カナダ西海岸で初の「錬士」称号を取得
空手のケン・マーチティラーさん
「武道習得は相手を倒すためではなく自分への挑戦!」


〈 取材・ビクトリア市 サンダース宮松敬子 〉


▲海辺でポーズを取る錬士ケン・マーチティラーさん(Photo by Enise Olding)

ケン・マーチティラー(Ken Marchtaler)さんが初めて武道に興味を持ったのは、まだテイーンエージャーだった1973年ごろのこと。当時若い男の子たちの夢は、かっこいいブルース・リーのようになることだった。マーチティラーさんもまさにその一人。だが、カンフーを習い始めたものの、ブルース・リーのような技や体躯(たいく)を得るには、気が遠くなるほどの努力が必要なことに気付くのに時間は掛からなかった。

当時北米で道場を開いていた先生たちは、 日本をはじめとする東洋の国々に軍関係の仕事で駐屯した際、技を習得した人が多かった。そのため武道には不可欠な精神的な要素は二の次で、とにかく強くなることが第一。大声でどなり、時には竹刀(しない)やベルトなどで容赦なく体罰を加えることも辞さなかったのだ。

そんな指導について行けず、マーチティラーさんは半年ほどで辞めてしまった。しかし武道というものにはそれからもずっと興味を持ち続けていた。だが、そんな思いとは裏腹に、大学卒業後の実生活ではカナダの大手銀行に就職し、銀行マンとして40代初めまで仕事をしていた。
中西部の町々での勤務もあり、中堅のマネジャーとして活躍したものの、ある時、トロントへの転勤を打診されたのを機に退職し、生まれ故郷である西海岸に戻って来たのである。

それまでには何度か出張でトロントにも行き、エキサイティングな大都市であることは知っていた。しかし彼の目には、行き交う人々はただ黙々と働くファクトリーワーカーのように映り、家族を伴って住みたいという決心はどうしてもつかなかった。

出身はバンクーバーだが、妻の家族がビクトリアでペイントのビジネスをしていたことで、海峡を渡ってビクトリア島に移り住み、しばらく家業の手伝いをしていた。と同時に、若いころ短期間ではあったが足を踏み入れた武道には興味を持ち続けていたため、中断期間はあったものの、1990年初頭から真剣に練習を再開していたのだ。

武道と一口に言っても、柔道、合気道、空手道、太極拳など幾つもある。そんななか、マーチティラーさんが特に興味を持ったのは合気道で、のちには仏教的な思想を重視する沖縄空手に強く傾倒するようになった。練習を重ねるうちに多くのトーナメントにも出場し、数々のタイトルも獲得するようになって行った。


▲尊敬する小林流(しょうりんりゅう)の中里周五郎範士(右)が渡米した時のワークショップにて

こうしてのめり込むほどに、世界的に名の知れた World Marital Art Game(国際武道大会)や、国際オリンピック委員会(IOC)と強い協力関係にあるThe Association For International Sport For All(TAFISA)などのイベントでカナダ側の役員として大いに活躍してきた。


▲2008年9月、2800人の参加を得て韓国・釜山で行われた TAFISA 主催の国際武道大会 で技を披露するマーチティラーさん

そして昨年12月には、黒帯伍段以上を保持する者のみが更に得られる3つのランク(錬士、教士、範士)の「錬士(Polished Master)」と呼ばれる最初の称号に挑戦し見事にパスしたのである。

カリフォルニアのチコ市(Chico)で行われたこの審査会は、4時間半もの長丁場であった。というのも、マーチティラーさんの場合は錬士を取る資格の出来る「黒帯伍」を同審査会でまず獲得し、次に錬士への挑戦を行ったため、心身共にこの上ない厳しいものであったと述懐する。
参加者は28人だったが、「錬士」を獲得したのは57歳のマーチティラーさん一人だけであった。ちなみにこの称号の保持者はオンタリオ州に6人ほどいるが、西海岸ではマーチティラーさんのみである。


▲「錬士」の称号を得たカリフォルニア州チコ市の審査会で

「統計的な裏付けはありませんが、大体、『黒帯初段』は100人に一人くらいの割合で持っているようです。でも、その後、『黒帯弐段』に進むのは大変なことなのです。世間一般では黒帯を持っていると、たとえそれが初段だとしても、すごい!と思われますが、これは大学を卒業してBAを得たと同じようなもので、単に基礎を学んだというだけに過ぎないのです」とマーチティラーさんは語る。

並みの日本人以上に、武道に精進しているマーチティラーさんの過去を知るほどに、さぞや日本とのつながりも深いかと思えば、訪日経験は2012年11月の一回だけ。スポーツの発展と振興に力を注いでいる東海大学での講演に招待された時のみで沖縄に行く機会はなかった。


▲東海大学での講演

東海大学では、「若い世代と武道、西と東の融合」を演題に、カナダを含む北米での武道の発展について語ったが、来年には再度の訪日を予定しており、その時はぜひ沖縄を訪れてみたいと言う。
カナダでも講演依頼は多い。特に学校で若い学生たちに向けて話す時は、「自己啓発の重要性」にふれ「正しいことを正しい時に正しく行う」ことを説いている。

2001年ビクトリア市内に道場を開き、「Warrior Martial Wellness Centre」と命名した。ここには男女を問わず100人ほどの生徒が通ってくる。年齢は3、4歳くらいの幼児からシニアまでと幅が広い。過去には、マーチティラーさんの母親も練習に励み、75歳でオレンジベルトを獲得するまで指導したという逸話もある。


▲数々の写真や賞状が飾られた道場 Warrior Martial Wellness Centre

飽きっぽい子供の練習を長続きさせるには、年齢別に小さなグループに分け、同年代同士で切磋琢磨(せっさたくま)できるようにすることが重要で、たとえ3歳くらいでも、結果が目に見えるように工夫することで興味が湧き、姿勢よく座るなどの基本的なことはすぐに覚えるという。


▲子供用に作成した練習カード。技を取得するたびにスタンプが押される

武道の習得は相手を倒すためではなく、「あくまでも自分への挑戦」と強調するマーチティラーさんの目はゆるぎない自信に満ちている。

(2015年3月19日号)



 
 


 
 
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