【作家トークイベント】

直木賞作家・角田光代氏に日系作家・梅沢ルイ氏が
「八日目の蝉」の真髄にせまる


 10月27日、トロント大学構内ロバーツライブラリーで、ハーバーフロントで開催された「トロント国際作家祭=IFOA」の招待作家、角田光代(かくた・みつよ)さんのトークイベントが行われた。
 イベントは角田さんのベストセラー作品「八日目の蝉」(中央公論文芸賞)を中心にトロント在住の日系作家、梅沢ルイさんが作品の真髄にせまる質問をしていき、その後、会場からの質問に答えるという形で進行した。イベントの様子を、要点をまとめてお伝えします。
 なお、今回のイベントは国際交流基金トロント日本文化センター(ジャパンファンデーション・トロント)とトロント大学図書館との共催で開催された。




 角田さんはこれまでに婦人公論文芸賞「空中庭園」、直木賞「対岸の彼女」 、伊藤整文学賞「ツリーハウス」、柴田錬三郎賞「紙の月」をはじめ数多くの作品を世に出し、売れっ子作家のひとりとして人気がある。

 また、梅沢ルイさんは最近、日本の怪談話をテーマにした「STRANGE LIGHT AFAR」を出版し、注目を浴びている。ほかに小説「The Truth About Death and Dying」、エッセーなどがある。

■「八日目の蝉」あらすじ
 この小説は「母性」をテーマにした作品。主人公の女性は不倫相手の子供を誘拐し、3年半の間、逃亡する。小説のジャンルは「サスペンス」となっているが、子供の出生、愛情、家族とのふれあいなど日常的な要素が,角田さん独特のセンスで描かれている。
 主人公、野々宮希和子は秋山丈博の愛人であった。不倫中に秋山の奥さんが産んだ赤ん坊(恵理菜)を一目見るために秋山宅に侵入する。自分は妊娠したが産むことができなかった。赤ん坊が笑いかけたのを見て、衝動的に誘拐してしまう。
 希和子は赤ん坊に薫と名付け、逃亡を始める。ある宗教の女性だけの共同生活「エンジェルホーム」に入所。その後、小豆島に逃亡.安定した生活を送っていたが、1枚の写真をきっかけに逮捕される。
 成人になった恵理菜(薫)は、希和子と同じように妻子持ちの岸田と不倫し、妊娠する。再び瀬戸内で仮の親子が遭遇するが・・・。

 

▲「八日目の蝉」を朗読する角田光代さん


 まず最初に、角田さんが「八日目の蝉」の冒頭を5分ほど朗読することから質問に入っていった。

主人公の希和子の生き方を他の国ではどう思われるでしょうか?
角田:アジアでは疑問なくスムーズに受け入れられました。ヨーロッパでは英語、スペイン語、フランス語、イタリア語に翻訳されたのですが、「女性が不倫で耐えて行く関係が理解できない」と言われました。

希和子が宗教共同生活「エンジェルホーム」に入所するストーリーは,日本の小説としては珍しいのではないでしょうか?
角田:そうですね。ヨーロッパではカルト宗教とみなされ、「ストーリーは面白かったが、日本でカルト宗教が実存するのか?」と、多くの方から聞かれました。やはりキリスト教の影響が強いせいか、そちらの方により強く興味を持たれ、小説の本来のテーマ「母性」がさまたげられるような気がしました。国によって、反応が違うことにも気づかされました。


▲質問をする梅沢ルイさん(右)。それに答える角田さん

主人公は一般的日本の女性の立場とずいぶん異なりますが、それを意識して書かれたのでしょうか?
角田:日本の女性は自分がどこに属するかによってすべてが決まるのですね。学生、働く女性、主婦、母親など。属するグループによって、着る服装までも違ってきます。
 こんな例があります。ある雑誌からインタビューを受けました。担当者は「うちの雑誌は28歳から38歳までの読者をターゲットにしています」と。それくらい、細かくターゲット、つまりグループが分かれていて、グループからはずれると辛い思いをするのです。それは小学校から始まっています。
 その点、希和子はどこのグループにも属さない、むしろそれと戦っている女性です。だから小説に適しているといえるのではないでしょうか。

