常にスキルアップをめざし努力する
ウェブデザイナー、レイノルズ洋子さん
──ボランティアとしてコミュニティーでも活躍──


 カナダに来て12年。当初は手に職をつけるため学校に通ったり、子育てなどに追われていたレイノルズ洋子さん。彼女が一躍トロントの日系コミュニティーで注目を浴びたのは、2015年12月6日に開催されたトロント紅白歌合戦の紅組司会を担当したこと。それまで人前に出ることが苦手だった洋子さん。何が彼女を変えたのだろうか。ウェブデザイナーとして新たな挑戦をめざす洋子さんの内に秘めた闘志に迫ってみた。

■夫の家族と11年間同居

 洋子さんは札幌に生まれ、14歳のとき父親の転勤により横浜へ引っ越し。玉川大学文学部外国語学科で英語専攻、卒業。東京にあるアメリカの大学の広報部に就職。学生募集やマーケティングなどを担当する。

 学生時代に知り合ったカナダ人の夫と結婚し、1歳の長男とともに2003年にカナダへ。トロント郊外カレドンの夫の母親や義妹の住む家で同居。その後、長女が生まれ、結局、11年間同居生活を送る。

「義母はとてもサバサバした人で、11年間のうち半分はフルタイムで働いていましたし、お互い干渉をしないというのが暗黙の了解でしたね。それが同居の秘訣だと思います。日本人同士でないのがかえってよかったかもしれません」

 その間、2人の子育てをしながら、グラフィックデザインの学校へ通い資格を取得。その後、オレンジビルの新聞社や日本語マガジン「Bits」などでアルバイトを経験。2006年にウェブデザインの会社「DESIGN YOKO」(デザインヨーコ)を設立し、2年前にミシサウガに移転、自宅で仕事を続けていた。夫は現在、ハンバーカレッジの英語教授である。


▲ウェブデザイナー、レイノルズ洋子さん

■仕事も初めはボランティアから

 学校を出て、デザイン会社を立ち上げたからといってすぐにお客がつくわけではない。
 「最初は地元のカレドンやオレンジビルを中心にネットワークの会に顔を出したりボランティアでウェブサイトを作ったりして、だんだんクライアントがつくようになりました」

 さらに「その地域は地元ビジネス優先型の人が多く、外国人である私でも受け入れてもらえたのはうれしかったです。当初はウェブの経験も浅かったので、いただくお仕事すべてが新しいチャレンジでした。ひとりでコツコツと真夜中まで勉強しながらスキルを身につけていきました」と。

 ちなみにカナダの学校ではグラフィックデザインを学んだが、ウェブサイトに関しては独学だったそうだ。もともと幼い頃から絵を描くことが好きだったというから、通じるものはあったのだろう。


▲Zen ジャパニーズレストラン
▲Uncle Tetsu  

▲オンタリオ酒造

▲無印カナダ
   


 DESIGN YOKOを立ち上げたころ相手はカナダの会社が多かったが、次第に日系関係の会社からの注文が増えてきた。ボランティアからクチコミを通して浸透していったのである。これまでウェブサイトを担当した店や会社は、「Zen ジャパニーズレストラン」「オンタリオ酒造」(日本酒=泉)、「ジャパン・コミュニケーションズ社」「アンクルテツのチーズケーキ」「近畿日本ツーリスト・カナダ法人」「無印カナダ」など。

■日本語学校から日系コミュニティーへ

 カナダへきて数年はほとんど日系コミュニティーとつながりがなかったが、 子供が日本語学校へ通うようになり、日本人と日本語で話す機会ができた。子供が授業を受けている時間はいつも学校でボランティアをした。

 「それが数年後には理事をさせていただくことになり、そのときに、自動的にトロント新移住者協会の代表理事にも なりました。お正月会などには以前から友人であった原あんずさん(前トロント新移住者協会会長)に誘われて行くことはありましたが、本格的に関わり始めたのはその頃からです」

