【ジャズ】
トロントと札幌を結んだグルービーなサウンド
「ノース・パンデミック・グルーブ」のバンドリーダー
門馬由哉さんにインタビュー


〈インタビュア&撮影:デムスキー恵美〉

世界のトップミュージシャンが名を連ねる音楽の祭典、トロント・ジャズ・フェスティバル。この一大イベントには毎年、サッポロ・シティ・ジャズの人気プロジェクト「パーク・ジャズ・ライブ・コンテスト」で優勝したバンドが招待される。


▲トロント市庁舎前広場メインステージで演奏する「ノース・パンデミック・グルーブ」の皆さん

今夏は、2014年度のグランプリに輝いた門馬由哉(もんま・ゆうや)さん率いるノース・パンデミック・グルーブ(North Pandemic Groove)が来演。6月27日、トロント市庁舎前広場のメインステージで開催された「ユース・ジャズ・ショーケース」では、カナダのナショナル・ユース・コンボ、米国・ボストンのバークリー音楽院バンド、ジョージ・ガーゾーン・カルテットと競演し、海外の大舞台で国際デビューを飾った。


▲門馬由哉さん


▲山田丈造さん


▲越智俊介さん


▲タイヘイさん

バンドはリーダーの門馬由哉さん(ギター)を筆頭に、山田丈造さん(やまだ・たけぞう/トランペット)、越智俊介さん(おち・しゅんすけ/ベース)そして、ドラムのタイヘイさんから成るカルテット。全員が北海道出身という、今、注目のジャズ・ファンク・ユニットだ。メインステージでの演奏を終えたばかりのバンドを代表して、リーダーの門馬さんにお話を伺った。

あまり緊張した様子は見られませんでしたが、大きなステージで国際デビューを果たした今の感想は。
初め少し緊張しましたが、すぐに慣れて、楽しんで演奏できました。日本での演奏だと、皆さん、普通に拍手して反応してくださるのですが、こちらは立ち上がったり、声をかけてくれたり、踊り始める人もいたりして、反応が直接返ってくるんですね。
演奏している側もそれを受けて、音で返してゆく。そういう関係が自然にできて、お互いが盛り上がってゆくという流れになったことがすごくうれしかったです。
それから、世界のトップアーティストがずらりと並ぶ、こういう大きなジャズフェスに参加させていただけたということに感動しています。とにかく、素晴らしい経験でした。

ノース・パンデミック・グルーブは、サッポロ・シティ・ジャズのコンテスト応募のために結成されたと聞きましたが、どういう経過でこのユニット結成にいたリましたか。
僕は東京で音楽活動していますが、当時、札幌で活動していたベースの(越智)俊介とドラムのタイヘイとで、いっしょにパーク・ジャズに出てみないか、という話になり応募しました。その時はまだ、ラッパがいなかったんですね。
そのノリで、じゃあ、ラッパも入れてみようということになり、二人の共通の友人、(山田)丈造を紹介してもらいました。快諾してもらえたのですが、彼に会ったのが本番の3日前。それから3日間、ライブを組んで演奏し、だんだん良くなっていったところで本番という流れでした。

結成3日後に、いきなり優勝というのが何ともすごいことですね。
初めから優勝しようなどとはまったく考えていなかったので、リラックスして楽しいステージを経験できました。そのあと、優勝と聞いて、全員もうびっくりでした。気負いがなかったのがかえって良い結果につながったのかもしれません。

結成からおよそ1年。その間に、このバンドから得た収穫は。
ジャズに深くかかわっていたのは、トランペットの丈造なんですが、このバンドメンバーは、皆、それぞれ得意とすることが違っているんです。そういう4人の個性が融合して、新しいものを生み出してゆくというプロセスが面白いですね。全員が曲を書きますから、アドバイスしあったり、新しいアイデアを発見したり、そういう過程の中でお互い影響しあって、多くのことを学んでこれたことが一番の収穫ですね。

ところでバンド名「ノース・パンデミック・グルーブ」はどなたの命名ですか。
メンバーでいろいろ話し合って決めました。まず、自分たちは北海道出身なので、ノースという単語を入れたかったんです。そして、北の方からグルーブを蔓延(まんえん)させてゆこう、というポジティブな意味合いをこめて、このバンド名になりました。

今年3月にリリースしたデビューアルバムでは、同じく過去にパーク・ジャズで優勝し、トロント・ジャズに来演した北海道出身、「工藤拓人トリオ」の工藤さんがピアノサポートで参加されていますね。道外で活躍してきた門馬さんの目から見た、北海道の音楽コミュニティーに対するご意見は。
皆すごく仲が良くて、いい関係にあると感じます。助け合ったり、アドバイスし合ったり、大都市などでは見られない強いつながりがあります。とにかく、熱いですね。同時に、音楽的にも高いレベルを求められ、実力で判断されるコミュニティーだと思います。