角田さんの小説と西洋の小説を比較すると、どのような違いがありますか?
角田:日本の多く女性が苦しむのは自分自身より、グループや居場所を探すあがきみたいなもの、「自分って、何なの」と・・・。私は女性が自我を獲得する過程を描きたいと思っています。その点、西洋の女性は自由ですよね。習慣のちがいもありますが、小説にもこれらが表れているのではないでしょうか。


▲会場は話を聞く人で満席に

書かれる小説の情景などはどのようにして得られているのか、また、知らない世界を描くための手段は?
角田:私は会社勤めをした経験も子供を産んだ経験もありませんが、折に触れて入ってくる雑誌やテレビの情報で知識を得ます。そして気になることがありましたら徹底的に調べます。たとえば、母親が子供を虐待したニュースが流れますと、その背景を考えて、イメージを広げていきます。時には感情移入してしまうこともあります。

個人的な質問ですが、角田さんの好きな作家はどんな方ですか?
角田:日本人では太宰治です。外国の方ではアメリカの作家、ジョン・アービングやインドのジュンパ・ラリヒなどです。

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会場からの質問をいくつか取り上げてみよう。

「八日目の蝉」で一番書きたかったことは? 
角田:テーマは母性ですが、娘の恵理菜(薫)にとって2人の母がいるわけです。ひとりは産んでいないのに母性があふれている。もうひとりは産んだのに母性がない。その結果、恵理菜のような娘に育たざるをえなかった、ということ。

「八日目の蝉」は新聞の連載小説だったそうですが、連載の場合、読者は過去に書かれたことを忘れてしまって、ついていけず読むのをギブアップするのではないか、という不安はありませんでしたか?
角田:それは全くありませんでした。むしろ、早く次のストーリーを読みたい、という気持ちを持った読者が多かったようです。そのようにさせるのが作家の務めでもあります。

以前、角田さんは月に30本の連載をかかえているとうかがいましたが、今でもそんなに忙しいのですか?
角田:そういう時期もありましたね。日本の作家は量をたくさんこなさないと生活して行けないんです。その点、こちらの作家にはエージェントが付いているので恵まれています。
 今は「源氏物語」の新訳に取りかかっていますので、他の仕事はやっていません。2018年までの3年間、源氏に取りかかりきりになります。

ボクシングをやっているそうですが、それが小説を書く上でひらめきに通じるのでしょうか?
角田:33歳のときに失恋しまして、落ち込んだ気持ちを乗り越えるために何かやらなければ、と思ったときにたまたま自宅の近所にボクシングジムがあったので飛び込んだのがきっかけです。サンドバックをたたいていると、ひたすら自分との戦いで、他の人と比べなくなりました。「あの人の本は売れているのに・・・」とかも気にならなくなりました。(笑い)

今まで本を執筆する上で、プロセスが変わってきたことはありますか?
角田:小説やエッセーなどは出版社からの依頼で書くわけですが、デビューのころは1年に1冊の割合で書いていたのが、最近はもっと書く冊数が多くなりました。内容的にはデビューのころは内面的なことにこだわって書いていましたが、今はもっと外に求めて書くようにしています。

人は音楽で癒やされますが、小説を読むことでも癒やされますか?
角田:小説で人を救うことはできないと思います。音楽を聞くことで気持ちを和らげたり、癒やすことはできますが、気持ちが落ち込んでいるときには、本をめくる気にもならないと思いますよ。

 最後にトロントに来て本当によかったです。トロントは自由な空気があふれていて、どんな格好をしていてもだれも気にしないですよね。その点、東京で生活するのはいろいろな意味で大変です。


▲読者に求められて自作の本にサインをする角田さん(左)

〈リポート・いろもとのりこ〉

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【編集部注】角田光代さんへの編集部からのインタビュー記事は来週号(11月12日号)に掲載する予定です。

(2015年11月5日号)



 
 


 
 
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