トロント国際作家祭に招待された
「八日目の蝉」などの売れっ子作家、角田光代さん


〈インタビュア・いろもとのりこ〉

 毎年10月、トロントのハーバーフロントで開催されるトロント国際作家祭(IFOA)。そのフェスティバルに今年は日本でもっとも売れっ子作家のひとりである角田光代(かくた・みつよ)さんが招待された。作家デビューして25年を迎え、その間に出版された単行本は約50冊。その中には「八日目の蝉」(2007年第2回中央公論文芸賞)のように120万部を超えた大ヒット作もある。直木賞をはじめ、数多くの賞を受賞している角田さんに彼女の作家人生、どのようにして小説が生まれるかなどをうかがった。(10月26日、ハーバーキャッスルホテルにてインタビュー)


▲少女のような雰囲気を持った角田光代さん(10月26日、トロント・ハーバーキャッスルホテルにて)

小学校1年生で作家になることを決意
純文学からエンターテインメント文学への転向


これまでにカナダに来られたことは? トロントの印象は?
角田:アジアやヨーロッパへは何度か行っていますが、カナダは初めてです。行く前にあまり先入観を持たないようにしてきました。トロントは近代的な高層建築がたくさんあるのに、自然も豊かですね。紅葉もきれいです。

作家を目指したのはいつごろからですか? 
角田:小学校の1年生のころです。人前でしゃべることが苦手で、その代わり書くことと本を読むことが大好きでした。早稲田大学文学部に進学したのもひたすら作家になるための修業でした。学生時代にもせっせと作品を書いていました。


修業のかいあって23歳で「幸福な遊戯」(1990年)で海燕新人文学賞を受賞しましたね。順風満帆のスタートきったわけですが、その後の展開は?
角田:出発点はよかったのですが、その後約10年間、書いた作品は芥川賞候補に3回も挙げられながら受賞できませんでしたし、出版した作品は初版止まりで大きなヒット作もありませんでした。ずいぶん落ち込んだ時期もありましたね。
 「どうしてだろう?」と悩んでいるときに編集者から「これまでの純文学からエンターテイメント文学に変更してみてはどうか」と、アドバイスをいただきました。つまり、読者が読み始めたら、次のページをめくりたくなる、わくわくするような。
 それで書いたのが「空中庭園」(2002年作。第128回直木賞候補、第3回婦人公論文芸賞受賞)です。これが転機となりまして、その後は「ページをめくる手を止めないような」小説を書くようにしています。文章もわかりやすくし、読者が最後まで読みたくなるようなストーリー展開に徹するように心がけています。

(編集部注:純文学とエンターテイメント文学のちがいは、掲載する雑誌あるいは出版社によって区別される。作家も当然、雑誌や出版社の意向に沿って書くので文体もそれなりに変わってくる)

小説のストーリーを書くきっかけやプロセスは?
角田:まず、テーマを考えます。舞台になる土地、登場人物なども。よく、身近な人物、たとえば家族、友人たちがモデルではないかといわれますが、全くフィクションです。もちろん、参考にした部分はありますが・・・。
 「八日目の蝉」の場合、テーマは「母性」でした。たまたま舞台になった小豆島に行く機会がありまして、それまで海といえばすぐに思いつくのは太平洋だったんですが、瀬戸内海の小豆島に行って、ストーリーのイメージが広がっていきました。
 「紙の月」(第25回柴田錬三郎賞)では最後にヒロインがタイへ逃げるシーンを書きました。書く少し前にタイへ旅行したのです。そこでタイに長く住んでいる男性に「もし、ここで逃げたい、と言ったら、それは可能ですか」と聞きますと、彼は「できますよ」と言ったんです。あのシーンはそこから生まれました。

     


これまでに第132回直木賞を受賞された「対岸の彼女」、「八日目の蝉」「紙の月」などがテレビドラマ化や映画化されています。原作の小説とはちがった印象を持たれて、違和感を感じることはありませんか?
角田:それは全くありません。ドラマや映画は別物だと考え、面白く楽しんでいます。おかげで本も売れましたし・・・。


数々の文芸賞を受賞されていますが、特に印象に残る賞は何の賞ですか?
また、カナダに住む読者に是非すすめたい3冊を挙げていただけますか?

