ヒューロン湖畔の小さな秋
ポートエルギン、サウスハンプトン、ソーブルビーチ


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

 9月はもう下旬に入っていたが、まだ夏が残っていた。天気予報を見れば、その週末は「気温22、3度で、晴天続き」とある。この機会を逃すのはもったいない。それで、2泊3日の服をボストンバッグに収め、ヒューロン湖畔のいくつかの町に向かった。特別何かを見たいなどという目的はない。だから日程はないし、時計もいらない。ただし夫は、泊まる場所だけは、決めていた。

ポートエルギン Port Elgin
 地図を見れば、ロンドンのわが家からほぼ一直線で、北に向かえばいいのだ。午後に家を出て、空と野原の間の田舎道を走った。3時間後、車を止めたのは、ポートエルギンの簡易ホテルだ。長屋式だから、部屋の近くに車を駐車させると数歩で部屋に入るという便利なモーテル。味気なさはあるが、便利な点では申し分ない。

 ポートエルギンの海岸に出る。白い砂浜があり、澄み切った湖が大きく広がっていた。湖は、静かに、青く澄み切っている。 「わぁ、きれい!こんなにきれいな所を知らなかったなんて! なぜ、もっと早く来なかったんだろう」
 「ふっ」と息を吸うと、心が大きくなるような気がする。


▲ポートエルギンのヒューロン湖畔には、かもめやガンの一群が遊んでいる

サウスハンプトン Southhampton
 翌朝、北の町サウスハンプトンに向かう。ポートエルギンからこの町までの距離は、車でほんの5、6分だった。サウスハンプトンは、昔「タイタニック号」が出航したというイギリスの有名な港町の名に由来している。

 ニューヨーク州のロングアイランドの同名の町は、豪邸がある町として知られている。が、このヒューロン湖の湖畔にあるサウスハンプトンは、人口3千人というかなり小さな町である。住民には退職した人も多く、静かな上品な町だ。観光地としては、それほど知られていない町である。

 町に入り、湖に向かって2、3分、車を走らせると、公園がある。たくさんの大木がぐんぐん空に伸びている。


▲自転車を降りて、湖を眺めるカップル

 湖を左にして小道がある。「チョウチョの庭」と名付けられた手づくりの庭が所々にあって、この地方の特有な花が植えられていた。女の子が虫取りのネットを持って、走っている。


▲かわいい灯台

 サウスハンプトンの町の大通りを歩く。店が並んでいる。画廊や、オリーブオイルの専門店や、服装品店がある。


▲歩いている人は、どういうわけか、女性が多かった

 さて、博物館に到着。ここの博物館は、正式には Bruce County Museum & Cultural Centre(ブルース郡の博物館と文化センター)と名付けられている。


▲博物館。町の人口の割にはとても立派な建物である

 ここでは、氷河期から第一次世界大戦まで長い年月にわたるブルース郡の歴史が、現代的な技術を備えて展示されている。博物館には、訪問客はほとんどいなかった。マンモスの象にひょっこり出会った時には、どきっとした。しかしここで印象的だったのは、ゼネラルストアというお店の展示だった。


▲18、19世紀の雑貨屋(復元)。お店は買い物ばかりではなく、人々が集まっておしゃべりするなど、コミュニティーセンターのような役割をしていたようだ


▲懇談しながら親睦を深める地元の女性たち

 館内の2階には広い部屋があり、写真の展示があった。その部屋には、女性たちが集まる。編み物する人あり、何かを描いている人ありと、みんなが静かに時間を過ごしていた。コーヒーやクッキーも用意されていて、私たちが行くと、「どうぞ、おしゃべりしていって」と誘われるほどだった。この博物館は、文化センターを兼ねていると知って、「いいなあ」と思った。

ソ―ブルビーチ Sauble Beach
 そろそろ午後4時近くなった。私たちはサウスハンプトンにさよならをし、次の町ソーブルビーチに向かった。この二つの町の距離は、車で15分程度であった。ビーチに来ると、夫は「湖で泳ぎたい」と言う。彼はちょっとした施設でスイミングスタイルになり、泳いだ。水はどこまでも澄み切っていた。土曜日で、人も結構いるのに、騒音がまったくない。

 前もって予約しておいた Sauble Falls Bed and Breakfast(ソーブル滝B&B=ベッド・アンド・ブレックファスト)に、電話をする。道に迷ってしまったからだ。しかし留守番電話になっていた。仕方がないので、道路上で人に聞いたりして、やっと着いた。

 看板はあるが、普通の家のようだ。ベルを押すが、何の反応もない。それで、前もって添付されて送られてきた注意書きを、私はバッグから出した。要約すれば、こんなふうだ。
「あなたがたが到着した時、家人がいない場合もあります。その場合、ドアに付いているコードに自分の電話番号の最後の4桁(けた)を打ち込み、ノブを左に回すと、ドアが開きます」

 まず私が試す。開かない。夫が試す。やっぱり駄目だ。「困ったね、どうしよう」と言いながら3度、4度と試しているうちに、ドアが開いた。ドアは奥さんが開けたのだった。

 「なんだ。家人はいたのだ」と安心する。夫人は50歳前後。握手して、2階の部屋に案内してもらう。
「あ、その前に、靴は脱いで下さいね」
 部屋は子供部屋といった感じで、狭かった。