門馬さんのプロフィールには「音楽豊かな家庭に育つ」とありますが、具体的にどういった音楽環境で成長されたのでしょうか。楽器を手にしたのは、いつごろのことですか。
父親が趣味でギターを弾いていたのが音楽に関わる一番のきっかけでした。母親もピアノを教えていたので、小さいころから、両親が遊びでいっしょに演奏しているのを見て育ちました。親にとっても趣味なので、子供に演奏を強要することもなかったです。楽器も音楽もいつもそこにあるという環境でした。真剣にギターを弾き始めたのは中学2年生のころです。そのころはギターと並行して、吹奏楽部に所属し、チューバも吹いていました。

大学ではクラシックギターを専攻され、これまでにソロ活動も多く、ギターコンテストやコンクールで数々の賞に輝いていますね。門馬さんにとって、ギターの魅力とは。
クラシックギターを習いたいと思ったのは、楽譜を読めるようになりたいと思ったからです。それから、ギターの場合だと、バンド演奏以外にソロ活動も成立するところが魅力です。

門馬さんの音楽人生に大きな影響をもたらしたアーティストあるいは、音楽との出会いは。
小学生のころ、父親が「カシオペア」という、日本のフュージョン・バンドを聴いてみるよう勧めてくれたのですが、そのすごさにショックを受けて、半年間くらいギターに触ることさえしなくなった時期がありました。歌も入らず、楽器だけでメロディーをあんなにすごいレベルで演奏することなど、とてもじゃないけど自分には不可能に思えたのです。しかし、半年後くらいに、もう一度聴いてみよう、チャレンジしてみようという気になりました。
周りには音楽を共有する友人もいませんでしたので、それからというもの、部屋に閉じこもって、同じカセットを何度も何度もくり返し聴きながら練習、という日々でした。寝ても起きてもカシオペア、そういう時期がずっと続きました。自分が現在、ギターを弾いているのは、彼らのお蔭と言えるくらいです。一方的ですが、当時は本当にお世話になりました。

門馬さんは現在、アメリカ出身の人気歌手、クリス・ハートさんの日本全国ツアーにもギター奏者として参加していますね。
バンド演奏とは大きく異なるアプローチです。決められたことを忠実に美しく演奏することがサポート奏者の役割ですから、もちろん、アドリブなどは入りませんが、こういう大きなプロジェクト参加に声をかけていただいたことに感謝しながら、真剣に取り組んでいます。

さて、大きな国際ジャズ・フェス参加のあと、この4人のユニットでの演奏活動あるいは、新プロジェクトなどの構想はありますか。
7月には、札幌、旭川、せたな町などでの北海道ツアーがひかえています。そこで演奏して、また士気を高めていきたいと思っています。それから、次のアルバムにつながるような、新曲の制作にも力を入れていきたいです。今回のカナダ公演を通して、メンバーにも変化が見られ、以前よりも演奏することが楽しくて仕方がないという気持ちが強くなってきたのは確かです。そのほとぼりが冷めないうちに、このユニットで東京でも演奏する予定です。


▲聴衆からスタンディング・オベーションの賞賛を受けたあと、全員で喜びの記念撮影

【取材後記】
季節外れの肌寒い外気を吹き飛ばすかのように、この日(6月27日)、大テントの中では熱気に満ちた演奏が繰り広げられた。初参加のバンドにとっては、足がガクガク震えるほど緊張する大舞台だが、日本代表のカルテットからはそんな様子は感じられず、笑顔さえ見せながらの余裕の演奏を続けていたのが印象に残る。
特に、ジョージ・ガーゾーン氏率いるバークリー音楽院カルテットのモンスター級ジャズ演奏に圧倒されたあとでは、なおさらのこと、彼らが奏でる「Off Street」のメロディアスで語りかけるようなサウンドが、まるで澄み切ったオアシスのように感じられた人も多くいたに違いない。
そしてフィナーレのグルーブ感あふれる「Inside 2 illness」では、万雷の拍手とともに、スタンディング・オベーションの賞賛を受けた才能あふれる4人のジェントルマンたち。トロントでのライブ体験が彼らにとって、これからの音楽活動の大きなステッピングストーンとなり、近い将来、日本を代表する国際的なバンドとして羽ばたく日がくることを心待ちにしている。
〈Text & Photography : Emi Demski〉

(2015年7月9日号)



 
 


 
 
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