レースに魅せられユーコンで犬26匹と暮らす
日本女性唯一の犬ぞり師、本多有香さん


25歳のとき、犬ぞりレースのマッシャー(犬ぞり師)になるため日本からカナダにやってきた本多有香(ほんだ・ゆか)さん。あれから16年の間に、念願かなって、過酷なレース「ユーコンクエスト」(全長1600キロ)に参加すること3回。2012年にはついに完走を果たした。


▲ホワイトホース市内のマイルズキャニオンにて、本多有香さん。ここはユーコン河源流にあたる(撮影/佐藤日出夫)


▲2012年「ユーコンクエスト」レース中、湖上を進む有香さんのチームを上空から見る(撮影/佐藤日出夫)

有香さんは1972年、新潟県生まれ。岩手大学農学部を卒業後、新潟県土地改良事業団体連合会で女性第1号の技師として勤務。しかし、2年半で退職し、カナダへ。

現在はユーコン準州ホワイトホースから南に50キロほどの森の中に自分のキャビンを持ち、犬26匹と暮らしている。電気も水道もない。女性がたったひとりで極北の地に移り住み、犬ぞりレースにかける夢とは・・・? 


▲本多有香著「犬と、走る」(集英社インターナショナル発行)の表紙

有香さんのマッシャー人生をつづった著書「犬と、走る」が2014年4月に刊行された。壮絶ともいえるレース模様、それにかけるための準備、出会ったかけがえのない人たちや犬たちとのふれあいなどが克明に書かれている。感動なくしては読めない本である。

日本女性唯一のマッシャー、本多有香さんに犬ぞり人生をうかがった。

■犬ぞりに興味を持ったきっかけは?

大学3年生のとき、その頃では格安の「イエローナイフでオーロラを見るツアー」に参加しました。確かにオーロラはすばらしかったんですが、そこで犬がそりを引いている様子を見たのです。レース用のアラスカンハスキーが一生懸命にそりを引いているの見て、オーロラより感動しました。
「よし、いつか自分で犬ぞりを引き、レースに出てみたい」と強く思うようになったのです。もともと犬好きでした。家でも飼っていましたし・・・。

■どのようにして犬ぞりとのかかわり合いをもつことができたのでしょう。

カナダ観光局にグラント・ベックというカナダチャンピオンを4回獲得しているベテランのマッシャーを紹介してもらい、メールしました。「お金は要りません。何でもしますから置いてください」と。ずいぶんたってから彼からオッケーの返事をもらってグラントのいるノースウエスト準州イエローナイフへ。1998年のことです。そこでハンドラー(犬のお世話がかり)として朝早くから夜まで働きながらマッシャーのことを学びました。

■有香さんが犬ぞり師になることに周囲、特に家族の反対は?

家族はもちろん、職場の人たち,友人たちはみな大反対でした。でも、行けば何とかなる、もしなれなかったらまた日本で仕事をさがせばいい、くらいに考えていました。
医者だった父は私が出発する前にガンで亡くなりました。厳格な父でしたが、子供を枠にはめることはしませんでした。でも変わり者でした。私も父に似たのかもしません。

■目的の「ユーコンクエスト」へ参加する道のりは?


▲自分の犬たちと走るトレーニング(2014年2月、撮影/佐藤日出夫)

犬ぞりレースに出場するためには、レース犬の確保とエントリー料金が必要です。レースによって料金はちがいますが、「ユーコンクエスト」になると2万ドルを用意しなければなりません。優勝者には3万ドルの賞金が与えられますが、それはあくまでも優勝したらのことです。
自分で犬を持っていない時は借りるわけですが、それもいろいろたいへんです。


▲地図A〈地図制作/(C)鈴木成一デザイン室〉

レースに出場するための予備体験や知識のため、イエローナイフからユーコン準州のドーソンシティーまでバスで行ったり、ハンドラーの職を求めてドーソンシティーからアラスカまで行くのに中古の自転車を買って出発したりしました。実際には途中でトラックに自転車ごと載せてくれた人や助けてくれた人のおかげでやっとの思いで生きて目的地に着くことができました。

■レースに出るための資金稼ぎは?