 湖で泳いだ後だったので、夫はすぐにシャワーを浴びようとする。が、部屋のどこを見ても、バスタオルがない。
「おかしいね。バスタオルは、どうして置いてないんだろう」

 階下に降りて、タオルをお願いすると、夫人は外出したようで、主人が夫に応対した。むっつりした感じで、言葉が少ない。愛きょうなどというものは感じられない。
 主人は、「あれ、どうしてバスタオル置いてないんだ?」と言って、押し入れからタオルを出してくれた。

「夕食は、この辺でできますか」と、夫はタオルをもらいながら主人に聞く。
「あいにく、この辺にはないなあ。なんだったら、私が作ってあげてもいいですよ。僕の料理はレストランで食べるよりはいいと思うけれど」
 「きっと、そうでしょう。でも、お手数をかけるのはご迷惑になるでしょうから、またサウスハンプトンに行ってきますよ」と、夫は丁寧にお断りした。
私は、なぜか「ほっ」と安堵(あんど)する。

 2階には、3、4室あったが、他の部屋のドアは閉まっており、私たちのほか、泊まり客は誰もいなかった。私たちの部屋は、日中なのに薄暗い。窓の外を見れば、裏庭には大木が茂っているためだと分かる。なんとなく家の雰囲気が少々怪しく思われてくる。

 またサウスハンプトンに戻り、夕食を済ませると、7時半。ちょうど日没の時間だった。ソーブルビーチから夕日が沈むのを眺めた。犬を連れた夫婦、あるいは一人で散歩している女性がいる。目が合うと、ほんのりと微笑を交わして、思い思いの方角に歩いて行く。

太陽は真っ赤だった。私たちは、ゆっくりと、しかし確実に、地平線に沈んで行く太陽を見ていた。「夕日は天からの贈りもの」と言ったのは、誰だったかしら。

 B&Bに戻り、ベッドに入るが、眠れない。
「どうして、このB&Bを選んだの?」
「このB&Bは、川を前面に眺められること、それに、ここの朝食は、とても人々に好評だとトリップ・アドバイザー(旅のネット)にあったからだよ」
 「ああ、やっぱり私はモーテルの方がいいわ」と思ったが、一日の終わりに、論議はしない方がいい。余計に眠れなくなる。

 朝がきた。階下に降りる。


▲B&Bの居間兼食堂

 朝食になった。そして、驚いた。キッチンには、すでに程よい濃さのコーヒーが用意されていた。しばらくすると、奥さんが「今日もすばらしい天気ですね」などと朝の挨拶をしながら、スイカ、ぶどうとオレンジがきれいに盛られたフルーツのお皿をテーブルに置いた。この時期なのに、まだスイカはとても甘かった。

 しばらくすると、スコーン、ドーナツ、ターンオーバーが、並べられた長いお皿がテーブルにのった。「全部、彼が作ったんですよ」と奥さん。


▲ターンオーバー。パイ皮にブルーベリーを挟んで折り重ねたパイ

 パイ皮に包まれて、ほんのりとまだ暖かいブルーベリーが、口の中で溶けて行く。
「わぁ、こんなにおいしいのって、食べたことありません!」と私は感嘆の声をあげて、奥さんに言う。

 すると、それが聞こえたのか、主人が隣の部屋から出てきて、「やあ」と、にこにこ挨拶をした。
 そして、最後にパンケーキに似たものがテーブルに出された。これは、私たち二人が初めて口にした食べ物だった。


▲ベーコンが添えられたフリッタータ。粉チーズ、アスパラガス、細切れのハム、玉子が具材になっている

「これらは、どこかのお店かなんかでも売られてるんですか?」と私は聞く。
「いいえ、これは、家のためだけですよ」と奥さん。
 わずか二人の泊まり客のために、こんなにおいしい物を、こんなにいろいろと作るシェフさんに驚いた。

 あまり社交的に見受けられなかったこの主人は、素晴らしいコックさんだったのだ。このことが分かっていれば、夕食を断ることなんかしなかったのに、と後悔する。

 ジャム作りから、お菓子風のベーキングから、ベーコンに至るまで、すべて手づくり。かつ、珍しい料理を最高点まで持っていくことができる人だったのだ。この朝食で、私は、料理というものの芸の深さを知った。「驚く」という言葉が、本当に意味を持った瞬間だった。何かと、不便なことはあったが、これこそ、ベッド&ブレックファストに泊まるという意味があったのだ。


▲かぼちゃは2ドルか3ドル。代金は自分で箱に入れるようになっている

 帰り道。路上わきに並べられたかぼちゃの山に出会った。赤ちゃんの重さはあるかもしれないかぼちゃを、夫は買った。
「そんなに大きいの、どうするの?」
「パンプキンスープだよ」
「じゃあ、私はパンプキンパイにでも、挑戦してみよっと」
(家で、体重計に乗せてみると、6.6キロもあった)

秋空に
力みなぎる
ひとすじの
讃歌を歌う
畑のかぼちゃ

〈おわり〉

(2015年10月8日号)



 



 
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