日本人以上に日本文化を知るカナダ人
映像作家・監督、マーティ・グロスさん
「民藝運動」DVD復元に奔走中


〈インタビュア・いろもとのりこ〉

 トロントに来て驚いたことのひとつに、カナダ人で日本人以上に日本文化に興味があり、知識が深い人たちがいることが挙げられる。映像作家・監督のマーティ・グロス(Marty Gross)さんもそのひとり。文楽や陶芸に関してはそんじょそこらの日本人では想像もつかないほどの知識と情熱を持っている。

 マーティがそれほどまでに打ち込むようになった経緯、そして今取り組んでいる民藝運動(大正末期に思想家の柳宗悦〈やなぎ・むねよし〉が提唱した無名の職人の作った陶磁器、染色などの実用品に美を見いだした運動)の残された当時の貴重なフィルムを復元する仕事について、トロント市内の彼のスタジオを訪ねて話をうかがった。(文中:敬称略)


▲映像監督、マーティ・グロスさん

15歳のときから日本の陶器に興味を持つ

 マーティは1948年トロントに生まれる。ヨーク大学に1年半ほど通ったが、好きなことを学びたいために大学をやめ、美術や焼き物の勉強を始める。日本やアジアの陶器に興味を持ったのは15歳のころだというから年季が入っている。
 当時、イギリスの有名な陶芸家、バーナード・リーチ(1887年〜1979年)が著書で日本の陶芸について紹介していた。その影響もあって、ますます日本の陶芸にひかれていく。

 1968年ヨーロッパ・ヒッチハイクの旅に出る。9カ月間ほど各国をまわったあと、1970年に初めて日本へ。日本でも6週間ヒッチハイクの旅をした。
 「もともと日本の陶器に興味があったので、都会より田舎を中心に回りました。愛知県常滑(とこなめ)では3カ月間も滞在してじっくり常滑焼を勉強しました。当時はまだ日本では外国人が田舎に滞在することは少なかったので、とても親切にしてくれましたよ。ただ、ちょうど大阪万博の年だったので、外国の人を迎えるという気風はありましたね」

 1975年には沖縄や、九州の陶器の村、小石原(こいしばら)、小鹿田(おんだ)などを訪れた。その後もたびたび日本を訪れている。


▲「冥途の飛脚」カバー
▲「POTTERS AT WORK」  


陶器を中心に多くの映像作品を製作

 マーティは陶芸などを作ることに興味があったが、それと同時に映像製作にも力を注いだ。最初に製作したのは「AS WE ARE」(1974年、26分)という知的障害児をテーマにしたフィルム。
 次いで九州の小鹿田と小石原の民藝陶器を撮った「POTTERS AT WORK」(陶器を創る人々=1975年、26分)を製作。この作品がイタリア・フィレンツェの映画祭で入賞した。

 さらに1979年に「文楽・冥途(めいど)の飛脚」(87分)を映画製作。「初めて日本へ行ったときに大阪・朝日座で見た文楽に感動しまして、これをぜひ劇映画にして、多くの人に見てもらいたいと思いました」
 出演はそうそうたる著名人ばかりで、4代目竹本越路大夫や初代吉田玉男、吉田蓑助など人間国宝級の人たち。

 「文楽の勉強のため朝日座に1カ月間通ったり、出演者(技芸人)に映画製作について説明したりして根回し、みんなが張り切って協力したいという態勢を築いた上で最終的に文楽協会の承諾を得たのです」

 苦労して製作したこの映画は、1980年にアメリカ、カナダ、フランス、イタリアなどで公開されたが、日本では劇場公開されなかった。
 「当時、外国人が文楽を映画にするなんて・・・どうせ大した作品ではないだろうという偏見もあったと思いますね」

 ところが、製作から30年以上もたった2011年、デジタル版が初めて日本語字幕つきで公開されたのである。「本当に感動しましたね。時代の流れといいますか、タイミングもあるのかもしれません」。マーティの製作・監督によるこのDVDは現在でも世界各地で求められているという。

 また、市川崑(1915年〜2008年)が監督した「KYOTO」(37分、オリヴェッティ・アルテ Olivetti Arte 製作=日本語・英語・イタリア版)をデジタル・リマスター(修復)した。これも各方面から注文がきているそうだ。

▲アートクラスで粘土細工を指導するマーティ(Marty Studio にて=Photos by Christian Rempe)


子供向けアート教室も開く

 マーティのスタジオでは1階が広い子供向けアート教室になっている。
「1972年にスタートして、もう40年以上続いています。7歳から18歳までの子供たちが自分勝手に陶器や絵画、フィルム、写真などを楽しみながら制作しています。生徒の中にはプロになった人もいますよ。全くプライベートのアートスクールだから規則などなく、自由な雰囲気でやっています」


▲益子焼の濵田庄司
  ▲益子焼の濱田庄司(1971年カラー版)


▲益子の登り窯(のぼりがま=1937年) ▲益子の登り窯(1971年カラー版)


ライフワークは「民藝運動」草創期フィルムを修復DVDに

 マーティは1970年代からたびたび日本へ行き、九州各地の民藝窯や益子焼(ましこやき)の濱田庄司(1894年〜1978年)を訪ねたりして柳宗悦の民藝運動に興味をそそぎ始めていた。そうした活動を見て、バーナード・リーチは自分が16ミリで撮った貴重な記録フィルム5本(約70分)をマーティに譲ったのである。

○   ○   ○

■有田や伊万里などではなく作者のない民芸陶器にひかれたのですか?

