門司健次郎駐カナダ日本国大使
「外交とは国と国の関係だが、
それを担当する個人同士の信頼関係が重要」


〈インタビュア・色本信夫〉

▲門司健次郎駐カナダ日本国大使

【編集部より】この春、カナダに着任された門司健次郎(もんじ・けんじろう)大使にネットインタビューでお話をうかがいました。

門司大使は、1952年(昭和27年)北九州市生まれ。1975年東京大学法学部卒業、外務省入省。主に、条約、安全保障、文化交流を担当。在外は、フランス、オーストラリア、ベルギー、英国の大使館、EU(欧州連合)日本政府代表部に勤務。その後、外務省条約局審議官、防衛省防衛参事官を経て、2007年駐イラク大使、2008年外務省広報文化交流部長、2010年カタール大使、2013年パリのユネスコ政府代表部大使を歴任。
2015年4月より駐カナダ大使兼国際民間航空機関(ICAO)政府代表。日本酒造青年協議会「酒サムライ」として日本酒普及活動も展開。






カナダに着任されて3カ月余が経過しましたが、カナダの印象についてお聞かせください。

 何よりも、美しく豊かな自然に恵まれ、親切な人々の住む国という印象です。外国人を含め住む人々に優しい暮らしやすい国だと思います。
 オタワには4月半ばに着任しましたので、木々の緑が急激に広がり、日替わりのように次々と異なる花が咲き始めるカナダの春の訪れには本当に驚き、感激しました。これまでの人生の中でも最も自然に近いところで暮らせることに喜びを感じています。
 オタワの厳しい冬は未体験ですが、四季を通じてカナダでの生活を楽しみたいと思っています。

 また、カナダは、主要先進国として民主主義、人権、法の支配といった基本的な価値観を共有する国であり、日本とともにG7の一員であることから、特に外交面で親近感は持っていましたが、カナダの成立とその後の歩みや移民受け入れによる多文化社会の形成などについては詳しくは知りませんでした。
 着任してこれらを含むカナダという国の独自性を学ぶに連れ、日本とカナダの間では更なる協力の余地があると強く思うようになりました。

過去に在任された国(イラク、カタール、ユネスコ政府代表部など)で強烈に思い出に残るエピソードはありますか。

 カナダは、9カ所目の在外任地で、大使としては4カ所目に当たります。勤務したそれぞれの国がそれまでで一番素晴らしい任地だと感じられてきたのは幸運だと思います。


▲イラク治安部隊の兵士たちと写真に収まる門司大使


▲イラクのタラバニ大統領(当時=右)と会談


▲バグダッドへの出入りは米軍ヘリに乗って・・・

 最初の大使ポストであるイラクには2007年3月に赴任しましたが、イラク戦争後治安は最悪の時期にかかっており、反政府勢力やテロリストによる攻撃で、毎日100人以上の民間人が犠牲になっていました。
 私は国際地区内の大使館分館にいましたが、至近距離に迫撃砲やロケット弾が頻繁に着弾し、周囲で多くの犠牲者が出ました。強烈な振動と爆発音による迫撃砲の最初の洗礼は、それまで経験したことのないもので、まさに衝撃的でした。
 そのような危険な状況の下、日本は米国に次ぐ50億ドルという規模の人道復興支援を行い、イラクの国民から感謝されたことが印象に残っています。日本という国のイメージが良いことが外交をやり易くさせているというソフトパワーの効果を実感しました。


▲天皇誕生日のレセプション(カタール)


▲東日本大震災後、アルジャジーラ放送局の英語ニュースに出演(カタール)


