仕事の増大と乏しい給料の間で
リゾートホテル従業員は疲れている
———もう一つのキューバ・バラデロ体験———


〈 オンタリオ州ロンドン市 ウィルソン夏子 〉

 2月初旬から1週間、キューバのリゾート地バラデロに行った。太陽の光を求めて南下したいなあと思う時、やっぱりキューバに落ち着く。旅費が比較的安いし、私の街ロンドンの空港から直行便で3時間しかかからないという便利さもある。「勝手知ったる他人の家」のごとく、バラデロはこれまでに何度も訪れ、事情も知っているつもりだった。が、今回は以前とは違っていた。

 ツアー会社「サンウィング」のチャーター機が着いたバラデロ空港は、珍しく雨が降っていた。空港からバスに乗り、予約したホテルに向かう。

 バスの中で、ガイドさんが挨拶。
「みなさんにとっては、時は金なり Time is Money ですよね。僕たちにとっては、時はゼロ Time is Nothing です」
 こう言って乗客を笑わせた。やっぱりキューバは、のんびりと時間を忘れさせてくれる南国の島なんだと、この学生ガイドさんの言葉に私は拍手を送った。

 着いたホテルは「Paradisus」(パラディサス)と名付けられており、5つ星のホテルということだ。2階建ての小さな棟がいくつも並び、広い敷地には何百というヤシの木が空に伸びていた。小高い庭からは、海岸が見え、サファイア色の海が広がっていた。太陽が沈む夕闇の海を見ながら、なるほど、ここはホテルの名前の通り、「天国」のひとつかもしれないなあ、と思った。


▲ホテルの部屋からの眺め。ヤシの木の間に見える海が美しい

 私たちの部屋は、幸運にも海に向かっていた。この部屋と海岸の距離は10メートルあるかないかといった近さで、窓からの視界は海だけ。部屋にいても、耳を澄ますと岩にぶつかる波の音も聞こえてきた。「まるでクルーズ船に乗ってるみたい」と、私ははしゃいだ。

 しかし、「来てよかった!」と思ったのは、ここまでで、ここから先は、ちょっと眉(まゆ)をしかめる話になる。

 ホテルに着いて、チェックインする時点のことから、はじめよう。私たちがカウンターに立った時、女性の係は、私たちに言った。
「パスポート!!」
 ぶっきらぼうな言い方だったので、びっくりし、慌ててパスポートを出した。

 「よくいらっしゃいました」なんて、言ってもらわなくてもいいけれど、「こんにちは」とか、「今晩は」の挨拶くらいは交わすのが普通じゃない? でも夜も遅いから、「この人、疲れてるのかもね」。

 しかし、これは、私たちが1週間のさまざまなことを体験する前奏曲の最初の一節だった。

 ホテルに滞在している700人ほどの客は、大きな食堂でビュッフェ式の食事をするのだが、私たちが食堂へ行く頃には、ほとんどのテーブルはふさがっていた。前の客の食べ残しがあり、片付けられていないからだった。

 従業員さんに頼んで、片付けてもらわねばならない。が、従業員さんが見あたらない。それで、私たちでテーブルを片付けた。こういうことが、1日三回、1週間続けて起こったので、参ってしまった。
「何のために、リゾートホテルに来たのかしら?」

 不満は続く。朝食には、なにがなくてもコーヒーだけは飲みたい。しかし、従業員さんはいないし、やっと見つけた人に頼んでも「はい」と事務的な返事をして、彼女はどこかへ雲隠れしてしまう、という具合だった。それに、あたりを見回しても、コーヒーを飲んでいる人はほとんどいなかった。

「変ね。キューバ・コーヒーは高価だから、政府が種の支給を制限してしまったのかしら?」

 このような従業員を見ていると、どうみても楽観的な印象は受けなかった。「仕事は最小限度やっておけば、いいんでしょ」という雰囲気であり、客に対する冷たい態度を見逃すことはできなかった。

 一体、この従業員たちに何が起こっているんだろう、と私は考え始めた。以前来たときは、そんなふうじゃなかったのだ。もう10年以上も前のことだけれど、キューバの社会主義の中で、がんばって働き、それでも明るく生きている人々に感動して、私は本を書いたのだ。それくらい私はキューバ人に好感を思っていたのだが、なにやら、今キューバは変わってきているらしい、と感じた。


▲猫は人を恐れず親しげに近づいてくるので、少し心がなごんだ

 では、次にホテルの備品などについて述べてみよう。1週間いる間に、海の見えるこの部屋のトイレの状態がおかしくなった。トイレには一切紙は流さないというキューバ観光での暗黙の規則を、私たちは守っていた。にもかかわらず、トイレが故障しそうだった。だから恐る恐る使った。緊急の時以外はロビーなど他のトイレに行くことにして、なるべく部屋のトイレは使わないようにと気を使った。
「ホテルは旧建築で、下水道が整備されていないのだなあ」


