【トロント公演】

「『ゼロ・アワー』〜東京ローズ 最後のテープ」
製作/演出アーティスト、やなぎみわさんに聞く


やなぎみわ演劇プロジェクトによる演劇「『ゼロ・アワー』〜東京ローズ 最後のテープ」は、2月21日(土)午後、トロント日系文化会館(JCCC)小林ホールで上演された。この日は大雪という悪天候に見舞われたが、会場は満席となる盛況ぶりであった。

太平洋戦争のさなか、日本のラジオ局からアメリカ将兵向けに流したプロパガンダ放送を担当した日系米人女性アナウンサーのストーリーで、戦場で放送を聴いていたアメリカ兵の間では、見たことのないアナウンサーを「東京ローズ」と名付けるなど、アナウンサー側とリスナー(聞き手)側の間に親密な関係が出来上がっていった。しかし、それが戦時中であったことと、対米謀略放送であったということが問題化し、戦後、女性アナウンサーはアメリカで国家反逆罪の容疑で裁かれることになる。

これは実際にあった話をもとに製作されたドラマで、舞台では「東京ローズ」とされた日系米人女性アナウンサー、Annie Yukiko Oguri をはじめ5人の女性、それに米兵役の男性と放送局職員役の男性が登場。やなぎさんが企画した「案内嬢プロジェクト」との連携を企図した内容になっている。

JCCC小林ホールの観客席は全席指定で、ぎっしり埋まった。その会場の座席4カ所に昔の国民型受信機(ラジオ)を1台ずつ置いて、古い時代のジャズ音楽や戦時中のラジオ放送を模したアナウンスを流すなど、演出効果を高めていた。

○    ○    ○


▲やなぎみわさん

やなぎさんは、1967年神戸市生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。現代美術家。現在、京都造形芸術大学教授。
演劇活動は2010年に始まる。「やなぎみわ演劇プロジェクト」を立ち上げ、「1924海戦」で劇場での初めての公演を果たす。2012年には「1924人間機械」で京都、高松、東京で美術館を巡業。日本の近代美術への興味から、日清戦争期におけるパノラマ館をテーマにした「PANORAMA」を「鳥の劇場」で上演。その改訂版となる「パノラマ〜鉄道編〜」を自身がプロデュースした大阪の鉄道芸術祭で上演した。
こうした一連の活動の中から、案内嬢パフォーマー養成の必要性を強く感じ、案内嬢プロジェクトを発足。アナウンス、講談、身体表現などのトレーニングのためのワークショップを企画するようになる。
「『ゼロ・アワー』〜東京ローズ 最後のテープ」は、2013年夏、あいちトリエンナーレ2013の主催で、横浜の神奈川芸術劇場、名古屋の愛知県芸術劇場で初演された。
今回、ニューヨークのジャパンソサエティの招へいにより、北米ツアーが実現したもので、ニューヨーク、ワシントンDC、ボルチモアを巡ったあと、トロントを訪れた。トロントのあとロサンゼルスが予定されており、5週間かけて5都市を巡演することになる。やなぎさんにとっては初の海外公演である。

○    ○    ○


▲舞台風景(2月20日JCCC小林ホールで行われたリハーサルにて)撮影=大橋デーブ


▲(撮影=大橋デーブ)

本紙は、本番2日前の2月19日、リハーサル中のやなぎみわさんをJCCCに訪ね、お忙しい時間の合間にお話をうかがった。

「東京ローズ」を手がけることになったきっかけは?
演劇プロジェクトを立ち上げてから、プロパガンダ・ブロードキャスティングを演劇にしたいと考え、それをテーマにした「『ゼロ・アワー』〜東京ローズ 最後のテープ」を企画しました。
「東京ローズ」の前に日清/日露戦争を描いた巨大な絵画「パノラマ画」を制作しています。これらに共通しているのは、メディアが あるということです。たとえば、ラジオ=声、映画=映像などをテーマにしたものです。あとは、芸術と政治の関係。歴史の中でそれがどう関わってきたか、です。人間に及ぼす影響は何かを探ることが大切だと考えます。

「東京ローズ」で訴えたいものは?
何を訴えたいかと言われれば、プロパガンダとなってしまいます。私は、写真も映画もやってきたし、今は演劇もやっています。
その中で発信するメッセージとは、プロパガンダです。ただ、これは一言で言えない、とても理解されにくいのです。
受け取る側に分かりにくい、でも、そうしないといけない。アートとはそうすべきものなのです。


▲(撮影=大橋デーブ)


▲(撮影=大橋デーブ)

登場する女性たち「案内嬢」の役割は?
案内嬢は私のドラマを案内する役目、つまり、ドラマを説明する係であり、舞台を進行する役割を果たしています。
日本では「エレベーターガール」という女性がいますが、これは大正時代にヨーロッパから輸入された職業で、モダニズムのシンボルとなったのです。
ちなみに、案内嬢のコスチュームは、公演ごとに変わりますが、全部、私がデザインしたものです。

アメリカでの公演の反響は?
歴史に関心がある人、ダンスやドラマに興味がある人など、反応はさまざまでした。ただ、「東京ローズ」の存在については、反論が出るということはありませんでした。
ニューヨークでは、日系アメリカ人の方が、「とても良かった。感動した」と言って下さいました。やはり考えることが多いテーマですね。

海外公演で苦労することは?
まず、出演者の英語の台詞(せりふ)です。ふつうの日本人がアメリカ人の役を演じるわけで、俳優としてはいちばん苦労しています。
ラジオ東京と、そこで放送していた女性アナウンサーたちは本当にあったことです。私のドラマの出演者は東京、大阪、京都から来て、英語の特訓をするなど、相当に努力してきました。
舞台には5つの白いテーブルがあって、丸く並べると真ん中に穴ができるので「ドーナツ」と呼んでいますが、今回、ニューヨークでこの「ドーナツ」を作ってトラックで各公演先に運搬してきました。しかし、トロントのあと、ロサンゼルスまで運ぶのは遠くて大変なので、あちらで別に作ります。


▲2月21日、上演終了後、観客との質疑応答に応じるやなぎみわさん(右)。左は通訳の女性(JCCC小林ホール)撮影=大橋デーブ

「東京ローズ」の北米公演にあたりコメントを一言どうぞ。
私はカナダ、トロントは初めてですが、日系カナダ人に接することができて良かったと思っています。
ラジオ東京「ゼロ・アワー」 の中にもバンクーバーのジュン・スヤマという日系人のアナウンサーがいました。戦時中、NHK「ラジオ東京」の花形アナウンサーだったと聞いています。
東京ローズは、米兵が勝手に付けた名前です。リスナーが作ったものなのですが、でも、彼らのアイドルだった。 私は、ドラマの中で、彼女たちがどのように声を届けて、どのように変容していくかを中心に描けたらいいなと思っています。

〈取材・色本信夫〉

(2015年2月26日号)



 
 


 
 
(c)e-Nikka all rights reserved