相続法の基礎知識・オンタリオ州編〈その10〉
相続を受けたら手当が打ち切りに?
障害者手当の受給と相続の関係


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

今月は、オンタリオ州の障害者手当の受給資格と相続の関係についてお話しします。次の例を見てみましょう。ちなみに、下の事例は先月の続編です。

母親の遺言書で遺言執行人に任命された長女の花子。生涯実家暮らしだった弟の太郎は、何とか新しい住居を見つけ、母親の実家も無事に売却できました。
遺産の管理も最終段階を迎え、いよいよ母親の遺言書に書かれた、「花子、太郎、次郎の3人で残余財産を等分すること」という遺言内容に従い、三等分した相続額が書かれた小切手を弟たちに届けました。
下の弟の次郎は、2年前の交通事故で、体が不自由になって以来、オンタリオ州の障害者手当(Ontario Disability Support Program =通称 ODSP)を受給しています。
その次郎から花子に電話がありました。相続分の小切手を自分の預金口座にデポジットしたところ、毎月支払われていた障害者手当を打ち切られてしまったというのです。
戸惑う次郎と花子は弁護士のもとへ相談に行くことにしました。




相続が福祉手当に与える影響
オンタリオ州の障害者手当である ODSP をはじめ、相続人が政府から何らかの社会福祉手当(Government Assistance / Welfare)を受給していた場合、相続を受けることで、一定額を超える金額を手にすると、新たな収入があったとみなされ、手当の受給が打ち切られることがあります。
現在の ODSP で許容されている現金収入の金額は、一部例外を除き、年間5,000ドルまでとされています。そのため、5,000ドルを超える小切手を自分の口座に預けた次郎は、すぐに手当の支給を止められてしまったのです。

次郎のように、ODSP などの福祉手当を受給している人が相続人になった場合、相続によって手当の受給が打ち切られないよう、その相続人のために信託(Trust)を設立する必要があります。通常、このタイプの信託は、遺言書の中で設立されるのがベストですが、そのような遺言書を残さなかった場合、手当を受給する相続人が自分が相続を受けることを知った時点で、対応するとよいでしょう。
また、遺言書による相続だけでなく、手当の受給者が生命保険(Life Insurance)の受取人(Beneficiary)に指定されていた場合も同様に信託の設立が必要になります。




相続人の中に ODSP 受給者がいる場合
次郎のような状況になった場合、まず、手当を受給している相続人ご本人に、担当の ODSP 事務局のケースワーカーに一度ご相談していただくようお願いしています。相続が、比較的少額の場合は、5,000ドルを超えていても、信託を設立する必要がないと判断されることがあるからです。
次に、ケースワーカーに相続用の信託を設立するように言われた場合や、大きな額の相続を受けることが分かっている場合は、弁護士に相談し、信託設立のための文書を準備してもらいましょう。
一度打ち切られてしまった手当を再開してもらうのは容易ではなく、時間もかかります。ですので、ODSP 受給者は、相続分の小切手をすぐにデポジットしないように注意しなければなりません。




できるだけ遺言書の中で対応を〜ヘンソン・トラストの利用
上の事例の次郎のような例を避けるためには、生前に遺言書の中で対応するのが得策です。
ODSP をはじめ、政府から何らかの手当てを受けている相続人には、遺言書の中で信託を設立するのが一般的です。このタイプの信託は、「ヘンソン・トラスト」(Henson Trust)と呼ばれ、相続人の手当の受給資格が相続によって影響を受けないよう考慮して設立されます。

遺言書内でヘンソン・トラストを設立する利点として、まず、信託に入れる金額が無制限であることが挙げられます。
上記で紹介した、被相続人の死後設立する信託の場合、その信託財産の資本額が10万ドルまでという上限があります。また、遺言書の中でヘンソン・トラストが設立されていれば、相続人が信託設立のために労力を使う必要なく、遺産分与までスムーズにことが進みます。
ですので、もし ODSP を受給するお子さんやお孫さんに少しでも遺産を残したいと願う場合は、ヘンソン・トラストの設立を考えるとよいでしょう。

ちなみに、実際の信託の運営ですが、通常、遺言執行人(Executor/Estate Trustee)がヘンソン・トラストの受託者(Trustee)となり、相続人の相続分を信託で管理することになります。そして、遺言執行人は信託目的に従い、信託財産の中から、相続人のために一定額までの現金を支払い、その他、相続人のためになるお金の使い方(必要な物品やサービスの購入など)をすることが許されています。




遺す人と遺される人の両方の視点から
このように、遺言書の作成は、遺(のこ)す側(=遺言者)だけでなく、遺される側(=相続人/受遺者)の事情も考慮して作成することが大切です。もし、今後、相続人の一人が障害を負い、ODSP の受給者になった場合、遺言書を更新する必要があるでしょう。




【おことわり】
本欄を通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見または見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、本欄で提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に、遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分、不動産に関する相談などを取り扱う。トロント市内での相談も随時受け付け中。
連絡先:電話 : 905-383-3331(内線)226
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(2015年7月23日号)



 
 


 
 
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