【書評】

アルバータ南部に移住した日本人家族の物語
「コーラス・オブ・マッシュルーム」(Chorus of Mushrooms)
ヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳(彩流社)


〈BC州ビクトリア市 サンダース宮松敬子〉

マジック・リアリズム技法
 今年、日本の彩流社から出版された日系カナダ人二世のヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳「コーラス・オブ・マッシュルーム」が話題となっている。数ある小説の中には、多くの登場人物が幾重にも入り組むものも少なくない。だが「コーラス・オブ・マッシュルーム」は、何人かの限られた人物によって話が進められていく。


▲ヒロミ・ゴトー氏

 物語を織り成す主な人々は、年配になってから娘夫婦と共に日本からアルバータ州のナントンという小さな田舎町に移住して20年になる85歳のナオエ(清川直恵)、娘夫婦のケイコと夫シンジ、その夫婦の娘であるムラサキ(英語名=ミュリエル)と彼女のボーイフレンドである。もちろんそこには彼らに絡(から)む友人や知人たち、経営するマシュルーム工場で働く人々、町中の人々も重なりあう。

 だが、これは単なる日本人の移住物語ではないため、筋書きを確実に理解するにはしっかりと読み込む必要がある。何故なら、文章がいわゆる「マジック・リアリズム」の手法を用いて書かれているからだ。ちょうど村上春樹の短編集、例えば「かえるくん、東京を救う」「神の子どもたちはみな踊る」などを彷彿(ほうふつ)させる。

 つまり、日常にあるものが日常にないものと融合した表現技法が屈指されているのである。また登場人物が一つ以上の名前を持っていたりするため、作品構成ばかりではなく、内容が非常に謎(なぞ)に満ちている。平易に物語を理解しようとする読者は完全に拒絶されるが、反面、それゆえに次に何が起こるか興味が湧くのである。


▲「コーラス・オブ・マッシュルーム」の表紙

 原文の英語本「Chorus of Mushrooms」では、ローマ字で長々と書かれている日本語(その個所の英語の説明はない)がそこここ引用されている。日系作家は日本語の単語や短文を文中に使うことに特徴があるが、本書では長文が多数出現し、それを訳者はカタカナで表現している。
 加えて、手書きの文字、新聞記事、葉書(はがき)までもが挿入されており、言語の表現が実に幅広いことに驚く。
 それを日本語訳者(増谷松樹氏)は異なるフォント、太字、イタリック体、カタカナなどを用いて読者が理解しやすいように組んでいる。おかげで物語を追い易いが、翻訳者にとっては、さぞやチャレンジングな仕事であったろうことは容易に想像がつく。

「オバアチャン」ことナオエ
 物語は本書の一番の主人公である「オバアチャン」ことナオエが、娘夫婦と共にカナダにやって来た成り行きから始まる。彼女にとっては決して意にそった移住ではなかった上に、娘夫婦はカナダに同化するために家庭内でも日本語を話すことを拒否し、英語のみの生活を選択する。

 老いてなすすべもない年齢で、こんな環境にいることを余儀なくされれば、普通は口を閉ざしてしまうだろう。しかしナオエはしゃべることを選択し、周囲にはお構いなしに断固として沈黙を拒否し続ける。それゆえに物語は次々と展開して行くのだ。

 自分の生い立ち、少女時代の養蚕場での仕事、戦争中の結婚と離婚・・・などなど、とめどない。興味深いのは、そこに日本の昔話なども挿入される。だがその筋書きと結末は、従来の「おとぎ話」とは大きく変化し伝統的な枠組みから逸脱する。

 例えば一寸法師の話では、大人のサイズになった一寸法師が姫と共に「末永く幸せに暮らしたとさ」にはならず、傲慢(ごうまん)になったことに立腹した姫によって元のサイズに戻され、おまけに踵(かかと)で踏みつぶされる。また姨捨山(うばすてやま)の民話でも、命を絶つために山に送られたはずの老婆が逆に自由を満喫したりするのである。
 そこにはナオエを通して作家自身が類型的な形にはまることに抵抗し、おざなりの終結に果敢に挑もうとする力が感じられる。