角田:「ロック母」で2006年にいただいた第32回川端康成文学賞です。これは短編集ですが、ちょうど短編を書き始めたころでしたので励みになりました。
 読んでいただきたい本をあえて3冊挙げるとしましたら、まず「八日目の蝉」、そして「ツリーハウス」、旅のエッセイ集「恋するように旅をして」ですね。

現在、取りかかっている作品は? さらに今後予定されているテーマなどありますか? 
角田:古典文学を現代作家が完全新訳する仕事の一部を私が担当しています。池澤夏樹さんによる個人編集・日本文学全集30巻です(河出書房新社刊)。たとえば、竹取物語(森見登美彦訳)、たけくらべ(川上未映子訳)、雨月物語(円城塔訳)のほかに平家物語、枕草子、方丈記、徒然草などです。
 私が担当するのは「源氏物語 上・中・下3巻」です。これまでにいろいろな方が現代語に訳されていますので、今さら私がやらなくてもいいのですが、せっかく依頼していただいたのでお引き受けしました。
 この仕事は今年から2018年まで3年間かかります。その間、自分の小説は書けません。3年間も書かないのは、デビュー以来初めてです。しかし、この大作に取り組むことで、自分が変わるかもしれないと思っています。自分の大作にも取り組むきっかけになるとか・・・?

失恋がきっかけでボクシングを

執筆は朝型、夜型ですか? ご主人の河野丈洋さん(こうの・たけひろ=ロックバンド GOING UNDER GROUND の元ドラム担当で、現在は作曲家)との家庭生活の基本は?
角田:執筆は自宅から仕事場に通い、朝9時から夕方5時までと決めています。いわば作家サラリーマンですね。書くのは早い方だと思います。夫とは活動する時間帯がまるで違いますが、「お互いフリーランスでやりたいことをやる」というのがポリシーですから、そこは認め合っています。


ボクシングが趣味だそうですが、始めたきっかけは?
角田:33歳の頃、失恋しまして、何か心をまぎらわすものはないかと見渡しましたら、たまたま歩いていける距離のところに輪島功一さんが運営するボクシングジムがありました。歩いて行けるところでなかったら続かないと思い、そこに飛び込んだのです。
 サンドバッグをたたいているときは何も考えなくてすむのです。体より心の健康のために続けているようなものです。もっともボクシングを始めたことで、ボクシングをテーマにした「空の拳」という小説を書き上げました。
 ほかにランニングもやっています。土曜と日曜に10〜15キロ走ります。トロントに来てからもホテル(ハーバーキャッスルホテル)の近くを10キロほど走りました。トロントもランニングをやっている方が多いですね。とても走りやすいです。

ネコを飼っていらっしゃるそうですね。そういえば今年初めに出された「今日も一日きみを見てた」は愛ネコのトトが主人公だそうで。
角田:本当はどちらかというと犬派だったんですが、知り合いの方からいただいたのがたまたネコで、それがかわいくてネコ派になったというより、うちのネコが特別かわいいのです。
 一般にネコは自分勝手で飼い主にもあまり興味をもたない、といわれますが決してそんなことはありません。ネコにも表情があり、顔でお話しています。落ち込んだときは上目つかいにこちらをじっと見ています。

最後に、カナダにいらしたことで将来、作品にカナダが登場することは?
角田:今回は1週間の滞在で短いですが、また是非来てみたいですね。そこで何かテーマになるものを見つけだせれば、カナダが舞台になる小説も可能かもしれません。

これからも読者を喜ばせる小説を書いてくださることを期待しています。

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■ 角田光代プロフィール
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。
90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年「まどろむ夜のUFO」で野間文芸新人賞、98年「ぼくはきみのおにいさん」で坪田譲治文学賞、「キッドナップ・ツアー」で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞、03年「空中庭園」で婦人公論文芸賞、05年「対岸の彼女」で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年「八日目の蝉」で中央公論文芸賞、11年「ツリーハウス」で伊藤整文学賞などを受賞。そのほかの著書に「三月の招待状」「森に眠る魚」「くまちゃん」「ひそやかな花園」「今日も一日きみて見てた」など多数。

〈インタビューを終えて〉
 トロント・ハーバーキャッスホテルのロビーに現れた角田光代さんは想像より遥かに若く見え、まるで少女の雰囲気を持った方だった。一般的に何かの文学賞を受賞すると作家を「先生」と呼ぶ傾向にあるが、彼女に「先生」と呼ぶのは似合わないと感じた。
 鋭い心理描写やドキっとさせるストーリーを書く作家とはかけ離れた印象を持った角田さん。一体、その本性はどこにあるのだろうか。大変興味深い作家である。一見、控えめででシャイ。そのギャップが作品へのエネルギーになっているのかもしれない。
 「芥川賞候補に挙がったときは、編集者の皆さんと受賞の知らせの電話がくるのをずっと待ち続けるのです。一晩中待って、間違い電話でもいいからかかってこないか、と思ったものです。一緒に待っている皆さんにも悪くて。この状態が3回も続いたのですから」と。
 あれだけ数々の文芸賞を受賞しているのに、芥川賞を受賞できなかった悔しさがひしひしと伝わってきた。それだけ作家にとって芥川賞の重みは計り知れないものなのでしょう。
 これからもいろいろなジャンルンの小説に挑戦し続けてほしいです。

〈2015年11月12日号〉



 
 


 
 
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