コロンビア・カルタヘナ(その3)
船で島巡り、ローカル色を大いに味わう


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

朝6時。空は明るい顔を見せ始めている。船に乗って島巡りをする日だ。南米コロンビアのカルタヘナ(Cartagena)はカリブ海に面しており、近辺にはいくつかの小さい島がある。

この切符を買ったのは、こんないきさつがあった。前日、ボトルの水を買うために、ホテルから雑貨屋に向かって歩いていた。その時、ある若い男性に呼び止められた。夫はローカルの人と話すのが大好きで、それが旅の楽しみのひとつのようでもある。二人が話しはじめると、その人は島巡り観光の宣伝をしている人と分かった。

彼によれば、一日船に乗って、ふたつの島を訪れ、昼食付きで一人25ドルというのだ。道から奥に入ったオフィスには誰も入ってこないので、こうして路上で勧誘しているのだった。私たちは、彼から翌朝に出る船の切符を買うことにした。ホテルで買えば100ドル近いから、かなりの節約ができた。

港には何隻かの船がいた。が、私たちの船は思っていたより簡易な船だった。座る所は椅子ではなく、横に長い板だった。午前8時の出発は9時半になった。
ようやく出発だ。80人くらいは乗ったかもしれない。案内人が乗客に出身地を尋ねる。半数はコロンビアの首都ボゴタから来ている人だった。あとは地元の人たち。乗客のほとんどはコロンビア人であり、外国からの観光客は4、5人といったところだ。


▲旧市街をあとにして・・・


▲海にはこのように堅固な要塞(ようさい)が・・・

さて、船の中。船に乗ると、私たちの向かいにいる家族はすぐにお弁当を広げた。祖母と母親と3人のこどもの一家族のようだ。彼らが朝のお弁当を食べ終えたあと、十代の女の子が私と一緒に写真を撮らせてほしいと言ってきた。
「どうして、私の写真を撮りたいの?」と不思議だったが、東洋人は珍しいと思ったのだろうか。私はこの家族とカメラにおさまった。私も彼らの写真を撮った。


▲親しくなったコロンビア人の家族(お母さんは写っていない)

写真を一緒に撮った機会に、その家族の男の子は、私と遊びたいと思ったのか、私の席の前を行ったり来たりする。それで、私はこの子と問答をはじめた。

私「名前は?」
「ガブリエル」
私「何歳なの?」
「9歳」
私「おかあさんはいくつ?」
「37歳」
私「あら、すごく若いのね」

今度は、彼に聞かれた。
男の子「おばさんは、何歳?」
私「いくつだと思う?」
彼は床を見て、真剣に考えている。
男の子「55歳」
「わあ、うれしい! 55歳だなんて」
こう言うと、隣の夫が「本当はもっと年とってるよ」とちょっかいを出した。

「それじゃ、あなたのおばあちゃんはいくつ?」
男の子「55歳」
なんだ。この子は年を重ねたような人は誰でも55歳だと思っているらしかった。

しかしこんなふうに、思いがけなくペイン語基礎会話をする機会があって、楽しかった。そして、分かったことは、こんなことだった。つまり、
おばあさん(現在55歳)は、18歳で娘を産んだ。
男の子の母親(現在37歳)も18歳で長男を産んだ。
男の子の兄(現在19歳)は17歳で子どもができた。

私と一緒に写真を撮らせてほしいと言った女の子は、実は、男の子の兄嫁だった。2歳の子は、この若いカップルのこどもであった。

この家族はみんな、ずいぶん若くして子供を持つんだなと感心する。北米でもスペイン系の人たちだけが出生率を高めているというニュースはどこかで読んだが、この家族は典型的な例かもしれない。彼らは十代で子供を産み、子だくさんになるのだと実感する。

船内を見まわすと、一家族が大勢で参加しているのが分かる。彼らのグループには、必ず祖父か祖母がいる。核家族になってしまっている北米ではあまり見かけない風景であった。祖父母と一緒の屋根の下に住むというのも、けっこう魅力的に見える。


▲船内でお父さんがダンスするのを見て大笑いする子供たち

最初に着いた島は、セントマーティンという島。ここの水族館が有名だとかで観光スポットになっている。が、私は水族館は遠慮した。


▲泳ぐというよりは温泉にでもつかっているような雰囲気


▲埠頭(ふとう)で取りたてのエビらしきものを売っている人


▲小さな島に建っている家

再び船に乗り、1時間あまりで、「白い砂浜の島」に近づく。ところが、この辺りは水深が浅く、船は海に停泊したままだ。岸に行くためには小さなボートに乗り換えねばならないとアナウンスがあった。