 そして最初に興味を持ったのは、日系カナダ人と移住者の歴史だった。
「今まで知ることのなかった歴史を知り、トロントの日系社会が過去の犠牲と貢献によって、今日があることを理解しました。また、さまざまな人との出会いや経験を通して私も日系社会社会とのつながりを大切にし、社会に還元したい、次の世代へ日本の文化や言葉を継承したいと思う気持ちが自然とあふれるようになりました」

 トロント新移住者協会のニュースレターの編集やレイアウトを担当したり、現在は新日系コミッティー(NJCC)のコアメンバーとしてトロント日系文化会館(JCCC)のニュースレターの一部編集に携わっている。もちろん、これらはボランティアである。


▲2015年度トロント紅白歌合戦。紅組司会のレイノルズ洋子さんと白組司会の小沢哲人さん(写真提供=大橋デーブさん)

■トロント紅白歌合戦の司会に抜てき

 洋子さんのコミュニティーへの参加は、ついにトロント紅白歌合戦司会者へとつながった。偶然にも夫の弟がトロント芸能愛好会の川辺ハリーさんの娘と結婚していたことから同じ愛好会の中山あつ子さんとも知り合いに。

 「あつ子さんからこのお話をいただいたときには、間髪を入れずにお断りしました。というのも、私は司会など経験がなく、人前に出るのは大の苦手。声も小さく、ましてや大勢の前で話すなんて、緊張してブルブル震えてしまいますので、私では不適任と思いました。しかし、あつ子さんと友人の内藤洋子さんに背中を押され、これを機に自分のできないと思う領域を超えて、何かを克服できるのではないかと考え、お引き受けさせていただく決心をしました」

 「引き受けたからには中途半端な気持ちではやらないと覚悟をきめ、実はひそかにパブリックスピーキングのレッスンも2回ほど受講したりしました。2カ月の間、何十時間にもわたり、トロント紅白ステージマネジャーの宮下あゆみさんが、白組の小沢哲人さんと紅組の私の2人の新人司会者と新人ディレクターの橋本マークさんのために、熱心に指導にあたってくださいました。また、司会のプロ、中村ゆきさんにもご指導をいただき、司会を生き生きとさせる仕上げをしてくださいました」 。 こうして苦労と努力のかいあって、当日は見事にお役目を果たしのである。

 「紅白の裏方で働く方々の真剣な姿、またリハーサルを重ねるたびに、上手になっていく歌手の皆さん。 また、当日会場にお越しいただいたお客様も皆、紅白の参加者でした。皆様が来てくれたおかげで、紅白は完成しました。うれしい反響をたくさんいただきましたが、それは、このトロントコミュニティーの底力をすべて反映したものだと思います。素晴らしい思い出と感動をありがとうございました!」

■さらにスキルアップを求めてIBMへ

 DESIGN YOKOが順調に進んでいるなか、洋子さんは今年からIBMにフルタイムで勤めることになった。
 「子育てが一段落したことから、家から外に出て チームで仕事をしたいという気持ちがありました。また、企業の中で他からの刺激を受けながら今まで経験のない分野を学ぶことで、さらなるキャリアアップにつなげていきたいと思っています」

 IBMでの仕事の内容は、モバイルアプリのデザイン。
 「今まで積み上げてきた経験を生かし、多くの人々に大きなインパクトを与えられる、グローバルでイノベーティブな仕事をしたい。私の仕事の目標は、人を幸せな気持ちにしてあげることです。テクノロジーをどんなに使っても、結局は人と人とのつながりという『原点』を大切にしながら、これからも前進していきたいと思います」

 どこまでも旺盛な向上心、同じ女性としてたのもしい限りである。

【レイノルズ洋子さんのこれまでの仕事】
www.designyoko.com

〈取材・いろもとのりこ〉

(2016年1月1日号)



 



 
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