これまでに、ビルの清掃、警備員、レストランの皿洗い、イベント会場でのチケットもぎり、ポスター張り、花火の打ち上げ人、パン工場の夜勤、模擬試験採点、果てはフーテンの寅さんよろしく「たたき売り」もやりました。これらは主に日本での仕事です。資金稼ぎのためにときどき日本へもどり、働ける口があれば何でもって感じですかね。

また、つてを経てオーストラリアまで行って、トマトもぎの仕事もやりました。とてつもない広大なトマト畑での機械と手作業もやりました。よかったのはトマトが食べ放題だったこと。いろいろな事情で思ったほど資金稼ぎにはなりませんでしたが、そこで出会った人たちとの交流、カナダとまたちがったオーストラリアの大自然に触れることができたのがよかったです。

■2012年に念願の「ユーコンクエスト」を完走したときの感想は?


▲地図B ユーコンクエストルート地図〈(C)鈴木成一デザイン室〉

それまでに2度、途中で断念していますから、なんとしても完走したかったので、ゴールに着いたときは感無量でした。2月4日、アラスカ州フェアバンクスを出発し、ゴール地点ユーコン準州のホワイトホースまでの1600キロを12日間と1時間28分で完走しました。犬は出発時13匹でしたが、途中けがなどではずし、最後は7匹になりました。


▲2012年「ユーコンクエスト」レースのチェックポイント、カーマックスにて(撮影/佐藤日出夫)


▲2012年2月16日、ついに念願の1600キロ「ユーコンクエスト」を完走した有香さん(撮影/佐藤日出夫)


▲完走後、インタビューを受ける有香さん (撮影/佐藤日出夫)

これまでいろいろなレースに出場しましたが、一番印象に残っているのは2006年の「Copper Basin 300」というレースです。約500キロ足らずのレースですが、チームの一体感が強く、訓練が成功した年だったからです。

■厳寒の中での過酷なレースに借金までして出たい、その魅力とは?


▲本多有香さんと犬たちの世界(奥が有香さんのキャビン、2011年6月。撮影/佐藤日出夫)

犬たちと一緒に毎日辛いトレーニングをして、レース本番で一緒にゴールを目指すのが楽しいのです。
2011年に念願の自分のキャビンと犬を持ち、文明とは縁のない生活をしています。キャビンの名前は私の好きな宮沢賢治にちなんで「銀河エクスプレスケンネル」とつけました。
犬たちの成長を見ているとわくわくするのです。テレビなど要らない。電気のない生活は逆に人間の脳の活性化を促すのです。

■2014年4月に著書「犬と、走る」を出版されましたが・・・


自分の今までのストーリーを話すことでお金にならないか、という提案がありましたが、自分のことを話すのが苦手なので書くことにしました。最初は日記のようにエッセー風に書いていました。でもノンフィクションの内容にふさわしい文体に直しながら作業して、書き上げるまでに1年以上かかりました。これまでにお世話になった方々への感謝の気持ちも込めて書きました。

ひとりでも多くの方に犬ぞりのことを知ってほしいですし、レースのことも知ってほしいですね。

■今後もレースに挑戦されるのですか?

できる限り続けていきたいです。犬ぞりレースでは、「ユーコンクエスト」よりさらに約300キロほど長い「アイディタロッド」という過酷なレースがあります。今年初めて、これに挑戦するつもりです。

■ 本多有香さんのウェブサイト
http://more.justhpbs.jp/YukaHonda/index.htm

◎著書「犬と、走る」
発行所:集英社インターナショナル
定価:1700円+税

*本書注文は、J-TOWN内、OCS Japanese Book Store でも受け付けています。
TEL:905-415-0611
Eメール:subs@ocscanada.ca
ウェブサイト:www.ocscanada.ca

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〈インタビューを終えて〉

本多有香さんのインタビューはメールを通してお話を聞きました。彼女のことは著書「犬と、走る」が朝日新聞の読書欄で紹介されて知ったのです。本を取り寄せて読み、壮絶なレース展開に、まず、ふつうの若い日本女性がやることではない、一体、どんな人だろう、と興味を持ちました。
日本で会社に勤めているときは皆と飲みに行ったり、ふつうに若い女性が興味を持つことに関心も持っていたそうです。しかし、著書を読んでいくうちに彼女は、究極、最高のロマンチストではないだろうか,と確信しました。
ここでは有香さんのマッシャーとしての過酷な体験や壮絶なレース展開の詳細を読者に届けられないのが残念です。それは著書を読んでいただくしかありません。
今年、世界で最も長く過酷な犬ぞりレース「アイディタロッド」に挑戦するという本多有香さんの健闘を心から応援したい。

〈取材・いろもとのりこ〉

(2015年1月1日号)



 
 


 
 
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