一般に船には乗り降りするためにタラップ(階段)が備え付けられているが、この船には、そういうものはなく、簡易作りのはしごが取り付けられた。そのはしごを降りると、小さなボートは満員だった。船の乗客全員が乗り移ったのだった。

「これじゃ、重すぎて沈むんじゃないか」と夫は心配した。本当にボートは人でぎっしり詰まった。どこかの国の難民が乗り込むボートは、こんなふうかもと私は思った。

さて、ボートから降りたものの、岸には「はしけ」というものがない。それで、浅瀬ではあるが、ちょっと水の中を歩いて岸に着く。サンダルを履いていて、助かった!

やっと砂の上を歩くことが出来て、ほっとした。そして後ろを振り返ると、夫は威勢のいいおにいさんたちに囲まれている。何をしているのかと思ったら、彼らは牡蠣(カキ)の殻を開けて夫に次から次へと勧めている。

遠くで見ている私にも、「味見したら」と夫は呼ぶ。おにいさんたちは、私にも小さなカキをくれ、その上にライムをしぼってくれる。それはとても小さなカキで、7、8個が互いにくっついているようだ。
「うん、まあまあね」と思って味見していると、早い速度で次の貝を開ける。その速さと来たら、1秒か、2秒。次のカキが私の手のひらにのる。
私「もう結構」と言い続けるが、次のカキが私の手のひらにのる、という具合だった。

食べたあとは、料金の問題がある。
夫「いくら?」
「60,000ペソ」
夫「冗談でしょ」
「冗談じゃないよ。はじめのはプレゼントだけれど、あとのは、払ってもらわなくちゃね」
およそ30ドルと、彼らは言うのだ。

夫を含めて、彼らは、また輪になって値段のやりとりをしている。こういう場合、やはり地元の言語で交渉する利点を、私はおおいに感じとった。威勢のいいおにいさんたちは、なんとなく態度が柔らかくなっていった。そして夫は、適当と思われる料金を払うと、彼らは文句を言いながらも、 次の観光客をめがけて引き上げて行った。

のち、夫は言う。
「彼らの攻撃的な押しつけは、ちょっとやり過ぎではあるけれど、それでも、麻薬を売るなどのギャング仲間にも入らずに、ああやって、なんとか生活し続けているんだ。だから、まあ、大目に見てあげなくちゃ」


▲ランチ。「ユカ」という地元の芋(いも)を揚げたものにライス。この魚はすごくおいしかった

ランチを食べ、10分ほど海で泳ぐ。やっぱり、夏の海で、とても暖かかった。すると船のサイレンが鳴った。もう帰る時間だというのだ。
「ええっ。あんなに時間をかけて、ここまで来たのに、もう帰るの?」
時計を見れば、3時半。
「このきれいな海を眺めていたかったのに」と思うが、慌てて荷物をまとめ、ボートに行く。


▲海に停泊している私たちの船が錨(いかり)を下ろしている所。問題の簡易はしごはまだ下ろされていない

まず、来た時と同じように足をぬらしてボートに乗る。今度は2回に分けて乗客を運んだから、前よりは混んでいなかった。ボートが船に近づくと、それからが大変だ。

当然ながら、ボートから船への通路となるはしごを上らなくちゃいけないが、このはしごは波とともに揺れ動いている。錨(いかり)は下ろされているが、波というものは、大なり小なり、常に動いて、はしごをも泳がせている。

はしごの最上段まで上り詰め、次に右足を船にのせようとする。が、はしごが揺れて、船から離れてしまう。足は船に乗らない。「わぁ!」と声を出し、やっとのことで船客係の青年に抱きかかえられるような形で船に飛び乗ることができた。私は、一瞬、空中を飛んだに違いない。

波というものは年齢を問わず、地元民、観光客の区別なく、誰にでも等しく揺れるのだった。コロンビア人にとってはなんでもないことだったけれど、私たちはこのはしごにはちょっと緊張した。


▲カリブ海の夕日

船を降りると、あの家族と再び写真を撮った。もう二度と会わない人々だろうけれど、いい思い出になった。この日は、こうしていろいろあったけれど、コロンビアのローカル色をおおいにエンジョイした一日だった。

「旅は、お金をかけない方が面白い旅になる」と言ったのは、小説家の開高健だが、百パーセント同感できた。

デッキにて
ひとり海見る
少年の
ラニングシャツに
風ふき抜けて

(おわり)

(2015年3月5日号)
                



 



 
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