ナオエの孫娘ムラサキ
 一方、孫娘ムラサキからは、ナオエのおしゃべりに並行して自分探しの物語が語られる。当然ながら彼女には閉鎖的な田舎町の白人社会で唯一の日系人として育つ苦悩がある。しかし日本語を話すことはおろか、日本の食料品を買うことも拒否したような頑(かたくな)な母親とは心通うつながりは得られず「ママの声は空っぽのバケツの中で転がる孤独な小さいマッシュルームのようだった」と感じながら成長していく。


▲アルバータ州ナントンの一風景 

 皮肉なことに日本語は話さないものの、その心の空洞を埋めたのは言葉の通じないオバアチャンとの交流であった。それによって否定することの出来ない自分の中の日本人としてのルーツに目覚めていくのである。

ナオエの娘ケイコ
 物語のハイライトは、ナオエが自分の物語を語り終えた時点で、若く力強いヒロインに変身し、家出をしてしまうことだ。それはあたかも、ナオエとムラサキの象徴的な一体化を示しているように見える。だがこの事件に娘のケイコは打ちのめされ精神衰弱になるが、面白いことに回復の癒やしは、ムラサキの作る日本料理のトンカツ・ディナーだったのだ。

 家族という形を保ちながらも、お互いに理解することが出来なかった過去。だが和解することによって、ナオエとケイコ、ケイコとムラサキ、加えて父親シンジとムラサキなどそれぞれの関係にある種の光明が見えて来るかに見える。

 おそらく読者は物語のベースは、ゴトー氏の家族と思うだろうが、ゴトー氏自身は本書の冒頭で「この個人的な神話を語り直すにあたって、祖母の実際の人生について自由に変更を加えました。この小説は、過去にあった『事実』から出発して、現代の民話伝説の領域に到達することを目指しました。ですからこの作品は創作と考えてください」と前置きしている。

 物語の中で何度も示唆しているのは、「読み手は語り手」であるという視点。つまり物語は聞くだけでなく、語りなおしてこそ意味があるとし、「あなたは物語を変えることができる」と記して本書は終わる。
 読者はそれぞれの立場からいかようにも物語を読み、それを自分の中で膨らませることが出来るということだろう。

日系カナダ人作家の活躍
 私はゴトー氏の処女作であるこの作品(1994年)以外は読んでいないものの、一時期多かった戦時下に強制収容所に送られた日系人の苦難の物語や、その過去と向き合う補償問題をテーマにした読み物とはまったく違った、カナダ生まれの、あるいはカナダ育ちの日系作家が台頭していることを感じる。

 しかし、どうあがいても日本人の血を受け継いでいるという点から逃れられないのであれば、マジック・リアリストと呼ばれる彼らが、その特有なバックグラウンドゆえに生み出す新たな道がこれからも大いに拓(ひら)けることを期待したい。

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「コーラス・オブ・マッシュルーム」(Chorus of Mushrooms)
ヒロミ・ゴトー著、増谷松樹訳(彩流社)
¥2,800 + 税

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■ヒロミ・ゴトー
 1966年千葉県生まれ。3歳になる直前に家族と共にカナダに移住。カルガリー大学英文科卒。バンクーバー在住。1994年カナダで生きる日系人家族を描いた本作「コーラス・オブ・マッシュルーム」によって作家デビューし、コモンウェルス処女作賞および日加文学賞を受賞。第2作「The Kappa Child」(2001)でジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞、ヤングアダルト小説「Half World」では、サンバースト賞、カール・ブランドン・ソサエティ・パラレックス賞をそれぞれ受賞している。ほかにも児童向け作品、短編集、詩集などの刊行物多数。現在は創作インストラクター、ワークショップなどでも活躍。作品は若い世代に人気があり、仏語、伊語、ヘブライ語、トルコ語などに翻訳されている。

■訳者 増谷松樹
 翻訳家。1946年横浜生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。1976年カナダに移住。詩人の故ロイ・キヨオカ氏を通じて多くの日系カナダ人作家、アーティストと交流する。キヨオカ氏の「カナダに渡った侍の娘―ある日系一世の回想」(2002)(草思社)をはじめ、日系カナダ人の和文文献、「日系人所有漁船処分顛末覚書」(木村岸三著)などの英訳などの仕事も手がけている。

(2015年12月17日号)



 



 
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