相続法の基礎知識・オンタリオ州編〈その15〉
「負の遺産」の行方


〈オンタリオ州弁護士・スミス希美(のぞみ)〉

 これまで本欄では、相続を財産を「遺す」(のこす)という視点でご説明してきましたが、今回は、少し視点を変え、「負の遺産」、債務を残して死亡した場合、残された借金はどう扱われるかについてお話したいと思います。




オンタリオと日本の相続の考え方の違いについて
 この相続における「負の遺産」の問題について学ぶ際にまず知っておきたいことは、オンタリオ州と日本の相続制度の違いです。以下、簡単にご説明します。

1.日本の相続
 日本の相続の考え方は、「相続は財産のリレーである」という考え方に基づいているそうです。そのため、相続される財産は、「積極財産=プラスの財産」(預金、投資、不動産等)と「消極財産=マイナスの財産」(未払いの税金、債務等)の両方を故人から相続人へと受け継がれます。したがって、相続される財産は、プラスの財産もマイナスの財産も相続人全員に移転します。相続税についても、相続人それぞれが支払います。




2.カナダ・オンタリオ州の相続
 一方、オンタリオ州のようなイギリス系の法体系を持つ州や国では、被相続人の死亡によって、相続財産が相続人に直接帰属することはありません。
 被相続人が死亡すると、残された財産は、遺産 (Estate/厳密には「遺産財団」と呼ばれる)にいったん入れられるという考え方をします。ちなみにこの Estate という言葉は、カナダ人にとっても理解しにくい概念ですが、イメージとしては、「故人が残した財産のまとまり」と考えると分かりやすいかもしれません。




 上の図のように、遺言執行人が遺産を扱う権利を持つ法的な代表者として、相続財産を管理し、被相続人の債務の整理・弁済を行い、債務をすべて清算した後にまだ財産が残っていた場合、その中から相続人に分配されます。そのため、いわゆる「負の遺産」である債務が相続人に移転することはなく、相続人が債務を相続することもありません。

 また、カナダの場合、被相続人の未納の税金も遺産財団(Estate)からインカムタックスとして遺産分配前に国に支払われるため、日本のように相続人が受け取った遺産に対して、相続税を支払うということはありません。したがって、相続人が受け取る遺産は、税金や債務が清算された後の残りを受け取ることになります。このような英米法体系の遺言執行人の役割は、日本の破産手続きを行う破産管財人の役割に似ていると言われます。

債務を残して死亡したら
 さて、もし被相続人が債務を残して死亡した場合、どう対応すればよいのでしょうか。遺言執行人が自分のお財布から債務を肩代わりして支払い、これ以上支払えないので困ったということで相談にいらっしゃる方もいます。債務は、故人の遺産(Estate)から支払われるものであり、遺言執行人や相続人が個人的に負担すべきものではありません。




 債務の特定は遺言執行人の役割のひとつです。まず、思い当たる金融機関や個人に連絡を取り、被相続人が残した債務を特定します。また、債務を特定するため、新聞で告知を掲載することもあります。

 いったん被相続人の資産と債務が特定し、遺産総額がすべての債務を支払うことができないと分かった場合は、すぐに専門の弁護士に相談する必要があります。これは、被相続人が死亡して、債務の弁済が不可能な場合、債務返済の優先順位が決まっているからです。

 債務の種類にもさまざまなものがあります。インカムタックス、モーゲッジ、別れた配偶者への扶養費(Spousal Support)、子供の養育費(Child Support)、クレジットカード、個人的なお金の貸し借りなど多種多様です。そして、誰がどの優先順位に当てはまるかを分類し、どのように債務を返済するかを債権者と交渉することになります。ちなみに、どの債務よりも先に支払われるべきは、葬儀代とされています。

 夫婦で組んだモーゲッジなどの共同の債務は別ですが、一人の名義での債務(例:クレジットカードやライン・オブ・クレジットなど)を相続人が負担する必要はなく、基本的に残された遺産(Estate)の中から債務を整理し、返済、処分していかなければなりません。

債務があっても遺言書が必要なわけ
 債務を残して死亡した場合、遺言執行人が債務の整理を行います。しかし、遺言書がなければ、裁判所で無遺言の手続きによる遺産管理人の任命を行わない限り、債務を整理する法的権限を持つ人物はいません。また、この無遺言の手続きに時間とお金がかかるため、被相続人の死後に債務の整理が遅れ、その間、残された遺族に金融機関などから取り立ての電話がかかり、悩ますごとがよくあります。

 このように、残された資産だけでなく、負の遺産についてもすみやかに対処できるためにも、遺言書は重要な役割を果たします。

 最後に、2015年も残りわずかとなりました。1年を通して、本欄を読んでいただき、大変ありがとうございました。来年もより多くの方に役立つ情報をお届けできれば幸いです。皆様どうぞ良いお年をお迎え下さい。




上記の日本とオンタリオの相続の図の参照:「海外相続ガイドブック」より(三輪壮一・並木宏仁著、2013年出版) 

【おことわり】
 このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見または見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に、遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分、不動産に関する相談などを取り扱う。トロント市内での相談も随時受け付け中。
連絡先:電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
Website : www.dermody.ca



(2015年12月17日号)



 



 
(c)e-Nikka all rights reserved