▲カタールで初めて開催された「カワイイ・ファッションショー」にて

 次の任地のカタールは、豊富な液化天然ガス(LNG)のお蔭で世界一二を争う富んだ国になりましたが、カタールがLNG開発を進めようとしたときに、最初に、そして唯一支援した国が日本でした。いわば日本はカタール発展の恩人であり、カタールの指導者は日本にとても感謝していました。ここでも人々が日本に対して有する良好なイメージに助けられました。
 2012年は日カタール国交樹立40周年に当たり、カタール側と協力して1年に50ものイベントを実施しました。
 イスラームの国であるカタールでも日本のポップカルチャーは若者に大人気で、カタールで最初のカワイイ・ファッションショーとコスプレショーを大使館が主催し、大好評だったのが印象的でした。


▲富岡製糸場の世界遺産登録決定に対する謝辞を述べる門司ユネスコ政府代表部大使。隣は青柳正規文化庁長官と大沢正明群馬県知事(左端)


▲パリのユネスコ本部を初訪問した日本のアイドルグループと共に(ピカソの壁画の前で) 


▲ユネスコ代表部大使離任レセプションで挨拶する門司大使。左はボコバ事務局長と門司悦子大使夫人 

 直近のユネスコ代表部大使としては、和食の無形文化遺産登録、富岡製糸場の世界遺産登録、そして和紙の無形文化遺産登録と1年間に3件の登録を達成することが出来、日本文化の素晴らしさを発信することが出来ました。明治産業革命遺産の世界遺産登録も諮問機関の勧告公表前まで担当していましたが、今般、種々の困難の中で登録が実現したことを嬉しく思っています。

新任地カナダではどのような方針で日加外交を推進していくのでしょうか。

 日加両国は伝統的に友好関係にあり、これを更に発展させるのが大使としての任務ですが、その際に3つの分野に重点を置きたいと考えています。
 第1は、両国関係の基盤である経済関係の強化です。貿易面では、TPP交渉が最終局面に入っていますが、カナダを含むTPPの締結は極めて重要です。また、日加は二国間の経済連携協定(EPA)の交渉も行っていますが、多国間のTPPを補完するメリットを有するものとして、TPPの進捗(しんちょく)も踏まえ、今後の交渉に臨みたいと思います。
 また、エネルギー面では、カナダから日本へのLNGの輸出プロジェクトに日本企業複数社が参画していますが、これは日加両国を裨益(ひえき)するものであり、その実現に向け出来る限りの支援をしていく所存です。更に、科学技術分野での協力も更に推進していきたいと思います。

 第2は、安全保障面での協力の強化です。外務省では内外で30年近く安全保障の仕事にも携わってきました。日加安保防衛協力を担当したこともあります。
 なぜ、今、安保協力なのか。カナダは、大西洋国家であるとともに太平洋国家でもあります。しかし、長年にわたりカナダは大西洋の方ばかりを向いていました。それが今日、カナダの未来は西にあるとも言われるようになり、真剣にアジア太平洋に目を向けるようになりました。
 とはいえ、それは専ら経済的視点からのものです。アジア太平洋地域についてバランスのとれた見方をするためには、安全保障の視点も必要です。良好な経済関係発展のためには安定的な安全保障環境が必要だからです。
 日加間には既に安保防衛対話の枠組みがあり、これらを活用しての地域情勢の協議や防衛当局間の具体的協力などを進めていければと思います。

 第3は、文化交流、学術教育交流、人的交流の推進です。両国の人々はお互いの国に良好なイメージを有していますが、それを越える詳しい知識や理解は持ち合わせていません。お互いの報道関係者が駐在していないこともあり、両国とも一般の人々が相手国に関する報道を見る機会が極めて少ないというのもその理由のひとつです。
 このような状況の下、種々の交流の推進により、日加両国の人々の間の相互理解を促進することができればと思います。


