相続法の基礎知識・オンタリオ州編〈その9〉
突然の退去通告〜残された家は誰の家?


〈 オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

今回は、遺言書を作る段階でも、相続開始の段階でも、よく受ける相談の一つである、残された同居中の家族の問題についてのお話です。次の事例を見てみましょう。

(例)トロント郊外で母親と生涯同居してきた独身の太郎。毎月生活費を少し入れていますが、この家の名義は、母親の名前で登録されています。元気だった母親が突然亡くなり、葬儀を終えて家に帰ると、家の鍵が変えられていました。そして、家の入り口には次のような張り紙が・・・。

「太郎へ 直ちにこの家から退去すること。花子より」

亡くなった母親の遺言書には、姉の花子が遺言執行人(Executor/Estate Trustee)に任命されていました。母親の遺産は、花子と太郎、そして弟の次郎の間で三等分するという内容でした。突然の花子の行動に戸惑いと憤りを感じる太郎は、弁護士のところへ相談に行くことにしました。




問題になりやすいパターン
上のような事例で問題になりやすいのは、家の持ち主が死亡した被相続人のみの名義であること、被相続人の家族の一人が同居していること、相続人が同居人を含み複数名に及ぶことが対立を招く主な要因となります。
この同居中の家族は、親子関係に限らず、祖父母と孫の同居や、再婚相手名義の家に住んでいた場合などが挙げられます。なお、同居している人が未成年や学生、子供などの扶養者(dependants)の場合は、このパターンに当てはまりません。

死後の財産はいったん遺言執行者の管理下に置かれる
オンタリオ州のような英米法体系に基づく州や国では、死亡した人の財産は、いったん被相続人の遺産財団(Estate)に帰属し、最終的な遺産の分配まで、遺言執行人(Executor/Estate Trustee)のもとで管理・運営されます。ですから、太郎の母親の家は、遺言執行人である花子の管理下に置かれることになるのです。

遺言書の中で、母親は自分の家を太郎に遺(のこ)すという指定も特にないため、遺言執行人は家を売却する準備を開始します。遺言執行人の花子にとっては、母親の家を保全・修繕し、良い状態で売りに出すことが、遺産の管理者としての役目です。
その結果、遺言書に特に指定がない限り、太郎には母の死後も、この家に住み続ける権利がありません。その結果、太郎は退去するまで、無権利居住者(squatter)として扱われることになってしまうのです。

事前に話し合いもなく、行動に移った花子の例は極端かもしれませんが、このような展開は決して珍しいことではなく、太郎のような同居中だった家族と、遺言執行人との対立は否めません。




無権利居住者の例外
ただし、このような無権利居住者の問題にも例外があります。それは、住んでいた家が夫婦の自宅(matrimonial home)であり、夫婦の一方のみの名義になっており、残された配偶者を含む複数の相続人が存在する場合です。

その場合、残された法律婚の配偶者には特別な法的保護が図られており、婚姻相手の死亡から60日間は、家賃なしでこの家に住み続ける権利があります。相続人が残された配偶者のみであれば、この家も遺産として相続するため、問題は生じません。

しかし、例えば、被相続人が再婚で、相続人が、残された妻と、被相続人とその前妻との間でできた成人した子供たち(step-children)を含む場合、その子供たちから、残された妻を追い出そうと圧力をかけるなど、遺族の間でもめることがよくあります。

残された同居中の家族を守るためにできること
太郎の例のように、同居中だった家族が無権利居住者扱いされないようにするためには、夫婦間やコモンローのパートナーの間で結ばれる、結婚契約書(Marriage contract)や同棲契約書(Co-habitation agreement)などで対応することができます。

また、遺言書の中でも対応可能です。実際によく使われるのは、被相続人名義の自宅を同居中の家族のために信託財産として扱い、信託を設立するという手法で、自宅信託(principal residence trust/house trust)と呼ばれます。太郎の例を取ると、次のような内容の信託を遺言書内に設立することがあります。

・私の死後は、太郎のためにこの家を信託財産にすること。
・太郎が生きている間、希望する限りは、彼をこの家に住まわせること。
・ただし、家の維持費、光熱費、保険代、税金などの一切のお金は、太郎がすべて負担すること。
・太郎がこの家を退去した場合は、遺産の一部として家を売却して、残された相続人の間で分配すること。




このような信託では、遺言執行人が自宅の管理・運営をし、同居中の家族に、自宅の持ち主の死後も居住権を与えることができます。ただし、同居人は、自宅の維持にかかるお金をすべて負担することになるので、このような信託が設立されても、金銭的に自宅を維持できなくなり、自宅を退去して、自宅の売却金を遺産相続として受け取るのを好む人も少なくありません。

しかし、同居人が新しい住居を見つけるまでの過渡期をスムーズにするためにも、このような方法は有効でしょう。また、「争続」にならないように、元気なうちに自宅信託について家族に伝え、理解を得ておくとなお良いかもしれません。

【おことわり】

本欄を通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、本欄で提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に、遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分、不動産に関する相談などを取り扱う。トロント市内での相談も随時受け付け中。
連絡先:電話 : 905-383-3331(内線)226
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(2015年6月18日号)



 
 


 
 
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