 無名の職人の生むふだんの生活からにじみ出た美しさや力強さに魅力を感じたからです。人のぬくもり、作り手と使い手のぬくもりを見いだした民芸運動は素晴らしいものです。

▲絵付けをするバーナード・リーチ(1954年、大分県日田市の小鹿田焼窯元にて) ▲バーナード・リーチ(1954年、大分県日田市の小鹿田焼窯元にて)



■なぜバーナード・リーチは自分の撮ったフィルムを譲ったのでしょうか

 当時、リーチもだいぶ年をとっていましたし、後世に記録を残すため、ボクに託したのでしょう。それだけ信用してくれたのです。

■「民藝運動」修復版は2年前に立ち上げたそうですが、どうして今?

 まず、リーチの故郷、セント・アイビス(イギリス西南の海に突き出た半島の町)でのリーチの制作風景を弟子が撮ったものやリーチ自身が撮ったフィルム(1952年ごろ)が見つかりまして、それを日英両国語版で2010年にDVDにしました。タイトルは「リーチ・ポタリー 1952」。


▲DVD「リーチ・ポタリー 1952」

 これを機にリーチから譲ってもらった古いフィルムを何とか復活させて皆さんに見てもらわなければならない、と考えたのです。ただ修復するだけではなく、そこに新しいインタビューを入れたり、現在の窯や陶器職人(陶工)の仕事ぶりも加えたりするので、かなりの年月がかかります。しかし、今しかやるチャンスはない、と考え、ライフワークみたいなものですね。

■たとえばどんな方のインタビューを挿入するのですか

 リーチが親しくしていた高名な仏教学者、鈴木大拙(1870年〜1966年)の秘書だった岡村美穂子さん(82歳)の聡明なトークは貴重な証言として加えます。ほかにも小石原焼(福岡県朝倉郡)の太田熊雄窯の2代目太田孝宏さんや小鹿田焼(大分県日田市)の坂本茂木さんなど現在活躍している人のお話も加えます。

 今回の仕事では各方面の方々から協力を得ていますが、思わぬ方からも協力していただきました。トロント大学の考古学教授です。 助成金申請書に推薦文を書いてくださったのです。この教授はボクの仕事に大いに共鳴して価値を認めてくれたのです。民藝陶器が考古学の見地からも価値があるそうです。考古学といえば、何千年、何万年前のものばかりが研究対象だと思っていましたが・・・。

 それをどうやって作っていたのか? 今では行ってないやり方をも示す映像だからだそうです。数千年前のものを掘り出すのも、恐竜の化石を掘り出すのもそうした出土品が、昔どういう役目を果たしていたか、どうやって作られていたかというプロセス、生物・人間の生活様式を示すからということです。


▲集めた多くの画像資料を見せるマーティさん

■民藝運動のDVDはいつ頃、完成する予定ですか

 DVD 自体は4枚(1枚、90 分)にまとめる予定ですが、DVD と同時にボックスに入れる英語と日本語の小冊子を作りますので、それにも時間がかかります。最終的には DVD BOX セット(4DVD+小冊子)になります。これらにかかる費用は、予定では25万ドルを想定しています。現在、6万ドル集まっています。いろいろ協力してくださる公共機関や企業にもお願いしています。個人的に寄付をしてくださる方もいます。

■でき上がったDVD作品はどのように販路を広めていくのですか

 資料としてたいへん価値がありますので、まずは研究機関で求めてほしいです。さらに作陶をしている方などには大いに参考になる映像だと思います。
 主にネットを通して販売する予定ですが、大型スクリーンでの公開の場を設けることができればいいですね。

www.martygrossfilms.com

◎カナダでの寄付先(トロントのガーデナーミュージアム)
Gardiner Museum
111 Queen’s Park
Toronto, On. M5S 2C7

チェックの宛て先:
Film Compendium on the Mingei (Japanese Folk Craft) Movement

(課税控除証書発行)

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【インタビューを終えて】
 マーティのスタジオには今では珍しい8ミリ機や16ミリ機があって、現在も使っているそう。フィルムは米ロサンゼルスから取り寄せているとか。ちょっとした「オタク」の世界である。
 日本の民藝陶器があちこちに置かれていて、まるで美術館のよう。陶器に関する本もたくさん。それらの本にたくさんの付せんが張り付けられていて、勉強ぶりがうかがえる。それにもまして陶器の話になるとあふれる知識がとどまらない。しかも楽しくてたまらないと感じるのは私だけではないだろう。万年青年のような心を持ったマーティのライフワークが遠からず日の目を浴びることを願うばかりである。

(2016年1月1日号)
 



 
 


 
 
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