▲オンタリオ州のキャサリン・ウィン首相(左)を表敬訪問した門司大使(5月29日、州首相執務室にて)=この写真はオンタリオ州政府提供

大使がお考えになっている外交の基本姿勢とは何ですか。

 外交とは、交渉による国際関係の処理と定義され、国家の独立と繁栄、国民の安全といった国益の追求が目的とされます。国益が何かというのは結構複雑な問題で、短期・長期で異なることもあれば、時代によって変化する面もあります。
 そういった外交に臨む基本姿勢として私が考えるのは、外交は国と国との関係ですが、それを担当するのは個々の人間であり、外交の実施も最終的には個人の間で行われるので、信頼関係を築くことが重要だということです。
 「外交」という名著を著した英国外交官のニコルソンも、外交官の重要な資質の最初に「誠実」を挙げているところです。個人の間の関係が良いことがそのまま国家間の関係に結びつくわけではないことは当然ですが、個人間の信頼関係を欠いては、外交交渉の進展を図ることは困難です。最近では、首脳間の良好な関係が国家間の関係増進に大きな役割を果たしています。

 そして、外交官としては、何よりも自国の事情とともに、任国の事情をよく理解しなくてはなりません。どんな国に行っても相手国や国民のことに興味と関心を持つことが双方向の交流、交渉にとって重要です。その意味で、外交官の重要な資質として、「好奇心」を追加してもいいのではないかと思っています。

カナダ在住の邦人、日系人、移住者とはどのように接していきますか。

 邦人保護と日系企業支援は外務省の重要な任務の1つです。外務省としてこれらにしっかりと取り組むべきは当然のことです。しかし、外務省が保護する、支援するといった一方的な関係ではなく、日本に関係する皆様と一緒になって日加関係の増進に努めていくことが出来ればと考えています。カナダ在住の邦人、日系人、移住者の方々も日加関係の広い意味での担い手だからです。
 大使館と4か所の総領事館とともに、皆様と連携しつつ、官民が一体となって日加関係の増進に努めていければと思います。そのために、大使館・総領事館として可能な限りの支援・協力を行っていく所存です。

日本酒輸出協会顧問、「酒サムライ」メンバーだそうですが、日本酒普及のため、どのような活動をされているのですか。

 1980年代も終わりに近づき初めて吟醸酒を口にし、日本にも世界に誇るべき「国酒」があるといたく感動しました。それ以来25年間にわたり日本酒の普及に努めてきています。
 それが認められたのか、2008年に全国の若手蔵元からなる日本酒造青年協議会(約900蔵参加)から「酒サムライ」の称号を頂きました。日本酒普及への貢献に対し与えられるもので、現在世界に54人の酒サムライがいます。
 海外では、日本酒の講演会、利き酒会を数多く主催しました。ユネスコでは20の蔵元さんの協力を得てユネスコ本部で初の大規模な利き酒会を行いました。日本でも在京の外交団・武官団を対象に利き酒会や居酒屋巡りを楽しみました。日本酒に関する寄稿なども行っています。
 また、和食がユネスコの無形文化遺産に登録されましたが、大使公邸での会食では、和食のコースのそれぞれの料理に合わせて異なる日本酒を出すという「マリア―ジュ」も試みています。
 驚いたことにカナダではリカー・コントロール・ボードの規制が非常に厳しく、多種多様な日本酒がごく限定的にしか販売されていないという大きな制約がありますが、日本酒がより広く普及するように努めていきたいと思います。

家族構成、趣味、生活信条(座右の銘)などおしえてください。

 妻に娘、息子の4人家族で、子供は2人とも結婚して東京に住んでいます。
 趣味は、食べることと飲むこと。日本酒のほか、ベルギービールは420種類、シングルモルト・ウィスキーは63種類を試しました。読書、音楽鑑賞のいずれも古典からポップカルチャーまで幅広く楽しんでいます。それ以外に、小さい頃から、東京オリンピック全記録や食べたラーメンの記録、ベルギービールラベルなど、いろいろなものを収集しており、幾つかは海外にも持ってきています。
 座右の銘は特に強く意識しているものはありませんが、敢えて問われれば、「初心忘るべからず」です。

(2015年8月6日号)



 



 
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