▲ホテルのロビーのトイレには、毎日、ハイビスカスの花が飾られている   

 部屋のベッドのシーツの下には何かごわごわしたものが敷いてある。部屋に置いてあるクッションはかび臭い。部屋に供えてあるコーヒーメーカーはカプセルがないので意味をなさない、等々。このような難点は、キューバでは別に珍しいことではないから、私たちは不平は言わない。しかしここは、5つ星のホテルなのだ。
「5つ星ホテルとしてのレベルを保つ義務は、ホテルにあるべきなのにね」


▲ホテルの玄関前に止まっているクラシックカーはタクシーだった

 では、観光客はこのホテルをどう思っているのだろう。www.tripadvisor.ca というサイトで、この名のホテルをクリックすれば、滞在した観光客のホテル評価を知ることができる。

 寄稿したある人は、このホテルに最高の「5」の評価を、ある人は最低である「1」の評価を出している。反応はまちまちであるが、このホテルに対する否定的な批評は、今も後を絶たない。「このホテルは5つ星と宣伝しているけれど、せいぜい3つ星程度なんだ。これは一種の犯罪じゃないか!」と怒っている人もいた。更には「バラデロ、あばよ」とさよなら宣言を書いた人もいる。

 帰りのバラデロ空港で、またショックがあった。いつもなら、すんなりと通過してしまうのに、今回は、機内持ち込み荷物検査と金属探知ゲートを通過するために、観光客は長い長い列を作っていた。探知ゲートは3つあったが、観光客のためには2つのゲートしか開いていないからだった。3つ目のゲートはキューバ人の空港職員専用ということで、観光客には使われていなかった。500人ほどの人たちは、この2つのゲートを通り抜けるために、1時間も突っ立っていた。


▲バラデロ空港の荷物検査と金属探知ゲートを通過する観光客の列

 やっと通り抜けると、私は、そばにいたキューバ人女性に英語で話しかけた。公(おおやけ)の業務についている人らしく、茶色の制服を着ていた。
「あの、バラデロには、もう7、8回来たことがありますけれど、こんなに混雑したのを見たのは、初めてです。で、いつもこうなんですか?」
 相手の人は無言だった。ので、私は続けた。
「ここでは金属探知ゲートは、3つありますが、観光客のためには、2つしか、使われてないのは、どうしてなんでしょうか。長い間待っていて、お年寄りには大変で、さっき、気分が悪いと言って座り込んだ人もいましたよ」
 相手は、まだ無言であった。ので、私は続けた。
「だから、3つ目は、空港の従業員だけのために使うだけではなく、このように混雑した場合には、観光客のためにも使ったらいかがでしょうか」

 私が言い終わると、彼女は視線を私から移し、左右を見た。そして、去っていった。私はちょっとしたおしゃべりのつもりだったが、彼女は全くの無言だった。
「あなたの言ってることは、よく分からないわ」とか、「そういうことは、私には、なんの関係もありません」とでも言ってくれれば、それはまともな反応で、私も納得できたのに。
「なんのことはない、私は、岩に彫り込んだ人物像に話しかけていたんだ」


▲キューバのミュージシャンはいつも踊りながら楽しそうに演奏する

 オバマ米大統領が、50年以上も続いたアメリカのキューバ経済封鎖を解除すると決定し、キューバのラウル・カストロ国家評議会議長と国交正常化に向けて歴史的な電話会談を行ったのは、2014年12月のことだった。その後、昨年4月、中米パナマで開かれた米州首脳会議の場でオバマ、ラウル両氏は固く握手を交わした。
 来月(3月)下旬には、オバマ大統領がキューバを訪問する。そして、今年夏から秋にかけて、アメリカからチャーター機がキューバに頻繁(ひんぱん)に飛ぶようになる。

 アメリカ人観光客、それに世界中から集まる観光客に対して、キューバはどう対処するのだろうか、と私は心配になった。

 ここに書いたことは、1カ所のホテル滞在での体験に過ぎないのだが、これから増大してゆく観光客に対して、ホテルは十分に処理しきれないのだ、と思った。そして、ホテル従業員は、仕事の増大と乏しい給料の間で振り回され、疲れているのだ、と私は結論を出した。


▲太陽が照らないときの海岸。でも、それなりの魅力はある  

成長の
痛みにも似て
この島に
吹く風強く
ヤシの葉騒ぎ

(終わり)

(2016年2月25日号)

 



 
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