相続法の基礎知識・オンタリオ州編(その16)
遺言書や委任状を作る法的能力とは


 あけましておめでとうございます。皆様よいお年を迎えられたことと思います。今年もどうぞよろしくお願いします。
 今回は、遺言書や、生前の「万が一」に備える委任状を作成する法的能力についてのお話です。次の事例を見てみましょう。

80歳の母親と暮らすA子さん。最近母親の物忘れが目立つようになりました。母親が最後に遺言書を作ったのは、30年も昔。そのころとは状況も変わり、もしもの時に備えて、母親の委任状の作成と遺言書の更新を考えています。物忘れが多い母に、遺言書や委任状のような文書を作る能力があるか、A子さんは少し心配しています。母親を連れて、思い切って弁護士に相談することにしました。




文書によって異なる求められる意思能力

 エステートプラニングに必要とされる基本文書は三つ。生前に財産管理ができなくなったときに使われる「財産管理のための委任状」、医療行為や身体のケアについて判断できなくなったときに使われる「身体の世話のための委任状」、そして、死後に残された財産を処分するために使われる「遺言書」です。

 これらの文書は私たちが自分のことを自分で決められなくなったとき、そして、この世を去ったときに使われる、拘束力の強いパワフルな法的書類です。したがって、これらの文書を作るということは、契約書にサインするのと同じように、立派な法律行為(Legal Act)にあたります。そのため、それぞれの文書を作成するために、ご本人は一定の法的能力を持ち合わせていなければなりません。

 実は、この三つの文書を作成するのに求められる法的能力は、それぞれ異なります。「物忘れがひどかった私の母に遺言書なんてサインできたはずがない」として、遺言書の有効性を争って裁判になるケースがよくありますが、この文書作成の意思能力(Capacity)には、作成文書によって大きな幅があります。




1.遺言能力 (Testamentary Capacity)
 まず、遺言書を作るには、作成時点で遺言(いごん)能力(Testamentary Capacity)を備えていなければなりません。遺言書の作成には、基本的に、遺言書の内容を理解しているだけでなく、遺言書を作成する意味とその結果への理解、自分の財産の現況の把握、この遺言書を作成することによってどのような人たちが影響を受けるかを理解していることが前提となります。

 例えば、絶縁状態の子供に遺産を一切遺(のこ)さないという内容の遺言書を作成する場合、そのような遺言内容により、遺産が遺されなかった子供が訴えを起こす可能性があるという結末をご本人が理解する必要があります。

 通常、遺言書作成に当たり、これらの条件が満たされているかを確認するため、弁護士が一定の質問をご本人に行います。この際に、明らかに遺言能力を欠くと弁護士が判断した場合は、遺言書の作成を断られることがあります。また、ご本人の遺言能力が弱いと判断された場合は、遺言者の主治医に問い合わせたり、意思能力鑑定者(Capacity Assessor)と呼ばれる専門家に鑑定をお願いするなどして、遺言能力の有無を判断します。




 ちなみに、遺言能力の有無は、ご本人の物忘れの程度に比例するとは限りません。遺言書を署名する際に、これらの条件がご本人に備わっている必要があります。ですので、強い眠気や幻覚など薬の副作用などが出やすい時間帯は、遺言書の執行を避けるなど、ご本人の健康・精神状態に十分配慮する必要があります。

2.財産管理のための委任状作成能力(Capacity to make a Power of Attorney for Property)
 代理人による財産管理を委ねる「財産管理のための委任状」は、その性質ゆえ、ご本人の意思に反して不正使用される危険もあります。財産委任状の作成には、ご本人がご自分の財産の性質と程度を理解しているだけではなく、未成年の子などへの扶養義務があるか、代理人が一切の財産行為を行う権限があるということ、代理人が会計記録義務を負うということ、代理人による財産減少と委任状の不正使用の可能性を理解していることが必要となります。



3.身体の世話のための委任状作成能力 (Capacity to make a Power of Attorney for Personal Care)
 医療行為の決定などを第三者に委(ゆだ)ねる、「身体の世話のための委任状」を作る条件は、遺言書や財産委任状の作成能力に比べるとハードルが低くなっています。基本的には、ご本人が代理人が自分の幸福・福祉について関心があるということ、および、自分のために代理人が身体の世話のための決定をする必要があるということを理解していることが求められます。



 このように、それぞれの文書で求められる法的テストが異なるため、遺言書と財産委任状を作ることは難しいけれども、身体の世話のための委任状は作成することができるなど、ご本人の状況によって作成できる文書はさまざまです。

 カナダ社会の高齢化と長寿化により、遺言能力や委任状能力をめぐって文書の有効性が争われるケースは、増えつつあります。そのような争いを避けるためにも、ご本人が元気なうちに必要な文書を作っておくということが大切といえるでしょう。




【おことわり】
このコラムを通して提供した情報は、一般的及び教育的な目的として提供された情報であり、著者及びダーモディ法律事務所による読者個人への法的意見又は見解を示すものではありません。特定の事実関係につき法的助言を含む専門的助言を必要とする方は、ご自身の弁護士・会計士等の専門家へ直接ご相談ください。また、カナダの遺産相続に関する法律は州によって異なりますので、当コラムで提供する情報はオンタリオ州の法律に限られていることをご了承ください。

【著者略歴】

▲スミス希美弁護士
スミス希美(のぞみ):福岡県出身。中央大学法学部を卒業後、トロント大学ロースクールに留学し、ジュリス・ドクター及び法学修士号を取得。その後、2010年にオンタリオ州の弁護士資格を得る。現在、ハミルトン市の Dermody 法律事務所で、遺産相続・信託法を専門に活躍中。遺言書、委任状、贈与などのエステートプラニングや遺産の管理・処分に関する相談などを取り扱う。
〈連絡先〉電話 : 905-383-3331(内線)226
Email : zoe@dermody.ca
Website : www.dermody.ca


【編集部より】「知っておきたい相続法の基礎知識」、「第1回 なぜ遺言書が必要か?」から「 第15回 負の遺産の行方」までのシリーズ記事は、アーカイブの「相続法の基礎知識」をご覧ください。トップページ「今週のトピックス・目次」の下の「過去のトピックスはアーカイブをご覧ください」をクリックすると見られます。

(2016年1月14日号)



 
 


 
 
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