相続法の基礎知識・オンタリオ州編〈その14〉
先立った夫の遺言書
私に何も遺(のこ)されていなかったら・・・


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 本欄 第12回では、夫婦関係の変化がどのように相続の問題に影響するかをお話ししました(http://www.e-nikka.ca/Contents/150917/topics_02.php)。今回は、夫婦の間で残す遺言書について、問題になりやすい事例を見ながら解説しましょう。

突然の事故で夫を亡くしたA子。二人とも初婚同士で子供はいません。お互いに晩婚だったため、それぞれ築いた財産を持っての結婚でした。そのため、独身時代と同様、お財布は別々に管理し、お互いの財産状況は知りませんでした。夫婦関係は良好で、特に問題はありませんでした。後日、自宅の書斎から夫の遺言書が見つかり開封してみたところ、遺言執行人はA子に指名されていましたが、遺産のすべては夫が生前、熱心に支援していた慈善団体(チャリティー)に寄付すると書かれていました。その内容にショックを受けたA子は、弁護士に相談に行くことにしました。

こんなとき選択肢は二つ〈遺言書による相続vs家族法上の権利請求〉。
 本来、遺言書は大変個人的な法的文書であるため、夫婦で一緒に遺言書を作成していない限り、パートナーは遺言書を持っているか、その内容はどうなっているのかなど夫婦間で知らないということはよくあります。A子さんもその一人だったようです。ご主人の遺言書で遺産が一切残されていなかったA子さんには、法的救いの手はあるのでしょうか。




 法律婚夫婦の一方が遺言書を残して死亡した場合、遺産相続の権利について、A子さんのような残された配偶者には二つの選択肢があります。なお、下の二つの選択肢は法律婚夫婦にのみ適用され、事実婚(コモンロー)夫婦は含みません。

■選択肢その1
遺言書による遺産相続の受け取り(Entitlement under the Will)
 遺言書で何も遺されていなかったA子さんの場合、遺言書で扱う遺産(Estate)以外の財産が夫から遺されていないかを特定しなければなりません。
 通常、遺産として扱われるものは、夫名義の財産です。銀行預金、投資、不動産、車などの私物などがあります。一方、遺産に含まれない財産としては、共同名義の銀行口座や不動産、また、受取人指定(Beneficiary Designation)のある生命保険や投資口座(RSP、RIF、TFSAなどのレジスタードプラン)などがあります。
 もし、A子さんに自宅などの共同名義の財産や銀行口座、RSP、生命保険などが残されていて、遺言書によって遺産が全く残されていなかったとしても、それらが満足のいく額である場合は、遺言書による相続分を受け取るという選択をすることができます。




■選択肢その2
家族法上の財産分与を請求(Equalization Payment under the Family Law Act)  
 一方、遺産を構成しない財産さえ満足のいく額でない場合、遺言書による相続を拒否し、家族法上の財産分与を請求することができます。
 家族法では、配偶者の死亡は、婚姻関係の終了とみなされ、別居や離婚と同様に扱われます。そのため、別居時に行う財産分与と同じ作業を配偶者の死亡時に行います。具体的には、配偶者各自が婚姻中に築いたそれぞれの財産を算出し、婚姻日から死別までの婚姻期間中に増えた財産については、二人の間で共有することになります。
 もし、A子さんの夫の婚姻中に増えた財産が、A子さんのそれより多い場合は、その差額の半分を、A子さんの夫の遺産からA子さんへと支払うことになります。




 ちなみに、家族法上の財産分与の請求期限は限られており、配偶者の死亡から6カ月以内と定められています。ですので、先立った配偶者の遺言書の内容に納得がいかない場合は、すぐに専門の弁護士に相談し、二つの選択肢のうちどちらを選ぶのが適切かを決める必要があります。

■その他の選択肢
扶養者手当の請求も加える
 家族法上の財産分与と一緒に請求されるのが、オンタリオ州の相続法で定められた扶養者手当(Dependant’s Support)です。ちなみに、この扶養者手当は、法律婚夫婦だけではなく、事実婚(コモンロー)夫婦にも適用されるため、事実婚のパートナーに遺言書で満足のいく遺産額が残されていない場合にも利用することができます。




夫婦間で話し合う機会を
 皆さんは、プリナップ(Prenuptial Agreement)という言葉を耳にしたことがあると思いますが、カナダでは、再婚同士の夫婦や、お互いに財産を持っての結婚の場合、結婚契約書(Marriage Contract)がよく利用されます。これは、婚姻関係が解消した際に、どのように財産を分与するかなどを夫婦間で取り決める文書です。
 結婚契約書は、別居・離婚に備えるものという認識が強いのですが、死別という婚姻関係の終了に備えるためのものでもあります。特に、晩年での結婚などは、別居・離婚を想定してよりも、死後の遺産相続でもめないことを目的として作られることが多いのです。
 A子さん夫婦のように、財産を共有しない夫婦などは、結婚契約書を作って、死後にお互いにどのような相続を行うかを取り決めるのが最善の策と言えます。もし結婚契約書を作ることが難しい場合は、避けたい話題かもしれませんが、夫婦間で互いの遺言書について話し合う機会を持つことが、相続が「争続」にならない予防策になるでしょう。




【おことわり】
 本欄を通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、本欄で提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に、遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分、不動産に関する相談などを取り扱う。トロント市内での相談も随時受け付け中。
連絡先:電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
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(2015年11月19日号)



 



 
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