相続法の基礎知識・オンタリオ州編〈その11〉
「もしも」のための委任状が必要になる場面とは?


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

カナダ社会の高齢化が進む中、「もしも」のときに必要になる委任状を持つことの重要性がますます高まっています。遺言書とは違い、委任状が必要になる場面がイメージしにくい人も多いようです。
そこで今回は、「財産管理に関する継続委任状」(Continuing Power of Attorney for Property)、および、「身の回りの世話のための委任状」(Power of Attorney for Personal Care)が、どのような場面で必要になるのかについて、具体例を見ながらお話したいと思います。(以下の例は架空の人物、出来事に基づいています)




【場面1】
80代の母親を持つトロント在住のA子。母親は10年前に夫を亡くしてから、今も自宅で一人暮らしをしています。そんな元気にしていた母が肺炎をこじらせ、急きょ入院することになりました。薬の影響もあり、しばらくは会話ができない日が続きました。
入院してすぐに主治医から「身の回りの世話のための委任状」を持っているか」と聞かれました。幸い父が亡くなったときに遺言書と一緒に委任状を作っていたため、財産・医療関係ともに代理人に指名されているA子は、問題なく主治医と今後の治療法や薬などについて話し合うことができました。

〈解説〉このような場面になって、委任状の存在や重要性を知るご家族も多いのですが、そのときには手遅れの場合も少なくありません。身の回りの世話のための委任状がない場合は、法律ですでに決められた「代理意思決定者」(Substitute Decision Maker)の順番に従い、主治医はご本人の医療行為について話をすることになります。




【場面2】
A子の母はその後、2カ月間入院することになりました。その間、自宅の光熱費や固定資産税の支払い、インカムタックスの提出など、事務作業が必要になりました。A子は財産管理のための委任状を持って、母の銀行へ出向きます。銀行は、委任状の内容を確認し、A子が代理人として母の口座の記録に加わりました。

〈解説〉財産管理のための委任状は、委任者が財産管理能力を失ったり、弱くなったり、また、意思能力はあるけれども、財産管理が実際に難しいときに使用することができます。実際には、委任者の利用する銀行に委任状の原本を持参し、今後委任状を使用することを通知します。
この際、銀行によっては、公正証書つきの委任状の写し(Notarized Copy)を求めるところもあります。その場合は、弁護士事務所か公証人事務所で同書類を発行してもらいましょう。また、財産代理人として活動し始める際、その任務と責任について専門の弁護士から説明を受けるとよいでしょう。




【場面3】 
その後、無事に退院したA子の母ですが、より手厚い介護が必要になりました。同時に母の痴呆も進み始めました。A子はより手厚い介護を施してくれる長期介護施設(Long-term Assisted Living Facility)へ母を入居させることにしました。この入居先からは、財産管理および身の回りのための委任状の両方の提出を求められました。

〈解説〉介護施設に入る際に、委任状の提出を求められるのが一般的です。特に、身の回りの世話のための委任状は、委任者の健康管理、医療、食生活、衣服、衛生、安全性など、ご本人の生活の質(Quality of Life)を決める一切を主治医や施設のスタッフと相談して決めるため、重要な役割を果たします。




【場面4】
介護施設で暮らすには思ったよりお金がかかりそうです。母の貯金だけではその資金が足りないと判断したA子は、母の家を売却して、介護と生活費に充てることを決めました。

〈解説〉財産代理人は、家を売るための不動産エージェントとの契約や、オファーのサインなど、委任者に代わってさまざまな法律行為をすることが許されています。
もし財産管理のための委任状がないまま意思不能になってしまった場合は、意思不能者の財産管理を管轄するオンタリオ州政府(Office of Public Guardian and Trustee)が、自動的に財産管理のための法定後見人(Statutory Guardian)になるため、ご本人の希望は反映されません。
このような政府による財産管理を停止するためには、ご家族やご友人が財産後見人(Guardian of Property)に任命されるための裁判手続きを行う必要があり、その手続きには、費用も時間もかかります。




【場面5】
介護施設に移ってから数年後、A子の母の容態が急変し、病院に運ばれました。主治医からは今後回復の見込みがないことを告げられ、主治医にこのまま延命措置を続けるか否か聞かれました。母の委任状には「回復の見込みがない場合は、延命措置を施さないでほしい」という希望が書かれていました。

〈解説〉特定の医療行為を拒否または希望する場合は、その希望を書面で伝える必要があります。これは「リビング・ウィル」(生前意思=Living Will)と呼ばれ、身の回りの世話に関する委任状に、ご本人の特別な希望として記し、代理人に指示を与えるものです。




【場面6】
延命措置を外してから3日後、A子の母は静かに息を引き取りました。

〈解説〉委任者の死亡により、両委任状は効力を失います。そして、遺言書が効力を生じ、委任状代理人の役割は、遺言執行人(Executor/Estate Trustee)に引き継がれます。




このように、「もしも」のための委任状は、自分が自分の希望を伝えられなくなったとき、あなたの声を代弁するための大切な文書です。

【おことわり】
本欄を通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見または見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、本欄で提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に、遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分、不動産に関する相談などを取り扱う。トロント市内での相談も随時受け付け中。
連絡先:電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
Website : www.dermody.ca


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(2015年8月13日号)

 



 
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