの役割の確認をはじめ、委任状の内容について弁護士から説明を受け、ご本人が理解した上で、署名することが重要です。

ちなみにオンタリオ州では、財産関係の委任状は18歳以上、身体関係の委任状は16歳以上から作ることができます。実は、「もしも」のことが起こりうる「生前」期間が長い、若い人ほど必要な文書なのです。手遅れにならないよう、ぜひ元気なうちに委任状を作っておきましょう。

【おことわり】このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見または見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士などの専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美(のぞみ)弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分に関する相談などを取り扱う。
著者への連絡は、電話:905-383-3331(内線:226)、または E-mail: zoe@dermody.ca


【編集部より】「知っておきたい 相続法の基礎知識シリーズ」第1回の記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」の項をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックス」をクリックすると見られます。

(2014年11月20日号)



 
 


 
 
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